ヒノマルはチェンソーとドリルを交互に睨み付ける。両方とも、面倒な武装だ。あれを装甲で受けようものなら、ヘイの説教と多額の修理費が待っている。
「……やられる前にやってやる!」
謎の少女を乗せている以上、モタモタもしてはいられない。〈天兎〉の両肩のスタビライザーが青い炎の尾を引く。一気に距離を詰めようとしたのだ。
『いいねぇ! いいねぇ!!』
「いちいち癪に触る奴です……ね! このッ!」
迫ってきた高速回転するドリルを、体勢を低く屈めて回避。そのまま足元を切りつけようと、ブレードを構える。
だが、スクリームはそれを見越していた。迫ってきた〈天兎〉に対し、渾身の蹴りを叩き込む。
『足癖の悪さは生まれつきでね』
「……野郎ッッ!」
声にはドスが効いている。ヒノマルは横転する機体を無理やり立たせて、ブレードを振るった。〈ガーゴイル・パワード〉が反撃できる間合い。そこで急ブレーキを掛け、機体を停止。
スクリームが次の攻撃に移るまでのスパン。そこに攻撃をねじ込んだ。
「Kiss my ass!」
『良いセンスしてんなぁ、サムライ野郎ッ!!』
スクリームも、もう片方の腕で迫るブレードを弾いた。だが、ヒノマルはもう一歩先に征く。
弾かれて尚スラスターの角度を調整し、機体バランスを修正。踏みとどまり、二撃目の刃を振り下ろした。刃は〈ガーゴイル・パワード〉の装甲を引き裂き、内部フレームを覗かせた。ヒノマルは機体を回転。その勢いを三撃目に乗せようとする。
『おいおい……それは少し気にいらねぇな』
スクリームの声には苛立ちが混じっていた。それに反して、死神の笑い声がいっそう大きくなる。チェンソーの回転数を上げたのだ。それに比例し、モーター音の唸りも一層大きくなる。
〈天兎〉の三撃目を〈ガーゴイル・パワード〉がチェンソーで受け止めた。それどころか、持ち前のパワーを生かして〈天兎〉を押し返す。性能では〈天兎〉の方が、ベース機である〈ガーゴイル〉の総合値を上回っている。だが、流石の〈天兎〉でも二機分のエターナルリアクターの出力に押し勝つことはできなかった。
『今度は俺の番だなァァ!!』
ドリルが胸部の装甲を抉った。スラスターを逆噴射させ、後ろに退こうとする〈天兎〉をエグゼキューショナーは逃すつもりなんて微塵もない。チェンソーを振り上げ、機体の重量と合わせた一撃を叩き込む。
「こんのぉぉ!!」
『ヒノマル様。その一撃をガードしては、』
アラートを出すのが僅かに間に合わなかった。ヒノマルは咄嗟の判断でチェンソーを、ブレードで受け止めてしまう。
『はは、あはは、ひひ……なぁ、サムライよぉ。テメェは良い腕をしてるよ。賞賛に値するだけの操縦センスだ。思わず笑っちまうほどだぜ』
「ッッ……何が言いたいッッ!!」
『別に、ただのお喋りさ。ただ、お前……ホント惜しいよ。正直落胆したぜ』
「は?」
チェンソーが火花を撒き散らす。分厚い宇宙船の装甲を解体するためのチェンソーだ。荒々しい刃の付いたチェーンがモータの高速回転で、何度も薄いブレードに叩き付けられる。
バキンッッ!! と音を立てて、ブレードが砕けた。
〈ガーゴイル・パワード〉のドリルがヒノマルと少女が乗るコックピットを貫こうと迫る。
『お前は本当に惜しいやつだ! 殺し合いの楽しみってものをわかっちゃいねぇ』
「何が言いたいんだ……イカれ野郎が」
『俺はなぁ、命のやり取りってヤツがしたいんだよ。殺すか、殺させるかのギリギリなやり取り。そこでしか感じられない熱が、俺を生きていると実感させてくれるんだ。なのにテメェは!!』
ドリルが〈天兎〉の胸部に食い込んできた。コックピット内にけたたましくアラートが鳴り響くも、それを止める術はない。
『テメェはさっき、ワザとコックピットを狙わなかったな。俺たちは殺し合いをしてるんだぜ? それなのに何を考えてやがる。俺だけ殺される心配のないイージーゲームなんてクソ食らえだッッ!! それくらいはテメェもわかるよなァァ!!』
スクリームが吠える。彼のように趣味嗜好を持つ人間は、人殺しが当たり前のご時世では大して珍しくもない。軍人上がりで退役金を貰ってながら、傭兵なんかをしているなら尚のこと。スクリームは典型的なバトルマニアの症状を患っていた。
「イカれてる……貴様はイカれている!!」
『何を言いやがる!! テメェだって、それなりに人を殺してるだろうが。なのに、なんで命のやり取りのスリルがわからねぇんだ?』
「ッッ……俺はお前とは違う。セレ姐が俺を導いてくれるんだ!!」
〈天兎〉が両腕でドリルを押さえつける回転の勢いを無理やり、殺し、それを押し返そうとした。
『へ、やれるもんなら、やってみろよ』
