時はあっという間に過ぎ、パーティの当日になった。
「行ってくるよ、アルト。留守番を頼む」
「はい。行ってらっしゃいませ、お父様」
借りてきた馬車に、リヒャルト、タンクレート、ツィリーナ、エリーザベトが乗車する。トゥティラが熱を出して寝込んでしまったため、オルティラは家で付き添うことになった。
アルトゥルの見立てでは、風邪ではなくパーティに浮かれるエリーザベトのお話相手にされて疲れたのが原因だろうと思っている。
実際、アルトゥルも、昨日の夕食後数時間にわたりパーティのドレスがどうのとか、手土産がどうのとか話を聞かされて大分疲れた。
そして、父が馬車で移動している間に、アルトゥルは先に夕食を済ませ、家にいる使用人に「昨晩は義姉さんの話に付き合わされてなかなか眠れなかったから、先に休ませてもらいます」と言って、自分の部屋に向かった。
一応、誰かが来たときに報せが届くよう、警戒魔法を設置して、ディータに変装してから転移魔法で屋敷に先回りする。
自室から出ると、既にパーティの準備は整いつつあった。
メイドたちが料理を運んでいる。
アフェの言う通り、雇った三人のメイドは、どこに出しても恥ずかしくないほど優秀な人間のようだ。諜報員だけど。
アフェの言葉を信じるのなら、時々、周囲に潜んでいる仲間に屋敷で得た情報を流しているだけだが、アルトゥルが意図的に流している情報以外は流出していないそうだ。
メイドたちにテーブルの配置や花の飾りつけ等の指示を出しているのがレギノだった。
そのレギノは、アルトゥルが部屋に入ったことに一番に気付き、頭を下げて連絡事項を伝える。
「ご主人様、お帰りなさいませ。パーティの準備はもう間もなく整います。先ほど、冒険者ギルドのタッソ様とマルシャ様がいらっしゃって、一階広間でお待ちです」
「タッソ?」
「支部長様です」
言われて、アルトゥルは元冒険者ギルド出張所の所長、現冒険者ギルドホーエンドフト支部の支部長の名前を聞いていなかったことに気付いた。
所長としか呼んでいなかったし、招待状は実家の分を除きアフェに任せていたからだ。
「わかった。挨拶に行ってくるよ」
「お待ちください。今日は正装でお願いします」
呼び止められた。
確かにパーティで冒険者の服装というのはマズイ。
本来なら着替えなおすところだが、
アルトゥルはそう言うとパーティ会場を出て階段を下りていく。
盗賊ギルドの諜報員メイド、シータがタッソにワイングラスを手渡しているところだった。
「よくおいでいただいた、支部長、それにマルシャさん」
「こちらこそ、パーティの招待に感謝する。それと寄付金についてもね」
アルトゥルは冒険者ギルドの建て替えに、多額の寄付をしている。
そのことを感謝しているのだろう。
「先日の支部設立パーティでも祝儀を頂いていますからね」
「そうだったな。ところで、ディータ殿。プラチナランクに昇格したという話を聞いたのだが、本当なのかね?」
「ええ、こちらです」
アルトゥルはそう言って、プラチナランクの冒険者カードを取り出した。
「……驚いた。僅か十三歳でプラチナランクとは前代未聞だな」
タッソがプラチナランクの冒険者カードを見て動揺している。
実際は十三歳ではなく、まだ六歳なのだが。
「それでは、ディータ様と仕事をできるのはもう無理になるのですね。少し寂しくなります」
「どういうことだ? 俺はホーエンドフト支部で働くつもりでいるぞ?」
「プラチナランクの冒険者には専属の受付がひとり付くことが義務付けられています」
「そうなのか? そんなことはバルドウィンの奴は一言も言っていなかったが」
「マルシャはさん付けで、ギルドマスターを呼び捨てかよ」
タッソは周囲に聞こえないように呟いたが、アルトゥルの耳にはしっかり届いていた。
前世のディータは邪神を倒した後、国家に一方的に利用されるのを避けるため、各国の首脳にもタメ口で話していた。
その時の苦労を考えると、ギルドマスター相手に呼び捨てにするくらいどうということはなかった。
