転生勇者は人生を満喫したい

~レベルが9999になったので、とりあえず転生して二周目行ってみます~
時野洋輔
時野洋輔

勇者の伝承

公開日時: 2020年9月6日(日) 21:00
文字数:3,804

 アフェとの約束の時間までまだ少しある。

 あのボロ部屋で待つきがなかったアルトゥルは、王都を見て回ることにしたが、レギノに向けられる目が多い。


「ぶべぼらっ!?」


 レギノを手籠めにするためにアルトゥルを排除しようとした男が、見えない風の拳に殴られて盛大に吹っ飛んだ。勿論アルトゥルの魔法だ。

 まともに戦ってこれ以上悪目立ちしたくなかった。


「レギノ、その姿はなんとかならないのか?」

「顔に傷でもつけましょうか?」

「多少の傷がついたところで、お前の美しさは消えないと思うぞ」

「……っ!? ありがとうございます」


 レギノは一瞬驚き、感謝を述べた。

 アルトゥルは何故感謝されたのかわからなかった。


「下等な人間に褒められてもうれしくないんじゃなかったのか?」

「ご主人様は別です。女王様の主で、私を負かした相手ですから」


 ことあるごとに襲い掛かってきたときとは全然態度が違う――とレギノは思った。


「それに、女王様が正しかったことが証明されましたから」

「ファブールが正しかった?」

「はい。教会の伝承では、魔王を打ち滅ぼしたのは女神に遣わされた者であり、その者は魔王を倒したのち、女神の御許に還っていったと言われているのです。しかし女王様は、魔王を倒したのは女神に力を与えられた普通の人間だったと主張していました」

「ああ、そのことか。まぁ、伝承は曲がって伝わるものだからな。いまでは邪神がいたということすら御伽噺のような感覚みたいだし」


 記憶を取り戻してから一年間、アルトゥルは辻斬り犯を調べるとともに、千年前の伝承について調べた。

 しかし、驚くことに千年前の国王の話や様々な事件の話は残っていても、ディータに関する情報がほとんど残っていない。名もなき神の遣いという扱いになっている。

 ディータのことだけではない。邪神もまた魔王という形に名前を変えて伝わっていた。

 アルトゥルはプロパガンダのの一種だろうと予想していた。

 教会の権威をあげるには、神という存在は絶対的なものでなくてはならず、闇に堕ちる邪心という存在はあってはいけなかった。さらに、神の力を高めるため、魔王を滅ぼしたのは人間ではなく神の遣いということにしたかったのだろうと。

 自分と仲間の名が遺っていなかったのは残念だが、しかし人々が邪神のことを忘れてしまうくらい、平和な時代が続いたのだろうと思うとそれはそれでよかったのだと思っていた。

 もっとも、冒険者ギルドに登録するとき、


『ディータ――かつて世界を救った勇者と同じ名、ディータだ』


 と言ったのは、いまとなっては恥ずかしい記憶になってしまったが。


「そうだ、レギノは人間の時でも竜と同じくらいの量を食べるのか?」

「食べられますが、そこまで必要はありません。ご主人様が残した食事を下げ渡してくださればそれで結構です。百年程度なら絶食しても死ぬことはありませんから」

「百年絶食ってなかなか過酷だな。まぁ、食べられるのならいろいろと食料を買っておくか。好きな物はなんだ? 肉か? それとも魚か?」

「……キノコです」

「え?」

「毒キノコでもかまいません。あれはあれでなかなかにいい味です」


 一気に真竜のイメージが覆されたように感じたが、ファブールも肉や魚ではなく、畑で野菜を盗んで食べていたことを思い出した。


「じゃあキノコを買って帰るか」


 アルトゥルはそう言うと、市場でキノコを大量に買ってレギノに渡した。

 レギノは目を輝かせて、ずだ袋に入ったキノコを一個一個口の中に放り込んでいく。

 すると、レギノに声をかけようとする者が先ほどよりかなり減った。

 キノコを生でパクパク食べる美女って、確かにちょっと怖いからな。


 例のボロアパートに到着すると、アフェはいきなりうなだれた。


「旦那、参りました。王都でも一、二を争う美女を見繕ってきたつもりでしたが、まさかそんな美女を連れて帰って来るとは」

「こいつはアフェ、俺の小間使いだ。こいつはレギノ。いろいろあって俺の――ん? レギノ、そう言えばプラチナランクに昇格したんだし、もうドラゴンバレーに帰ってもいいぞ」

