転生勇者は人生を満喫したい

~レベルが9999になったので、とりあえず転生して二周目行ってみます~
時野洋輔
時野洋輔

貧乏貴族への転生

公開日時: 2020年9月1日(火) 07:00
更新日時: 2020年9月1日(火) 14:14
文字数:4,603

 過去の記憶を思い出すように、彼――アルトゥル・フォン・ホーエンドフトは古代の物語の写本を読んだ。古代語で書かれており、専門の教育を受けたものしか読むことができないはずのその本を、僅か五歳の子供が読んでいる。それを見た者は、子供が大人の見様見真似で本を眺めているだけなのだろうと推測し、微笑ましくさえ思うだろうが、実際のところその少年は内容を正しく理解して読んでいた。


「夢じゃない……」


 彼は物心ついたときから、違和感を持っていた。いや、違和感を持って生まれてきたと言った方が正しいのだろう。

 同時期に生まれた他の子供よりも遥かに早く掴み立ち、歩行、発語ができるようになったアルトゥル少年は、行動範囲が広がるにつれ、自分の意志というものが芽生えるにつれ、過去の記憶を呼び覚ましていった。赤子にとっての過去――それは前世の記憶である。

 最初に決定的におかしいと思ったのは、去年、四歳の頃の剣術修業だ。

 まだ剣術修業を始めるのは早いと母のが言っていたが、父の勧めで剣術を学ぶことにした。初日は剣の持ち方だけを教えてもらうはずだったが、筋がいいと褒められ、型まで教えてもらい、最後に剣術の師範と模擬戦を行うことになった。

 一方的に勝利した。

 その日から剣術の師範は屋敷に顔を出さなくなり、アルトゥルの剣術修業は終わった。両親は模擬戦を見ていなかったが、そこからアルトゥルは本格的に考えるようになる。

 自分とはいったい誰なのか?

 そして、五歳になった頃には、それは前世の記憶ではなく、アルトゥル少年自身の記憶であると理解するようになった。もちろん、そんなことがあるはずないと自分に言い聞かせ、それは夢なのだと思わせた。生まれたばかりの頃に母親から寝物語として聞かされた英雄譚を自分の記憶であるように錯覚しているのだと――普通の五歳はまずそんなことを考えないが、それは置いておくとして――思おうとした。

 なにしろ、自分が伝説の勇者――ディータだなんて荒唐無稽過ぎる話だったから。

 しかし、写本に書かれた文字を読めることで彼は自分の体験が夢ではなく真実だと確信した。古代文字で書かれていると言ったが、それは現代における古代の文字。

 つまり、勇者ディータが地上で活躍していた時代では日常的に使われていた文字に他ならなかったのだから。 

 何故、記憶を持ったまま生まれ変わったのか?

 その原因に心当たりがあった。

 ディータが死ぬ間際に唱えた魔法――リーンカーネーション。

 レベル1になるという魔法だったが、しかし、その魔法を使ったあとの記憶は一切残っていない。

 アルトゥルは推測した。

 あの魔法はレベル1になるだけの魔法ではなく、転生――つまり新たな人生を記憶を持ったまま歩むことができる魔法ということだ。


「おや、アルト。こんなところにいたのか」


 そう言って入ってきたのは、アルトゥルの父――リヒャルト・フォン・ホーエンドフトであった。


「はい、お父様。ご本を読んでいました」

「アルト、この本は玩具じゃないんだぞ。それにアルトにはこの本を読めないだろう?」

「はい、全然読めません」


 アルトゥルは嘘をついた。古代語を読める子供など気味悪がられるに決まっている。

 勿論、自分が勇者の生まれ変わりだとか、勇者の記憶を持っているなど一度も話したことはない。

 そのため、リヒャルトを含め周囲の人間は、アルトゥルのことを物覚えのいいお利口な子供としか思っていなかった。天才と囁く者もいるが、化け物と言う者はいない。


「お父さんだってこの本を読むには苦労するんだ。しかし、ここまで保存状態のいい古代文字の本は滅多に見つからないからね。今週中に翻訳して、王家に報告できるようにはしておきたいんだ」