それと、何百年も迷宮に潜り続けた弊害で起こった後発的コミュ症のせいで、人と長時間話すのがあまり好きではないアルトゥルにとって、馴れ馴れしくされるのは少し困る。
(お父様たちを相手にするときは顔を立てる意味でも敬語で話すけどね)
それより、問題は専属の受付だった。
断る方向で話を進めたい。
明日にでもバルドウィンに話をしにいこうとアルトゥルは思った。
さらに、パーティに招待された領内の名士たちも入ってくる。
招待状には普段着ているラフな格好でお越しくださいと書いてあったので、全員普段着のままだ。流石に農作業用の服で来る人はいなかったが、しかし、こうなってくると逆にアルトゥルの服が浮いているように思える。
「皆様。まずはお召し物のお着換えをお願いします。パーティ用の服はこちらで用意しておりますので」
アフェが入ってきた人を衣装部屋に案内していく。
マルシャとタッソは冒険者ギルドの制服を着ているので案内されなかったようだ。
「パーティ用の服を……全員分ですか?」
マルシャが尋ねた。
「ああ。王都で買い揃えた。よかったら見てくるといい」
「しかし、私はギルドの人間として来ていますから、こういう場では制服でいないといけないので」
「別に今日着なくても持って帰ればいいだろ」
「え? 衣装は貸し出しでは?」
「借りている衣装じゃ、服が汚れることが怖くて、落ち着いて飯も食べられないだろ。というか、うちは服屋でも貸衣装屋でもないからな。服だけ余っても意味がない。勿論持って帰ってもらってかまわない」
それを聞いた途端、マルシャの目の色が変わった。
持っていたワイングラスをテーブルに置き、
「所長! じゃなかった、支部長、失礼します!」
そう言うと衣裳部屋へと向かったのだった。
「支部長はいいのか?」
「俺は服には興味がないからな。それより酒の方がいい」
「バルドウィンといい、ギルドの責任者は全員酒好きなのか?」
「酒好きの方が出世しやすいというのはあるぞ? 冒険者ギルドは大抵酒場が併設されているからな。冒険者共を黙らせるには飲み比べをして酔い潰すのが一番だ。しかし、この葡萄酒は美味いな。産地はどこだ?」
上機嫌にワインを飲み干したタッソは尋ねた。
「俺は酒はあまり嗜まないからな。詳しいことはわからんが、ロマン・コネティって名前だったな」
「ロマン・コネティだとっ!? 名こそ世界一有名でありながら、味を知る者は世界一少ないと呼ばれる伝説の名酒。瓶一本金貨五十枚は下らない逸品じゃないか!? いま飲んだ一杯で俺の給料一カ月分は消し飛ぶぞ」
「気に入ったのならもう一杯飲むか?」
アルトゥルはそう言って、近くにいた国王直属の諜報員メイドのナイラを呼び止め、ワイングラスにロマン・コネティを注がせる。
「あ……ありがとう」
タッソは震える手でグラスを持ち上げ、香りを楽しもうとしたが、緊張して嗅覚がほとんど働いていないようだった。
「……どうした? 泣いてるのか?」
「……あぁ、泣いてるよ。緊張して味のわからない自分の不甲斐なさが悲しくてな。なぁ、一番安い葡萄酒を貰ってもいいか?」
「ナイラ、頼む」
「はい。こちら、サブールの十年物です」
「……これでも十分高級だな。お前、パーティにいくら金をかけたんだ?」
「さてな。予算は金貨一万枚に設定したから、流石にそれは超えていないはずだ」
「一万枚……宮廷晩餐会でもそこまで金は掛けないぞ」
タッソはそう言って、グラスに注がれている葡萄酒とそこに映っている自分の姿を凝視したのだった。
「旦那様。間もなくホーエンドフト准男爵の馬車が到着いたしました」
アフェがアルトゥルに伝えた。
とうとう本丸が来たわけか、とアルトゥルは気合を入れる。
この時の為に時間と労力を割いてきた。
失敗するわけにはいかないのだ。
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