むかしむかし、ある国に、とても美しい女王様がいました。
女王様は、いつでも、大粒のエメラルドの宝石を、髪留めやネックレスにたっぷりとあしらって身に付けていました。
キラキラ輝く最高級の宝石ですら、女王の大きな瞳にきらめく同じ色の虹彩を引き立てる道具でしかありませんでしたが。
そう、女王は、自分の美しい緑色の瞳をたいそう自慢にしていたのです。
女王様の暮らすお城はとても大きく立派でしたから、毎日、大勢のメイドたちが忙しく働いていました。
ある日、そこに、若いメイドが新たに雇われることになりました。
それは、お城のお抱えの医者であるブライの妹、シスレでした。
ほかに身寄りがないので、これまでも兄のブライと一緒に城中で暮らしていたのですが、そろそろ年頃にもなったので、お城のメイドとして働きたいと、自分から希望したのです。
ブライは、よろこんで女王様に口添えしました。
年の離れた妹ながら、たいへんに気立てがよくシッカリした娘でしたから。
それに、なかなかの器量よしだったので、美しく高貴な女王様にお仕えすることは、シスレの花嫁修業にも申し分ないと思えました。
女王様も、信頼する主治医の申し出ですから、こころよく了承しました。
そればかりか、シスレを女王様付きのメイドにするとまで言ってくれたのです。
こうして、初めてのお勤めの朝を迎えたシスレは、期待に胸を高鳴らせながら、女王様のお部屋に向かいました。
シスレが部屋におもむくと、女王様は、ハッとしたように彼女に魅入りました。
城内で見かける上品で気取った貴族の子女たちとはまるで違う、ういういしく可憐な魅力が、シスレにはありました。
それに、なんといっても、その瞳の輝きの見事なことといったら……。
女王様の瞳よりも、もっと大きくて、女王様の瞳よりも、もっと鮮やかに澄みわたる緑色の虹彩。
女王様は、我知らずイラダチを覚えました。
ですが、それを誇り高い微笑みの下に素早く隠して、シスレを優しく手招きしました。
それから毎日、シスレは、コマネズミのようにくるくると、女王様によく仕えました。
もとより良く気のつくうえに、素直で朗らかな娘でしたから、先輩のメイドや側近、大臣たちからも大変に気に入られました。
年ごろの貴族の青年たちからも、シスレの屈託のない愛くるしさは、すぐに話題となりました。
身分の差をいとわず求婚を考えだす者も、1人や2人ではないほどでした。
女王様も、オモテムキは、シスレにとても親切な態度をとりました。
オモテムキは、です。
女王様は、じつのところ、この素直で可憐で明るい働き者の娘が、まったく鼻について仕方がありませんでした。
平和で豊かな王国の、あらゆるすべてを手中にすべる高貴な女王でありながら、たかが平民あがりのメイドひとりが目ザワリで仕方ないのです。
平和で豊かな王国の、あらゆるすべて……。
風光明媚な領土、豪奢な居城。
贅を尽くした調度品や美術品。
宝物庫にあふれんばかりの、素晴らしい宝石のコレクション。エトセトラ・エトセトラ。
どれもこれも、女王様にとって、かけがえのない大切な宝物です。
けれども、それらのどれにも増して稀少で誇れる宝物は、女王様ご自身の『瞳』だったのです。
それなのに、シスレは、女王様のいちばん自慢の宝物より、もっと魅惑的な宝物を、これ見よがしに輝かせてみせるのです。
可憐な小麦色の顔を美しく彩る2つのエメラルド。大きな緑色の双眸を。
たかが平民の小娘が、国じゅうのあらゆる宝物を所有する女王様にも増して見事な宝物を持っていて、毎日それを目の前に見せびらかすのですから。
いかに慈悲深く寛大な女王様とて、このような不届き者を、いつまでも見逃すはずはありません。
みごとな金細工のほどこされた鏡台の前に座り、女王様は、じっと鏡の中を見つめていました。
自分の顔を眺めるふりをしながら、ほんとうは、女王の長い金髪を丁寧にクシけずり巻いているメイドの明るい双眸を、視界のカタスミで凝視していたのです。
――ああ、いっそのこと、シスレの瞳をワタクシの瞳と入れ替えることはできないものかしら?
