ヘイとヒノマルは輸送用の旧型の四輪トラックをレンタルし、ブラックマーケットへと訪れた。幾つものテントが立ち並び、アークメイルや宇宙船の部品が雑多に並べられている。大概の商品は部品単位にバラされた上で店に並べられているのだが、その状態は決して良いとはいえなかった。部品の出所が出所だから、それ自体には目を瞑ろう。
ただ、所々にブラックマーケットには似合わない人影達が見える。紺色の制服の上から防弾ジャケットを羽織り、ビームシールドとサブマシンガンで武装した連中だ。
「ヘイさん、あれって……このコロニー警官隊ですよね」
「あぁ、ぽいな」
ブラックマーケットを開いているのは〈メルート〉に暮らす一般市民の一団だ。本来、警察組織にはそれを取り締まるのが職務だが、彼らは取り締まるどころか、マーケットの警備や運営を手助けまでしてる始末だ。
「多分、売り上げの何パーセントかを警察に払ってるんだろ。それを元に自分のやっていることを黙認してもらうのと、協力するよう取引してるんだ。治安の悪いコロニーじゃ珍しくもなんともねぇ」
「へぇー。俺の方だと、シェルチーカに警察署が立とうものなら火炎瓶を投げ込むのが習慣みたいなもんだったんで、ちょっと変な感じです」
ヒノマルは見慣れない警官隊に興味を占めた。渡航中に検問に引っかかってもシールドを前面に展開して強行突破するのがラビット運送だ。だから、制服の警官をみるのは妙な新鮮さがあった。
どいつもこいつも、顔にタトゥーや傷が目立つ。目つきや態度チンピラのそれで、ヒノマルから見れば警官隊の連中は自分とそこまで変わらない様に感じる。
ヘイがお目当ての部品が売ってるテントを見つけた様だ。だが、ヘイの足は店の手前で止まってしまう。
「つか、少し質問いいか」
「はい?」
「セレナのやつは俺らに予算を渡したよな? 結構な額」
「えぇ、船を出る直前に渡してきましたね」
「コロニーの入艦料でもかなり足元を見られたのにだぞ」
「そう……ですね」
ヘイは自分たちの悲惨な経済事情でも購入できる部品を、血眼になって探す覚悟でブラックマーケットに臨むつもりだった。そんな矢先、セレナが大金の入ったクレジットカードを渡してきたのだ。怪しまずにはいられない。
「なぁ……うちの口座は爆破、金庫には金がない。なら、このクレジットカードには何で金が入ってんだよ?」
「闇金から金を引っ張ってきても、どうなるかは俺らが一番知ってますしね……」
二人は謎の金の出所について考えてみる。だが、それらしい答えは見つからなかった。それよりも、今になってよくよく考えてみればセレナの用意した金というだけで怖すぎる。二人にトラブルクリエイター、生きる人災とまで言わしめたセレナが用意した金がまともなわけがない。
「止めるか」
「いや、そういうわけにもいかないでしょ!」
「だって、セレナの用意した得体もしれない金だぞ!!」
「ヘイさんも少しはセレ姐を信用しましょうよ!!」
「んじゃ、お前は信用できるのか!!」
「……」
ヒノマルが黙ってしまった。そっと視線を逸らして口笛を吹く始末。
たが、ここまで来たのだ。何も買わずに戻るわけにもいかない。この金の出所が何処で、これから面倒に関わることは確実だ。
それなら二人は覚悟を決めた上で、この金を全て散財してやろうと決意する。二人とも残念なことに、死ぬ直前には派手な花火を打ち上げたいと思うタイプだったのだ。
ヘイは乱雑に並べられた部品の中から〈天兎〉に使えそうな状態の良い部品を見極めていく。
アークメイルに関してはややノウハウを持たないヘイだが、値段……は参考にならないので、用途や摩耗度といった要素を念頭に買うべきパーツを選んでいた。
「んじゃ、そのシリンダーとエデン製のCPU、それからそっちのアークメイル用追加装甲板は、市場を一周したあとトラックで回収にくるから値札に名前を書かせろ」
「あいよ、兄ちゃん。これだけ合わせりゃ、三十万ってとこか?」
売り場の老人はなかなかに図太い商人だ。すぐに二人がこの辺りに詳しくない他所者だと気づき、商品の値段を値札に書かれているものより釣り上げてきた。値札に書かれていた値段だって相場の二から三倍程度の額をしている。
こういったマーケットのメインターゲットは宇宙船でコロニーを立ち寄る人間だ。宇宙を旅する船は消耗の激しい。だから定期的にコロニーや惑星に立ち寄り買物をしなければならないのだが、これらは替が効かない場合が多い。
売り場の老人はそんな二人の足元を見て、値段を釣り上げている。
「どうせ、他の店の値段もこんなもんだし、買っちゃいなよ」
「あ? 抜かしてんじゃねぇぞ、ジジイ」
「止しましょう、ヘイさん。ほら、後ろ……」