「ご主人様っ!? 私に忠誠を誓わせておいて、いまさら帰れとはさすがにご無体です!」

「帰りたくないのか?」

「ありません」


 アルトゥルは、レギノはファブールのところに帰りたいと思っていただが、違ったようだ

 そしてアフェの後ろを見る。

 そこには、そこそこ顔立ちが整っている女性三人と、老婆が一人いた。

 老婆だけが浮いている。


「あぁ、このカム婆ちゃんにはこのボロアパートの管理をしてもらおうと思って連れて来たんです。旦那がプラチナランクに昇格したら、王都での仕事も増えるでしょうから」

「賢明な判断だ。ランク昇格はもう済ませてきたからな」


 そう言ってアルトゥルはプラチナランクのカードを見せた。

 アフェは一瞬だけ目を開いた。


「まさか、本当に一日でシルバーランクからプラチナランクに昇格なさるとは」

「冗談だと思ったか?」

「旦那は嘘と冗談が御得意のようですから」


 流石にバルドウィンより、アルトゥルのことをよくわかっている。

 ディータという存在そのものが嘘の塊であることにも、アフェは勘付いているだろう。


「よし、その四人全員雇おう」

「そう言うと思って手続きは済ませてあります。必要なければ返金手続きを済ませればいいだけですからね」

「金貨一枚しか渡していないが?」

「十分ですよ、旦那。残ったお金で彼女たちに服を買い与えました」


 確かに、三人の美女は全員給仕服を纏っている。

 服の代金だけで金貨一枚使い切りそうな気がするが、一体どんな手を使ったのだ?

 そう思ったら、その理由は、屋敷に転移して戻り、アルトゥルとレギノと三人でいる時に教えられた。


「彼女たちは草です。一人は国王直属の、一人は他国の、一人は盗賊ギルドの」

「なんだとっ!?」

「それだけ旦那が目立っているということです。情報がまったく外に出ないと強硬手段に出るかもしれませんからね。中に諜報員を入れて適度に情報を流しておけば、相手も無茶はしてきません。それに、値段は破格で実力、容姿ともに折り紙付きです。よほどのことがない限り問題も起こさないでしょう。潜入をした意味がなくなりますから」

「……確かに」

「安心してください、本当に危ない草は雇用していません」


 いろいろと目を付けられていると思ったが、他国から諜報員が送られるほどになっていたのか――とアルトゥルはため息をついた。

 しかし、それを見抜き、あえて雇用する手段に出るとは。

 実はアフェはなかなか侮れない奴なのではないだろうか?


「ということは、あの婆さんも諜報員なのか?」

「あ、いえ、カム婆ちゃんはあっしの育ての親です。仕事を探していたので任せました」

「縁故採用か……まぁ、諜報員よりは気楽でいいか」


 これでリヒャルトをパーティに誘う口実、出迎えるための準備が整えられる。






 翌日の夜。

 夕食時に、リヒャルトが話を切り出した。


「実は、ディータ殿からパーティの招待を受けた。なんでも、プラチナランクに昇格したからその祝いだそうだ。本来なら私がディータ殿をパーティに誘って面会する手筈だったが、手間が省けたよ」

「プラチナランクですか。それは凄いですね。ディータ殿は領民の誇りです」


 真っ先に反応したのはタンクレートだった。


「ええ。彼のお陰で私たちもようやく貴族らしい生活が送れるようになりましたからね」


 そう言っているが、食卓に並ぶ料理の数々は、トゥティラの乳母兼使用人の手料理で、専用の料理人を雇う余裕はない。

 貴族らしい生活と言っているが、王都に住む中級階層の生活水準に到達した程度だった。

 それでも以前の生活と比べれば目を見張るものがある。


「ああ。だが、そのパーティの日付というのが、ちょうどエリーの誕生日なのだよ」

「仕方ありませんわ、お義父様。私の誕生日はお義父様たちの分までアルトに祝ってもらいますから」


 リヒャルトがパーティに誘われるとき、同伴するのは妻のツィリーナ、そして次期領主のタンクレート、オルティラの四人というのが通例だ。


「もしよかったらトゥティラのことも私が面倒を見ますわよ、オルティラお義姉様」

「ありがとう、エリー」


 オルティラは笑顔で答えた。

 オルティラがいなくても乳母が面倒を見ているので、エリーザベトの仕事はない。


「いや、招待状は私とツィリーナ、タンク、オルティラ、エリーの五人の名前がある。恐らく、エリーの誕生日であることを知っているディータ殿が気をまわしてくださったのだろう」

「待ってください、お義父様! それではアルトだけが除け者みたいではありませんか!」

「アルトだけではない。トゥティラも招待されていないだろ? 洗礼式前の子供がパーティに呼ばれることはない。常識だ」

「それは……でも」


 エリーザベトが悔しそうに言う。

 アルトゥルのことを気遣っているのは痛いほどにわかった。

 しかし、ここでアルトゥルがパーティに行くことに、もしくはアルトゥルとエリーザベトふたりで屋敷に残るようなことになったら面倒なことになるのはわかっている。


「エリー義姉さん。僕は気にしていませんから、義姉さんは楽しんできてください。エリー義姉さんが帰ってくるときには、僕が義姉さんを祝う準備をしていますから」

「もう、アルト。そういうサプライズは、黙ってするものよ……でもありがとう」


 エリーザベトはそう言って、夕食の腸詰めを一口で食べた。

 リヒャルトがアルトゥルに目配せで感謝していた。

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