女王様は、ふっと頭に浮かんだ世迷言に自分自身で当惑し、ヒザに置いた白い手をきつく握りしめました。
――どうしてもワタクシのものにならないのならば、いっそ、この世から消えてしまえばいいのに……。
よもや気高く美しい女王様の、そのような胸のうちを知るはずもなく、シスレは、朗らかにたずねました。
「今日は、どの髪留めになさいますか、女王様。おととい旅の行商からお買い求めになったばかりの、スクエアカットのエメラルドは?」
「そうね。それがいいかしら……」
女王様は、きれいに整えられた巻き髪のスソをたわむれに指先でクルクルもてあそびながら、うなずきかけましたが、
「いいえ、たまには趣向を変えましょう!」
と、ふいに楽しそうな声をあげて、
「宝物庫から、ブラックオパールの髪留めを取ってきてちょうだい。銀のフチ飾りにルビーをあしらってある、あの髪留めよ」
「あら、女王様。あの髪留めは、特別な行事のときにだけお使いになる決まりでは?」
「かまわないわ。今日は、なんだか特別な気分なのよ」
「まあ、それは素敵ですのね」
シスレは、親愛なる女王様の美しい笑みにつられて、可憐な顔をほころばせました。
そして、はずむような足取りで宝物庫に向かうと、女王様のイイツケどおりの髪留めを持って戻りました。
すると、鏡台に向かったままの女王様は、もう、別のエメラルドの髪留めを金色の髪に付けながら、
「やっぱり、今日はこちらの髪留めにするわ。ごめんなさいね、シスレ」
と、優雅に肩をすくめました。
シスレは、屈託なく微笑みを返しました。
「では、このブラックオパールの髪留めは、すぐに返してまいりますね」
こうして、シスレは、ふたたび宝物庫に向かおうとしました。
ところが、女王様の部屋をでたとたん、2人の番兵に出合い頭に取り押さえられ、頑丈な縄で両手をつながれると、そのまま地下牢に引きずり込まれてしまったのでした。
「ああ、どうか信じてください。あたしは誓って潔白なのです!」
シスレは、鉄格子に両手でしがみつき、地下牢の門番に必死に訴えました。
「女王様にお聞きになってください。そうすれば、こんなこと、ひどい誤解だってわかりますから」
「うるさい、このドロボウ娘め!」
門番は、手にした警棒を鉄格子のスキ間に突っ込みざま、シスレの腹をグイッと押しました。
シスレの華奢な体は後ろに吹っ飛び、カビだらけの湿った床にハデに尻モチをつきました。
シスレは、痛みとショックで、こらえきれずにシクシク泣きだしましたが、門番は舌打ちをして、
「よりにもよって、王家の秘蔵の髪飾りを盗もうだなんて。可愛い顔して、とんでもないバチアタリだ!」
と、いまいましげに怒鳴りました。
シスレの兄ブライは、大あわてで、お城の地下牢に駆けつけました。
「おお、シスレ、これはいったいどうしたことだ?」
「ああ、来てくださったのね、お兄様! どうぞ、あたしを助けてちょうだい」
シスレは、パッと顔を輝かせながら、兄に真実を話しました。
そこで、ブライは、血相を変えて女王様の居室に飛んでいきました。
「恐れながら、女王陛下。このバカげた誤解を即刻といてくださいませんか?」
「いいえ、ブライ。残念だけれど、シスレはたしかにワタクシの大切な髪飾りを勝手に宝物庫から持ち出したのよ」
「それは、陛下がシスレにお命じになったことではありませんか!」
「いいえ、そんなはずはないわ。それこそバカげた誤解よ、ブライ。あのブラックオパールの髪飾りは、特別な行事のある日にしか使わないシキタリですもの」
女王様は、とりつくしまもなく、そう答えました。
居室に帰ったブライは、頭を抱えて嘆きました。
「我が神、我が神! どうして、こんな非道な仕打ちをお見過ごしになるのだ?」
その場にヒザまづき、開いた窓から空をうやうやしく仰ぎ見ましたが、星は静かにまたたくばかりで、何も答えてくれません。
「ああ、もはや、非道な神など知るものか! いっそのこと、悪魔に魂を売ってやる」
ブライは、怒り狂って、石づくりの床に拳を叩きつけました。
何度も何度も叩きつけるうちに、皮膚が裂けて、床が血で汚れました。
それでも怒りがおさまらず、いっそう激しく床を殴り続けているうちに、「ピシャッ」と、血しぶきが自分の目元に跳ね返ってきました。
