「射撃が止んだ……バニーちゃん、次弾の気配はありますか?」
『いえ。既に装填は終わっているはずですが。ヒノマル様、警戒を怠らないでください』
「はい……ですけど、ビビってばっかなのも得策じゃありません」
ヒノマルはどうして、射撃が止んだのか検討もつかなかった。だが、そんなことはどうでもいい。ひとまずヒノマルは、敵さんの銃が偶然にもジャムってしまったということにした。実弾ではなく、ビームの射撃を行う銃にジャムるという概念はないが、細かいことは考えないことにした。
考えていたって仕方ない。
ヒノマルはすぐに〈天兎〉を回収し、スノーホワイト号に戻る。それがヒノマルにとっての最優先事項だ。
「安心してください、俺が君を安全なところまで届けてやります」
ヒノマルは少女を背中におぶるよう、体制を変えて走り出そうとした。
そんなヒノマルの元に青白い光が近づいている。レーザー銃のような、攻撃性のあるものではない。だが、ヒノマルのように宇宙船に携わる人間ならよく見る光でもあった。
「まさか……」
ヒノマルの表情が一瞬だけフリーズする。
光の正体は、宇宙船やアークメイルの推進剤が燃えるブースターのものだ。宇宙船のブースターにしては、光が小さい。あの光の大きさならば、アークメイルのものだろう。
エターナルリアクターの唸るような稼働音も聞こえてくる。
『アークメイル接近、数は四』
「はは……この前も生身でアークメイルと対峙することになったんですが……」
ヒノマルはもう笑うしかなかった。口から情けない笑い声が溢れる。これまでも、それなりの修羅場を凌いできたヒノマルだったが、龍響でアークメイルから逃げ延びれたのは、ほぼ運の力だと、思っている。
こうなってはヒノマルも、〈天兎〉から降りてしまったことを後悔するしかない。変に格好をつけても、ロクなことがない。らしくないことをすべきではないと猛省もしたが、今さら遅い。
「ただ、依頼人に仕事を受けにきただけなのに!!」
ヒノマルは自らの悪運を呪った。
『データベースと照合。接近中の機体はPD009、ガーゴイルです』
「ガーゴイルタイプですか……敵の物持ちは良さそうですね」
PD009〈ガーゴイル〉。天門戦線の真っ只中で大手アークメイル生産企業、パンデモニカ社が製造していた高性能な機体だ。悪魔を模した刺々しく荒削りな印象を受けるデザインを持ち、所々剥き出しになったエネルギーパイプが血管のように脈打っている。
〈ガーゴイル〉は高い運動性と出力を誇り、操縦の癖も少ない。現役の傭兵の中には、この〈ガーゴイル〉を独自に改修し私有している者もいる。それだけの信頼を獲得している玄人好みの機体だ。
〈ガーゴイル〉の肩走行には笑い踊る骸骨のエンブレムが飾られていた。見て取れる武装は抱えているサブマシンガンと腰部にマウントされたブレード。どちらも対アークメイル用だ。
サブマシンガンの砲身がヒノマル達へと向けられる。
『動かないで、そのまま伏せて下さい』
ヒノマルはすぐにでも逃げようとしていた。銃口を向けられることに慣れてしまったせいで、その身体には危険を避けるための術が染み込んでいる。だが、バニーちゃんがそれを静止させた。
このまま突っ立っていたら、ヒノマルはただの的だ。そんなことは自身が一番わかっているが、仲間が伏せろと言うのなら、その判断を疑う必要なんてない。どうせ死ぬなら、ヒノマルは自分より仲間の決断を信じて死のうとする卑怯者である。
『システムオンライン。遠隔操作スタンバイ』
それは文字通り、飛び込んできた。
〈ガーゴイル〉のセンサーが接近するアークメイルの反応を見つけた。だが、それは遅い。勢いよくブースターを吹かせた〈天兎〉が、四機の〈ガーゴイル〉の群れ目掛けて滑り込んできた。敵機接近を知らせるアラートがなる前に〈天兎〉は敵の間合いに踏み込んでいた。細分化された装甲と広可動域を生かし、他のアークメイルでは真似できないような姿勢で、捻りの加わった蹴りを繰り出す。
『天兎のOSに干渉してして権限を奪取に成功。ある程度の単純な命令なら実行させることができます』
「えっと……」
『今の天兎は私がラジコンのように操れるということです。理解できましたか、ヒノマル様?』
正直いまいちピンと来なかった。ラジコンというものを知らないからだ。