ヒノマルは強く操縦グリップを握り込む。だが、それが不味かった。ヒノマルはヒートアップするあまり、自分の手がどうなっているかを忘れていた。グローブには血が滲み、激痛が襲う。簡単な処置をしただけで、ヒノマルの手は少女に抉られたままだった。
「がぁっっ……あぁっっ……!!」
負傷した手をほぼ反射的に庇おうとしたせいで、神経リンクが一瞬途切れた。そこにドリルは容赦なく食い込んでくる。
『死ねよォォォ!! 死んじまいなァァァ!!』
ヒノマルは無傷の右手でなんとか操縦グリップを握り、ドリルを止める。だが、片手だけで止まるほど、死神は容易くない。
ドリルの先端がコックピットに近づいくるのをヒノマルは感じていた。目の前にある薄っぺらい金属の壁が破られた時、自分は少女と一緒に仲良くミンチだ。
「がぁァァァ!!!」
『ははは!! 喚け、喘げ、せいぜいその命の輝きを俺に見せてみろォォ!!』
ドリルはどうやっても押し返せない所まで、深々と刺さってきた。〈天兎〉は〈ガーゴイル・パワード〉に押さえつけられ、逃げることもできない。
「俺を……俺たち舐めるなァァァ!!!」
ヒノマルが声を上げる。腹の底から吐き出した。ありったけの声だ。それでも、声はただ狭いコックピットに響くだけ。誰にもヒノマルの最期の叫びは届かない筈だ。
だが、その本来は届かない筈の声を受け取る者がいた。ジッ! というノイズと共にヒノマルとスクリームの通信に、よく通る凛とした声が割り込んできた。
『そうね。私たちを舐めたツケを高金利と一緒に返してもらうのよッッ!』
セレナの声だ。
『砲門解放。ミサイルハッチは全展開。撃ェッー!!、』
次の瞬間にはビーム砲の光とミサイル弾頭が〈ガーゴイル・パワード〉に降り注ぐ。コックピットだけを外した正確無非の射撃。照準を握っているのは間違いなくヘイだろう。
『ヘイ! あのビームがズギャギャーンってなるやつも撃つわよ!!』
『アレはリアクターにかかる負荷がデカいし、必要もねぇよ。それより、推力を上げろ。ヒノマルを助けるぞ!!』
一回り大きく低いエンジン音をさせながら、〈スノーホワイト号〉が突っ込んできた。〈ガーゴイル・パワード〉目掛けて、ウサギシルエットの宇宙船が迫ってくる。
『チッ……人の楽しみに水を刺すんじゃねぇ!!』
〈スノーホワイト号〉にチェンソーを向けるも、ビームシールドに弾かれた。文字通り、刃が立たない。
『クソがぁ!! この硬さ……防御艦じゃねぇかよ!!』
スクリームは退くしかなかった。さっきの一斉砲火でエターナルリアクターが一つ潰された。この状況では消耗している〈ガーゴイル・パワード〉の方が不利になる。
雪のように真っ白な船体は、あたり一面が本物の雪によって白く染まっているお陰で、簡易的な擬似迷彩のようなことになっていた。ヒノマルとの殺し合いに夢中だったスクリームが、その接近に気づくのは難しいだろう。
戦況は逆転する。スクリームは一度湧き出る悔しさと苛立ちをなんとか落ち着かせ、事態に冷静に対処する。
『……チッ! あばよ、サムライ! 次にあったら、その時こそ絶対にぶっ殺してやる。惨たらしく、テメェの仲間も、テメェが拾ったそのガキも、全部まとめてなァ!』
スクリームの吐き出す言葉はまるで呪詛だ。彼を乗せたコックピットが空中へと打ち出された。コックピットは折り畳まれた機種と翼を広げ、簡易な戦闘機形態へと変形する。元の〈ガーゴイル〉の脱出機構には存在しないギミックだ。
「ほざいてろ。負け犬が……」
〈天兎〉はビームマグナムを再度、構えて照準をスクリームの乗る戦闘機へと合わせる。
『待ちなさい。撃ったら、人殺しよ』
セレナがヒノマルを止めた。諌めたといってもいいだろう。
ヒノマルは両手を操縦グリップから離すと、自らの宿命のようなものを憎んだ。
「セレ姐…….俺らってただの運送屋ですよね? なんで運送屋が腕を潰されたり、ガチの傭兵と殺し合いにならなきゃいけないんですか?」
相変わらず、返ってくるのは口笛混じりのものだったが、それが逆にヒノマルを安心させてくれた。
どうしようもない疲労感がヒノマルを襲う。
だが、忘れてはならない。一段落ついたようだが、仕事まだ始まってもいない。
ここまでの読了、そして本作を手に取ってくれた事に感謝を。ラビット運送、クルー一同、喜ばしい限りです!
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Thank you for you! Sea you again!
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