ヒノマルがそっと後ろを指した。二人の背後では、警官が睨みを効かせていた。ヘイは舌打ち混じりに、クレジットカードを老人へと投げつける。
「ッチ! 少しでも多く取ったらどうなるか、わかってんだろうな」
「へへへ、わかってる。わかってる」
散財しようと決めたはいいが、ぼったくり価格で物を買わされることを容認したわけじゃない。ヘイの眉間の皺が険しくなってゆく。
「ヒノマル! 次だ! 次!! こんなクソ市場、さっさとおさらばするぞ!!」
「あ、ちょっ、ヘイさん! 早いですよ!」
ヘイはズカズカと市場を練り歩き、その後をヒノマルが続く。以降、ヘイにぼったくり価格を振りかけようとする命知らずは眼力と眉間の皺の迫力だけで黙らせた。
「次! そこの奥のパーツだよ、あーイライラすんな、畜生!」
今度は選んだパーツを持ってくるまでが遅い売人に苛つき始めた。ヘイの胃はもう穴が開く寸前まで蝕まれている。
そうこうしながらも、二人は市場を回り切る。中には掘り出しのパーツもあったので収穫はあったと言っていいだろう。特にヒノマルの操縦スタイルをサポートするにはうってつけのアークメイル強化関節を買えたのは儲けものだ。
「はぁ……なんか、どっと疲れた気がするぜ」
ヘイは市場から少し離れた通りの壁へともたれ掛かる。ずっと眉間に皺を寄せていたせいで表情筋が変な凝り方をしていた。神経共々ヘトヘトだ。
「はは……確かに疲れますね。俺、今からトラックで回りながら大きな部品回収してきますね」
ヒノマルは小型のパーツ類が詰まった紙袋を両脇に抱えて、向こうに止めてあるトラックへと向かった。アークメイルの用の部品の中には一人じゃ運べないような大きさのものがある。そういった商品は購入者が名前を書くことで、一時的に店が取置きをしておいてくれる。
ヒノマルはトラックで市を一周して必要なパーツを積んでから、ヘイを拾って船まで戻るのだ。
「はぁ……」
腹の底からため息が出る。気が短いのは欠点だと分かっていても、しばらくは直せる気がしない。そんなヘイに近づいてくる警官が一人。
職質か、或いは何かの容疑か。こんな治安の悪いコロニーの警官に声を掛けられてもロクなことがないと、ヘイは背を向ける。だが、警官は親しげな声で話しかけてきた。
「大変そうすっね、お兄さん!」
思いの外高い声をしている警官だった。思わず振り返れば、そこに小柄な女性警官が立っている。
白い肌に栗色の髪、瞳の色は翡翠の様だった。セレナと同様に露系人系だろう。セレナを一回り小さくしたような女性警官は髪をツインテールに括り、制服も心なしか彼女の女性的な部分を強調する様にスカートが短くされているのだが、正直セクシーさの欠片もない。
「んだよ、コスプレ警官。露系人の女なら、うちのヘボ艦長で充分なんだが」
「うっわ……酷い対応ですね。えっと、私はアリーサ。これでも一応警羅なんですよ」
「警羅って言うとまぁまぁ、偉い階級だろ……このコロニーの警官は薬でもやらながら、職員の昇進を決めるのか?」
「うっ……またまた酷い対応……」
機嫌の悪いヘイに、礼儀正しい対応を求める方が間違いである。しかし、アリーサはめげずにヘイに話しかけるのだった。
「お兄さん、さっき市場で色々買ってましたよね?」
「たかりなら他所でやるんだな。生憎、お嬢ちゃんの欲しがりそうなアクセサリー類は買ってねぇよ」
「あ、そういうのじゃなくてですね。ただ、何というか……その……あの……」
アリーサが急にモジモジとし出した。顔を真っ赤にして、上目遣いにヘイを見る。
「なっ……なんだお前、気持ち悪りぃな!!」
「いやぁ、なんでもないっすよ。ただ、ちょーとですね!!」
モジモジとしていた懐からアリーサが何かノズルのようなものを取り出す。細く鋭いノズルの根本は睡眠ガスの入った缶に繋がっていた。
「なっ!」
驚いた時にはもう遅い。ヘイの顔面に濃密なピンク色のガスが吹き付けられる。
身体から力が抜けた。全身を激しい眠気が襲っう。抗おうとしても、足がふらついてどうにもならない。
「こ、この……クソ警羅が……」
「ん? 何か言いました? 早く眠ちゃって下さいよ、お兄さーん」
途絶えそうになる意識の中、ヘイが最後に聴いたのはアリーナのうんざりするほど甘い声だった。
ここまでの読了、そして本作を手に取ってくれた事に感謝を。ラビット運送、クルー一同、喜ばしい限りです。
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Thank you for you! Sea you again!
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