一言で言ってしまえば、バニーちゃんの遠隔操作よって、操縦されていた〈天兎〉がヒノマルの危機に飛び込んでくれということだ。もしバニーちゃんが画面の外にいる存在なら、ヒノマルは彼女の有能さを讃えて、抱きしめていただろう。
〈天兎〉はヒノマル達へと手を伸ばし、背中の天蓋を開放する。その手にヒノマルが乗れば、〈天兎〉は自らの乗り手をコックピットまで運んでくれた。
バニーちゃん自体が高性能な点に加え、日々ラーニングを繰り返しているおかげで、アークメイルのシステムに介入できるだけの術を得た。だが、バニーちゃんはあくまでも宇宙船に積まれたAIであり、アークメイルの専門じゃない。正直〈ガーゴイル〉をまともに四機も相手するにはきびしいものがある。おまけに肩には所属を示すようなエンブレーミング。〈ガーゴイル〉という機体のチョイスからもわかるように、彼らもヒノマル同様に、それなりの修羅場を潜り抜けてきた団体なのだ。
だから、ヒノマルが〈天兎〉を駆らなければならない。ラビット運送の邪魔をする障害を取り除くため。
「バニーちゃん、もう少し時間は稼げますか」
『了解しました』
バニーちゃんの操作では、すぐに限界が来るだろう。相手がプロならば、AIのように型にはまった動きを予測し回避するのは簡単なことだ。
ヒノマルは天蓋を下ろすと、大型バイクのようにうつ伏せになって跨るコックピットシートを眺めた。
脇に抱えてきた少女を結局、どうするのか。
〈天兎〉は今もバニーちゃんの制御下で〈ガーゴイル〉の装備したマシンガンの射撃を、持ち前のスピードで避けていた。〈天兎〉が大きな動作で回避を行えば、当然コックピットの中も大きくシェイクされる。こんなコックピットの中で少女を放置すれば、操縦どころじゃない。
バイク型のコックピットシートのタンデムに当たる部分には小型なシートが取り付けられていた。本来複座式ではない〈天兎〉にヒノマルと同乗してみたいというセレナのワガママから増設された、サブシートである。尚本人はアークメイルの加速と急旋回に耐えられず、もう乗らないと意地を張っていたが、取り外すのを先送りにしていて助かった。
「セレ姐もたまには役に立つことを言うんだな」
ヒノマルはベルトや布を駆使して、少女の身体をサブシートに固定した。傷口にはダメ元で止血パックを充てている。まだ微かに息のある彼女だが、これ以上消耗させていいものでは決してない筈だ。機体の動作にも気を使う必要が出てくる。
「……やるしかないんだ」
ヒノマルはシートに跨ると二本の操縦桿を強く握り、神経リンクシステムを介して機体と繋がる。
〈天兎〉のコックピットには計器やスクリーンと言ったものが撤去されている。機体を操り戦う為に必要な情報が神経リンクシステムを介して脳に流れ込んでくるからだ。
「うっ……」
脳が焼け焦げるような感覚がヒノマルの脳を抜けた。しかし、アークメイル乗りにとってこの感覚は、ある種のスイッチでもあった。ヒノマルにとってのこの焼けるような痛みは、自身が人ではなくアークメイルの情報処理端末のパーツの一つであると自覚させた。
「バニーちゃん、コントロールを俺に下さい!!」
『了解しました。機体のコントロールをヒノマル様へ譲渡』
〈天兎〉のエターナルリアクターが低い唸りを上げた。
ヒノマルは眼前の〈ガーゴイル〉が握るサブマシンガンの銃口を向け払い除けると、そのガラ空きの腹に蹴り技をお見舞いした。
さっきまで、避け回るだけだった〈天兎〉が急に反撃に転じては〈ガーゴイル〉も反応しきれない。さらに〈天兎〉はその身体を翻す回し蹴りで〈ガーゴイル〉の頭部を破壊する。それは並のアークメイルではできない変則的なマニューバーだった。
「ふぅ……ラビット運送所属、ヒノマル! 敵機の迎撃を開始しますッッ!!」
ここまでの読了、そして本作を手に取ってくれた事に感謝を。ラビット運送、クルー一同、喜ばしい限りです!
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Thank you for you! Sea you again!
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