ブライは、反射的にハッと目を閉じました。ほんの一瞬。
それから、また、パッと目を開けたとき、もう目の前には、背の高い深紅の髪の悪魔が立っていたのです。
なぜ「悪魔」だとすぐに分かったかといえば、黒衣に身を包んだその男の背中に、真っ黒い大きな翼が広がっていたからです。
それに、天使のように品のいい美しい顔には、浮き世ばなれした真っ赤な双眸が、至高のルビーのごとく妖しくキラキラと輝いていたのです。
ブライは、ギョッとして身をのけぞり、後ろ手にシリモチをつきましたが、
「そうか、私の祈りを聞きとげてくれるのは、やはり悪魔しかないのか」
と、喜びとも落胆ともつかない口調で言い捨てました。
不条理なまでに美しい悪魔は、少し鼻にかかった低い声で、おどろくほど柔和に口を開きました。
「そうだとも、ブライ。私は、闇の王子アルミルス。我が名を呼べば、オマエの願いはかなえられる」
「では、アルミルス。オレの頼みを聞いてくれ」
「よかろう。契約は成された。望みを申せ」
「じつは、オレの大切な妹シスレが、女王陛下の宝石を盗んだというヌレギヌを着せられて、牢獄に入れられてしまったのだ」
「ほう。それで?」
「女王陛下は聡明で慈悲深いお方なのに。妹の無実の訴えに、いっこうに耳を貸してくださろうとしないのだ」
「それはまた、どうした理由で?」
「知るものか! こっちが聞きたい」
「ふむ、なるほど。……女王は、オマエの妹に嫉妬しているのだ」
と、悪魔は、色の淡いクチビルの片方の端だけニンマリと引き上げました。
整った美貌であるほど、皮肉めいたその微笑みは氷のように冷たげで、ブライは今さらながらにゾクリと身震いしました。
「ま、まさか。高貴で美しく、この王国すべてを支配しておられる陛下が、たかがメイドに嫉妬などと」
「シスレの清らかな緑色の瞳は、女王のそれに勝る。そのことが女王には悔しくて仕方ないから、あらぬ罪をかぶせて、シスレを処刑したいのだ」
「そんなバカげた理由で、処刑だと!? ウソだ!」
「悪魔はウソはつかぬ。ヒトの子より、よほど正直だ」
悪魔は、心外そうに小さく鼻を鳴らしました。
ブライは、あわてて悪魔のスソにすがりつき、深々と頭を下げました。
「では、誠実な悪魔よ。妹が処刑をまぬがれるように、どうか助けてやってくれ。頼む。これがオレの願いだ」
けれども、悪魔は、酷薄な冷笑を浮かべたまま、さも困ったように肩をすくめました。
「叶えられる願いは1つきりで、もう終わりだ。この欲ばりめ」
「なにをいう? まだオレは、何も願いごとを叶えてもらっていないぞ!」
「いいや。ついさっき、オマエは、『女王陛下が妹の無実の訴えに耳を貸してくれぬ理由を、聞きたい』と、私に願ったぞ。そして、私は、その答えをオマエに教えてやった」
「あっ……、そ、それは……」
「取り引きは完了したのだ。いずれ冥府の門で再び会おう、ヒトの子よ」
「待て、この汚いペテン師め!」
ブライは、立ち上がりざま、悪魔に殴りかかろうとしましたが、悪魔の姿は一瞬で見えなくなってしまいました。
熟れたバラのような甘美な残り香と、ブライの手の中に握りしめられた黒い大きな羽根1枚を、置きミヤゲにして。
「ああ、我が最愛の妹、シスレよ」
ブライは、酔っぱらいのようにおぼつかない足取りで、フラフラと地下牢に向かいました。
そして、鉄格子にすがりつき、子供のように泣きじゃくりながら、イジワルな悪魔の仕打ちをあらいざらいシスレに伝えました。
「許してくれ、シスレ。まんまと悪魔にだまされてしまった。オマエの命を救いたかったのに!」
「いいえ、いいえ。いいんです、お兄さま」
シスレは、気丈に答えましたが、健康な小麦色の肌は血の気を失って真っ青に染まり、ふっくらとした愛くるしいクチビルは、ワナワナとふるえていました。
悪魔のこざかしいペテンよりも、シスレには、彼が教えてくれたという残酷な真実のほうが、ショックでなりませんでした。
世界中の誰よりも美しく気高くお優しい貴婦人……、そう信じて、女王様に心酔しきっていたのですから。
それほど敬愛する女王様が、くだらない嫉妬心にかられて、いやしい悪だくみをはかっただなんて。
女王様を誰よりも信奉する忠実なメイドを、王家にはむかう浅ましい重罪人に仕立て上げ、処刑してしまおうだなんて。