「そうなのですか――頑張ってくださいね、お父様」

「ああ。王家にとって重要な内容が書かれているかもしれないからね。頑張るよ。さぁ、お外で遊んできなさい。夕食までには帰ってくるんだよ」


 そう言ってリヒャルトはアルトゥルを部屋から追い出した。

 ちなみに、あの本に書かれていたのは川の治水工事に関する工程表や作業内容などを纏めたものだった。まったく無駄な翻訳というわけではないだろうが、王家が諸手を挙げて喜ぶ内容とは思えない。


「このままだとマズイな」


 彼がマズイという理由――それは、彼の家が貧乏だということだった。

 百年の歴史を持つ由緒ある貴族の家系らしいのだが、田舎の准男爵家。食事も決して豪華とは言えない。

 先代の領主――つまりアルトゥルの祖父の時代、領地の中にある迷宮に多くの魔物が発生した。その時に冒険者ギルドに大金を払い、魔物から市民を守るための防衛、魔物の駆除をしたのだがその時の借金が残っているのだ。

 それが愚行だったとは誰も言わない。むしろ、そのおかげで多くの人命が救われた。

 誰も先代の領主のことを責めなかったが、そのツケがいまの世代に回ってきたというわけだ。


「お金かぁ……」


 勇者だった頃はお金に困ったことはなかった。

 魔物を狩ればお金が手に入ったし、無限迷宮に入ってからはサバイバル生活だったからお金を使うことも当然なかった。


「待てよ……そういえば」


 必要のなかったお金だったが、万が一に備え、無限迷宮に金貨を何百枚か持って入った。そして、レベル5000になったとき、収納魔法を使って亜空間に入れたのだった。

 あのお金があれば――


「って無理か。レベル5000で覚えた魔法だし、僕が使えるわけが――」


 アルトゥルは笑いながらそう言って、魔法を使おうとしてみた。

 ディータだった頃は収納魔法のような威力が必要のない魔法は無詠唱でも使うことができた。その要領で魔法を使ってみたところ――


「え?」


 彼の手の中に革袋があった。

 竜のヒゲを解き、その袋の中を見ると、未使用だった金貨がたくさん入っていた。


「まさか――」


 アルトゥルは試しに飛翔の魔法を使ってみた。

 体がふわふわと浮かぶ。

 誰かに見つかったらマズイと、彼は直ぐに魔法を解除した。


「魔法が使える……」


 魔法というものは、レベルが上がることにより、その職業に応じた魔法を覚える。職業は七歳の誕生日に受ける洗礼式のときに神から授かるものであり、洗礼式前の――ましてやレベル1の人間が魔法を使えるなど聞いたことがなかった。

 間違いなく、転生による恩恵だ。


「これは凄い発見だ」

「何が凄いんですの?」


 突然、アルトゥルに声をかけてきた少女がいた。赤いポニーテールの髪型で釣り目の、やや気の強そうな女の子だ。

 エリーザベト・フォン・ホーエンドフト。

 アルトゥルの義姉であった。                                           

 元々は平民として暮らすことになった分家の少女であり、アルトゥルとは再従姉弟という関係性であったが、約一年前の洗礼式のときに聖魔錬金術士という珍しい職業を得たため本家であるホーエンドフト家の養女となり、その時にアルトゥルの義姉となった。


