ブイトーマ王都の冒険者ギルド――国中にある冒険者ギルドの本部であり、Bランク以上になるには、ここで冒険者ギルドの昇格試験を行う必要がある。
アルトゥルは冒険者ギルドの扉をくぐった。
喧騒が絶えないと言われる冒険者ギルドのエントランスホールから、音が消えた。
その原因がわからないのか、一人の男が相席していた男に言った。
「なぁ、どうしたんだ? あのガキがどうかしたのか?」
「あれはシルバーランク冒険者のディータだよ。知らないのか?」
「ディータ……ディータって、あの『塩抜きのディータ』かっ!?」
「バカ野郎、本人に聞こえたらどうするんだ」
ばっちり聞こえている――とアルトゥルは言わずに、奥のカウンターに向かった。
ちなみに、塩抜きとは、アルトゥルが難易度が高すぎて放置されていた依頼――いわゆる『塩漬け』と呼ばれる依頼を受けたからだ。
「久しぶりだな。ギルドマスターに用事がある。会えるか?」
カウンターにいる若い受付嬢にディータは尋ねた。
彼女は頭を下げる。
「申し訳ありません、ディータ様。ただいまギルドマスターは――」
「構わない。通せ」
そう言って、カウンターの奥、二階に続く階段から現れたらのは、スキンヘッドの大男だった。
この冒険者ギルドの責任者のバルドウィンだった。
バルドウィンに導かれ、アルトゥルは階段を登っていった。
「俺が来たことに気付いたのか?」
「いいや。だが、いつもうるせぇこの部屋が静かになったら、なにかあると思うもんだろ」
「そうか? ここはいつもこんなものだろ」
「お前さんがいたらそうなるさ。ここに来て、絡んできた冒険者十五人の骨をへし折ったんだからな」
「全員治療しただろ。文句を言われる筋合いはない」
「その回復魔法の腕も異常だって言ってるんだ。一度の魔法で骨折重傷者十五人を治しちまうんだからな」
そう言って、バルドウィンは二階の部屋にアルトゥルを案内する。
相変わらず酒臭い部屋だ。
テーブルにも飲んでいる途中の酒瓶があり、横には干し肉と食べ掛けのパンがある。
どうやら、昼食中だったらしい。
昼食にワインを飲むのは普通だが、酒瓶はブランデーのものだった。酒精が十倍も含まれるそんなものを昼間から飲むか、普通?
「で、ディータ。何の用だ? とうとう本部に移籍することにしてくれたのか?」
「悪いが、俺の所属はホーエンドフト支部だ。いまさら所属を変えるつもりはない」
「わかんねぇな。なんであんな僻地に拘るのか。それで、何の用事だ?」
「ランクを上げたい。できれば、今日中にプラチナランクにな」
「プラチナだとっ!?」
バルドウィンはそう言って立ち上がった。
「どういう風の吹き回しだ。ランク昇格をあれほど断っていたのに」
これまで、バルドウィンからゴールドランクへの昇格打診は何度もあった。
しかし、それは断っていた。
ゴールドランク以上の冒険者には、報酬への課税が少なくなるからだ。
ホーエンドフト領に税金を納め、実家を裕福にしたいという目的があったアルトゥルには昇格は不都合だった。
しかし、父の借金もなくなり、財政的にも余裕が出てきたので、いまなら昇格をしてもいいだろうと思った。
「前から、俺にゴールドランクになれって言っていただろ? その一つ上に行ってやるってだけだ」
「しかしだな……プラチナともなると実績が」
「いままでゴールドランクの冒険者でも二の足を踏むような依頼を受けてきただろ。お陰で塩抜きのディータだなんて不名誉な二つ名まで付けられたんだ」
「……いや、ダメだ! ゴールドランクへの昇格は俺の権限で認めてやる。だが、シルバーからいきなりプラチナランクに昇格なんて前例がない。そんなの認められない」
思ったより融通が利かないんだなとアルトゥルは思った。
しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。
「なら、前例にない仕事をすればいいわけだな。確か、この国の北東には真竜の住む谷があっただろう? その爪の欠片を売るだけでも王都の一等地に豪邸が建てられると言われるドラゴンだ」
「さすがに豪邸とまではいかないが、小さな家くらいは建つだろうな。まさか角でもへし折って持ってきてくれるっていうのか?」
「いや、その程度なわけないだろ」
「まさか、殺してくるっていうのか?」
「それこそまさかだ」
真竜は五百年以上生きる竜のことを言う。
守護竜、自然界の精霊のバランスを保つ竜ともいわれている。
そんな竜を殺して万が一のことがあれば困るし、なにより俺は殺したくない。
「……だよな」
バルドウィンは安堵のため息をつき、棚にあったウィスキーの瓶を持って、中身をグラスに注ぐ。
グラスの中には既にブランデーが入っているというのに。
既に酔っているのか、それとも真竜の名を聞いて動揺したのかはアルトゥルにはわからなかった。
「で、真竜をどうするんだ?」
「手懐けてここに連れて来よう」
アルトゥルがそう言うと、バルドウィンは頬を赤らめた。
「悪い、もう酔いが回ってきたようだ。なんて言った? 手の爪を持ってくるのか?」
「真竜を手懐けて連れてくると言ったのだ。なに、難しいことではない」
真竜の棲む谷の近くには、湯治ができる天然温泉があり、転移ポイントに設定している。いまから行って戻っても門限には余裕で間に合う。
「そうかそうか、手懐けるか。ディータも冗談を言うようになったか。そんなことができるようなら間違いなくプラチナランクの冒険者だ」
よし、言質は取った。あとは真竜を手懐けるだけだ。
「そうだ、旨い蜂蜜酒を作ってる醸造家を知っているか?」
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