シスレは、混乱しすぎて、少しばかり心の歯車がかみ合わなくなってしまったのでしょう。
「いいのよ、お兄さま。だって、この国のあらゆるすべては、ぜーんぶ女王様の持ち物なんですから」
と、兄が手にしていた悪魔の羽根をサッと奪い取り、
「あたしの、この目も、女王様の持ち物。ご所望とあれば、献上しなければ……」
唄うように言うと、黒い羽根の柄を両手でシッカリにぎりしめ、その付け根を自分の顔に向けました。
悪魔の羽根の付け根は、するどい刃物のように尖っていました。
シスレは、それを、いきなり自分の目のフチに突き立てたのです。
「シスレ……!?」
ブライは、妹の異常な行動を必死に止めようとしましたが、鉄格子が邪魔をして手が届きません。
「やめるんだ、シスレ! やめてくれ!」
けれども、シスレは、やめません。
かみ合わなくなった歯車が、異様な不協和音をたてながら次々に壊れていくように。
シスレの心は、もう取り返しがつかないほど傷ついてしまったのです。
鋭利な切っ先を深く差し込んで、目の周囲をグルリとなぞれば、コロリと眼球が飛び出てきました。
ピスタチオを殻から取り出すより、もっと易々とした調子で。
はじめに右の目、次には左目。
そうやって取り出した2つの眼球を手のひらにのせると、鉄格子の間から突き出して、シスレは言いました。
「お兄さま。どうぞ、これを女王様にさしあげて……」
ブライは、恐怖と悲しみで、全身を粟立たせました。
頭の中ではイヤだと叫んでいても、ひとりでに両手は伸びて、妹の両眼を受け取っていました。
2つの眼球は、まんまるで、まだ生あたたかく、不思議とガラス玉のように硬くツルツルした感触でした。
そして、シスレの愛くるしい顔に飾られていたときと変わらず、汚れのない真っ白な目玉に明るく美しい緑色の瞳がキラキラと輝き続けていました。
ブライは、とりつかれたように、その眼球に魅入りました。
すると、片方の眼球の、エメラルドの虹彩の中心に、真っ赤な血のシズクが一瞬だけプクリと浮かんでから、吸い込まれるように再び眼球の中に沈みました。
門番がシビレをきらして牢獄の扉を開けると、足元にうずくまって震えているブライの姿が真っ先に目に入りました。
すぐに檻の中に視線を移すと、ロウソクの炎の中でユラユラと揺れながらたたずんでいるシスレを見ました。
そのとたん、真っ黒な2つの洞窟と化したシスレの眼窩からは、滝のように血が噴き出しました。
しばらくすると血は止まり、頭上の糸を急に切られたアヤツリ人形そのもののように、シスレは、その場に真っすぐ崩れ落ちて、息が絶えてしまいました。
かわいそうなシスレは、みずからを断罪したものと思われながら、へんぴな山奥の墓所にひっそりと葬られました。墓碑銘すら刻まれずに。
それから、ひとつきほど過ぎた、ある朝のことです。
女王様は、鏡台の机の上に真っ黒い大きな羽根がひとつあるのを見つけて、美しい顔をしかめました。
「まあ、不吉な。風で飛んできたのかしら?」
と、開けっ放しの窓を一瞥してから、汚そうに指先で羽根をつまみあげると、暖炉の中に放り込みました。
燃えさかる火に巻かれて、黒い羽根は、たちまち燃え尽きましたが、真っ赤な火の粉が暖炉の外に舞い散りました。
そして、暖炉をのぞきこんでいた女王様の両目に飛び込んでしまったのです。
「ああっ!」
女王様は、両手で顔をおおって、悲鳴をあげました。
メイドたちは、急いで、大きな桶に冷たい水を入れて持ってきました。
女王様は、みずから桶の中に顔面をひたして、両目を洗いました。
しばらくして頭を起こすと、熱さもひいて、目の痛みもなくなっていました。
女王様は、ホッとしながら、手巾で目元をぬぐうと、ニッコリ微笑んで、あたりを見まわしました。
とたんに、まわりで見守っていたメイドたちが、いっせいに、
「きゃあっ!」
と、悲鳴をあげました。
女王様は、あわてて鏡台の前にいき、鏡をのぞき込むや、ガクゼンと身をこわばらせました。
鏡に映った女王様の両目は、真っ赤な血の色に染まっていたのです。
美しかった緑色の瞳ばかりか、白目の部分もです。
目の玉すべてが、真っ赤に塗りつくされていました。
さしもの誇り高い女王様も、フラフラと足元をよろめかせ、そのままバッタリと倒れてしまいました。
