開拓惑星・惑星アイスバック。
それは小さな星だった。重力は人に住むのに適しているが、星全体が凍土に覆われ、気温は常にマイナス三十度を下回る。絶えず雪が振り続け、時に吹雪が吹き荒れることもある死の星だ。そんなアイスバックが比較的最近、一企業によって開拓されることになった。
惑星が開拓される要因というのは主に二つある。一つはその惑星が人類にとって過ごしやすい環境だから。龍響がその例だろう。
もう一つの要因はその星から資源が得られるからだ。宇宙船やアークメイルに用いられるエターナルリアクターの動力源に当たる鉱石、永久鉱源と認定されるレアメタルを掘り起こせば一生遊んで暮らせるほどの金が手に入る。それと同時に、資源を狙ったマフィアや宇宙海賊、はたまた政府までもが涎を垂らたハイエナの如く、その資源を狙ってくるという問題もあるのだが。
アイスバックにはその惑星が開拓される要因を二つとも満たせていなかった。常に凍死のリスクが付き纏う星が住みやすいわけもない。かといって、この星から何か貴重な資源が掘れるわけでもないのだ。
目も開けられないような吹雪の中に二つの影があった。大きな影と小さな影だ。大きな影は小さな影にもたれ掛かるように、この吹雪の中を彷徨っている。
大きな影は男のものだ。男は痩せ型だが、この寒さを耐え忍ぶために着込んだ防寒着のせいで実際の体型より、二割か三割大倉大きく見えた。その手には運送屋に自分を見つけて貰うための遠中将のビーコン機を強く握りしめている。
「ハァ……ハァ……うっ、うぐ……」
男が呻き声を漏らす。男の腹には幾つもの風穴が空けられていた。弾痕だ。防寒着には血が滲み、この劣悪な環境と共に男の体力を奪い続けている。男は半ば、自分の死期を悟っていた。
小さな影が男に寄り添う。
小さな影は、まだ年端もいかないような少女だった。だが、その姿は少し異様だ。髪は色素が抜け落ちように白く、瞳は朱い。体格も同年代の子供の平均値と比べれば小さい方だろう。それでも彼女は男を支えている。
「……」
少女は息を乱すことがなかった。それどころか、この劣悪な環境下でさえ患者衣のような薄い布一枚しか纏っていない。凍死してもおかしくない格好だ。それでも彼女は表情ひとつ変えなかった。
ただ、その朱い相貌で見えない希望というものを求め、少女は吹雪の中を進んでゆく。
「リオ……聞け、」
男の方が口を開いた。今にも消えてしまいそうなほどか細い声で、少女の名前を呼ぶ。
「俺はもう無理だ……この傷にこの吹雪、ただの人間じゃ限界なんだよ……」
「……」
リオと呼ばれた少女は男の声に答えない。黙って彼を背負って運ぼうとする。
「リオ……頼む、俺を置いていけ……置いていってくれ……これは命令だ」
「……命令?」
彼女の脳が命令というワードに反応した。
リオは決して命令に逆らえない。そうなるように脳に改造が施されている。男はその事を知って尚その性質を利用していると思うと、鋭い罪悪感が胸を刺した。
「わかった。それなら聞く」
「すまないな……コレをもって逃げてくれ」
男はリオにビーコンきを手渡す。
「それで運送屋に拾って貰うんだ……。いいか、リオ、今から言う番号を覚えろ。これも命令だ」
「わかった」
「いい子だ……番号は、169305……」
番号は延々と続く。男はその番号を覚えていたのではなく、記憶手術によって、脳にそれを刻み込んでいた。そうまでしないと覚えられないような桁数だからだ。
「覚えた」
リオが小さく頷く。男がそうまでして覚えた桁数の番号を、彼女は一度聞いただけで覚えてしまった。
男の意識が途絶えそうになる。それでも、男は懸命に意識の糸を手繰り寄せ、それを繋ぎ止めた。男はリオを救う事を己の使命のように思っていたのだ。それが彼女にできる男の唯一の償いでもあるのだから。
「そのビーコンは諸刃の剣だ……お前を運送屋に見つけて貰うための希望であって、同時にお前を絶望に引き戻してしまう枷でもある。ただ、絶対に諦めるな。きっと誰かがお前を幸せにしてくれる」
「それも命令?」
「……違う。これは俺の願いだ。拾ってもらったら、そのビーコンの中に仕込んだチップを渡せ。俺にできることはこれで全部だ」
「……」
男はリオの小さな頭をそっと撫でる。
「リオ。生きることを諦めないでくれ……」
リオは男に答えない。男の言っていること彼女の価値観では理解できなかった。だから、その真意を測ろうと彼女は男を覗き込む。
「教えて……私に命令を。私に命令を下して」
今度は男の方が答えなくなってしまった。リオが男を譲っても、答えない。男の身体から熱というものが失われてゆく。
男が死んだ。
リオは死というものを認識している。人を殺す為に調整されてきた彼女にとって死とは決して遠くないものだ。自身と同じ立場にある同期が手術に適合できないという理由で処分される様を間近でみたこともある。リオは人が死ぬという事象に対し、何かを思い抱くことがなかった。
なら今、瞳から溢れるものはなんだろうか。彼女から溢れるそれも、男の身体に残る熱も、全てこの吹雪が奪い去っていく。それなのに、リオの胸に急に湧いてきた、このジンとした熱だけは奪いさられず、彼女の中に残り続けた。
リオは自身の感情を処理できずにいた。それでも自分が何をすべきかは判る。男の命令を実行する。運送屋に拾って貰う。そのために彼女は託されたビーコン機を離さないよう強く握った。
「……」
天候がリオに味方したのか、男の想いが空に届いたのか、はたまたただの偶然か、吹雪が弱まり始めた。
リオは男を置いて歩き出す。途中、何度か男の方を振り返った。彼の姿はすぐに降り積もる雪に覆われ、見えなくなってしまう。
追っ手が迫っていることも分かっていた。リオは進むペースを早めようと、足に力を込めようとした。
だが、リオの想いに反するように足の力が抜けて行く。
それどころか、全身に力が入らない。
「えっ……なに……」
リオの胸を別な熱が貫いたのだ。内部ではなく外部から、そのまっすぐな熱が彼女を撃ち抜く。熱線のレーザー銃だ。リオの真っ白な足元をどくどくと溢れる自身の血が赤く染めていった。
ここまでの読了、そして本作を手に取ってくれた事に感謝を。ラビット運送、クルー一同、喜ばしい限りです。
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Thank you for you! Sea you again!
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