「エリー義姉さん、これを倉で見つけたんです。とても綺麗でしょ?」

「これはお金ですの?」

「お金なんですか? 僕は銅貨しか見たことがないので、これがお金だって気付きませんでした」


 アルトゥルがそう言うと、エリーザベトは自慢げな笑みを浮かべた。

 彼女はアルトゥルに対し敵愾心を持ち、彼が自分の知らないことを理解しているととても嫌な顔をする。義姉としての誇りがとても高いのだ。

 逆に、自分が知っていることをアルトゥルが知らないととても嬉しそうな顔をするので、アルトゥルは教師の前以外は無知な義弟としてエリーザベトに接している。


「ええ、銅貨の他に銀貨や金貨というものがあるの。これは金貨ね。前に見たことが……あら? こんな絵柄だったかしら?」

「金貨って銅貨より価値が高いんですか?」

「え……ええ、もちろんよ。銅貨よりも遥かに価値が高いの! お義父様に見せたら、きっとお喜びになりますわ」

「じゃあ、さっそく見せに行きましょう」


 アルトゥルが無邪気そうな笑みを浮かべ執務室に走ると、少し腑に落ちなそうなエリーザベトもそれについてきて、あっという間に追い越した。

 そして、先ほど追い出されたばかりの執務室の扉を開けた。


「お義父様、失礼します」

「エリー、部屋に入るときはノックをしなさい」


 リヒャルトが少し顔を上げてそう言った。


「はっ、申し訳ありません」 

 エリーザベトが慌てて頭を下げた。

 もっとも、エリーザベトの礼儀作法の無さは、ホーエンドフト家の人間では知らない者はいないので、リヒャルトもそれ以上は追及しない。

 アルトゥルは、エリーザベトの二の轍を踏まないように、既に開いている扉を叩いて、


「失礼します、お父様」


 エリーザベトが、リヒャルトに見えないようにアルトゥルを睨む。


「それで、どうしたんだい? エリー、アルト」

「そうでした! アルト、あれをお義父様に」

「はい、義姉さん」


 アルトゥルは革袋をリヒャルトに見せた。


「これは――どこでこれを?」

「倉で見つけました。僕はこれが何だかわからなかったんですが、エリー義姉さんがこれはお金だと教えてくれました」


 アルトゥルがそう言うと、エリーザベトは「ナイスよ、アルト!」と言わんばかりに、嬉しそうな目をしていた。


「驚いた……倉にこんなものが」

「お義父様、お聞きしたいのです。その金貨は私が知っている金貨と少し違うように思えるのですが」

「ああ、これは古代の帝国で使われていた金貨だよ。歴史的な意味合いに鑑みても、いまの王国内で使われている金貨より遥かに価値が高いものだ。曽祖父は貴族になったあとでも自身で遺跡の発掘、調査をしていたと聞いたが――その時に発掘されたものが残っていたのか」


 後半は子供たちに聞かせるためではなく、自分自身を納得させるための言葉だったようだが、金貨よりも価値が高いという言葉に、アルトゥルとエリーザベトは顔を見合わせて喜び合った。

 だが、リヒャルトの次の言葉が、アルトゥルを絶望に叩き落とす。


「これを全て借金の返済に充てたら、借金が借入額の半分以下になりそうだ。私の世代中にすべての借金を返済できるかもしれないな」


 リヒャルトはそう言って笑ったのだった。


 アルトゥルは家の借金を甘くみていた。また別の方法でお金を稼がないといけない。

 今日、リヒャルトは用事があると言って、アルトゥルの母と兄を連れて出て行ったため、食事はアルトゥルとエリーザベトの二人で行われた。


「美味しいわね、アルト。夕食に、いつもはお義兄様とお義父様しか食べられないオムレツが付いたのも、全部アルトのお陰よ」


 エリーザベトは口の中にオムレツを入れたまま、嬉しそうにアルトを褒めた。もっとも、これが手放しにアルトゥルを褒めているのではなく、「自分が褒めたんだからアルトも褒めなさい」という意味合いを含んでいることをアルトゥルはよく理解していた。


「ううん、義姉さんが、僕が持っていたのを金貨だって教えてくれたからだよ。僕一人じゃあれの価値がわからなかったもの」

「あら、わかってるじゃない。でも、アルトのお陰だっていうのは本当よ? だから、ご褒美にこれを分けてあげるわ」


 エリーザベトはそう言って、こっそりアルトゥルのお皿に自分のオムレツを半分分けてくれた。


「ありがとうございます、義姉さん」

「いいのよ。だって、あなたは私の義弟なんだから」


 エリーザベトはそう言って笑うと、パンをスープに浸して食べた。

 嘘偽りのない彼女の笑顔に、アルトゥルは少し嬉しくなった。

 またお金を稼がないといけない。そう思うのだった。

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