侍従長が、あわてふためき、お城の主治医を呼びつけました。
すぐに駆け付けたブライは、寝台に横たえられた女王様の両目をまじまじと診察すると、
「ふぅむ。これは、すぐに手術をしたほうがよさそうです」
と、神妙なオモモチで言いました。
女王様は、真っ赤な目を見開いて、
「手術をすれば治るの? ワタクシの目は、もとどおりになるの?」
「いいえ、女王陛下。もとどおりには、なりませぬ」
「…………!?」
「おそれながら、女王陛下。陛下の美しい両目は、私の手術によって、いっそう美しくなるでしょう」
「それは誠か、ブライ。私の目が前よりも、さらに美しくなるならば、なんなりと褒美を取らせよう」
「ありがたき幸せ」
「ただし、ワタクシの目が治らなければ、オマエの目をつぶしたあとに、煮えたぎる油を流し込んでやる」
「御意に」
ブライは、少しもひるまず、自信たっぷりに微笑みました。
それから、その場にいた侍従長やメイドたちをすべて人ばらいさせると、ブライは、まず、女王様に眠り薬を与えました。手術の痛みを感じないですむように。
女王様がスヤスヤ寝入ってしまうと、医療道具の入った愛用のカバンをひらいて、中から小さなツボを取り出しました。
あらかじめ用意しておいたお皿の上にツボの口をかたむけ、中身をあければ、「コロン、コロン」と軽やかな音が響きました。
ツボの中から転がり出てきたのは、シスレの遺した、美しい2つの眼球だったのです。
お昼ごろには手術は終わり、ほどなくして女王様も目を覚ましました。
メイドが渡した手鏡を引ったくるようにして、自分の顔を映すや、女王様は、夢見るようにウットリと微笑みました。
ブライの言葉に、ウソはありませんでした。
女王様の瞳は、以前よりも、もっと大きく美しく、澄み切った明るい緑色に輝いていたのですから。
それから、また、数日がたちました。
すっかり機嫌をよくした女王様は、盛大なお祭りを開くことにしました。
王宮の広場の舞台で、楽団が陽気な音楽を奏でると、城下の町から集まった大勢の民衆が、ごちそうと葡萄酒を手にして踊りだします。
そこで、高貴な青いドレスに身を包み、つややかな金色の髪に門外不出のブラックオパールの髪飾りをつけた女王様は、意気揚々とバルコニーに出ました。
人々は、割れんばかりの歓声をあげて、女王様を仰ぎ見ました。
そして、以前よりもっと美しさを増した大きな緑色の瞳に、誰もが息をのんで魅了されました。
女王様は、すっかりご満悦です。
愛すべき大勢の民衆に向かい、優雅に手を振ってみせました。
民衆の歓声と拍手は、いっそう大きくなりました。
そのときです。
女王様は、ふいに、右目の奥にかゆみを覚えました。
なにかが目の中でムズムズうごめいているような、そんなイヤらしいかゆみなのです。
女王様は、掲げていた右手をおろして、右のマブタをゴシゴシこすりました。
すると、今度は、その手にまでムズムズとした感触が広がってきたので、あわてて見てみると、そこには、微細な無数の赤い虫がうごめいていました。
真っ赤な血のシズクのようにも見える、小さな小さな虫なのです。
背後に控えていた侍従長は、女王様の異様な行動に驚いて、急いで前に歩み寄りましたが、たちまち、
「うわあああああああああーっ!」
と、あられもない悲鳴をあげて、転げるように逃げ出してしまいました。
ムリもありません。
女王様の瞳からは、血のシズクのような虫がゾロゾロと大量に沸き出しており、それが美しい白い顔をどんどん埋め尽くしていたのです。
恐怖はたちまち周囲に伝播し、異変に気付いた広場の民衆も狂ったように泣き叫びました。
その間にも、真っ赤な虫はとめどなく女王様の瞳から溢れつづけ、女王様の体じゅうを食い散らかしたあとには、城を覆い尽くし、右往左往しながら逃げまどう人々をあっという間に飲み込みながら増殖していき、広場を民衆ごと一瞬で真っ赤に染めたあとには、国じゅうすべてを侵食し、海をも覆い、遠くの国々も血の色に塗りこめて、この世界のあらゆる全てがなくなってしまったので、このお話も消えてなくなり、これで全ておしまいでs
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