俺らってただの運び屋ですよね? なら、なんで毎度喧騒に巻き込まれるんですか!!

雪年しぐれ
雪年しぐれ

20 しがない運び屋

公開日時: 2021年10月4日(月) 20:00
文字数:3,307

「まずいですよ、セレ姐めっちゃキレてます」


「進むも地獄も戻るも地獄だな」


「まさしく前門の虎、後門の狼ってやつですね……」


 二人ともセレナのような笑えない冗談が口から漏れてしまう程度には焦っていた。


「待てェ!! 現行犯で処刑してやる!!!!」


 後ろから追ってくるアリーサの〈ハウンド〉の勢いは衰えない。機関銃の銃撃が、車体の後ろに着弾。ナンバープレートがもげた。


「チッ……」


 ヒノマルがアクセルをより一層強く踏み込んだ。だが、物はレンタル品のトラック。増して積荷もしっかりと積まれているという状態で出せるスピードにも限界がある。無理をさせすぎたせいで、ボンネットからは黒煙が上がっていた。


「野郎ッ……こっちが反撃出来ないと思いやがって。ヘイさん、ハンドル変わって!」


「ちょっ、何する気だ、ヒノマル!!」


 このままでは埒が開かない。現状を打開するためには、それ相応のリスクを背負う必要がある。ヒノマルはドアを蹴り上げて、トラックから飛び降りた。ゴロゴロと転がり全身を擦り剥くも、受け身をとって衝撃を殺す。


「がぁっ……」


 うめきを漏らすヒノマル。転がった先にあるのは、〈ハウンド〉の機関銃の先だ。コックピットで引き金に指をかけたアリーサの口角が歪に釣り上がる。


「バカなヤツ……このアリーサ様が直々に処刑執行してやるんだからァ!!」


「上等だ、You idiot」


 スラング混じりに身体を捻って銃口から身体を逸らすヒノマル。チェルシーカ育ちからすれば、この程度の危機はもう慣れてる。 


「ほら、こっちですよ! このデカブツ!!」


龍響では〈闘扇〉、アイスバックでは〈ガーゴイル〉とアークメイルに追いかけられることも、不本意ながら慣れてしまった。


「鋼鉄の魂を持て……恐怖を律して、戦況を読め」


「何、ブツブツほざいてんのよ!!」


ヒノマルはアクションスターではない。その腰の刀でビームを切ることはできても、雨のように降り注ぐ質量を持った弾丸を切ることはできない。それでも、この状況を覆す一手を探す。


「あれは……」


 ヒノマルは自らの悪運の良さに感謝した。スモーク弾を炸裂。ほんの一瞬の隙を作る。


 アリーサが自身を照準に入れるよりも早く、ヒノマルは走り出した。彼の目の前にあるのは工事中のフェンスだ。それを乗り越えれば、工業用のアークメイルが数台が鎮座している。コロニーの劣化した外壁は定期的に交換しなければならない。その為のアークメイル達だ。


 ヒノマルはそのうちの一台に飛び乗り、刀を天蓋の溝に滑り込ませ、簡易なロック機構を破壊。そのままヒノマルはコックピットへと身体を滑り込ませた。


「制御系の癖は普段使ってるクレーンアームと同じようなもんか……」


グローブを嵌めて作業レバーを握り、機械の身体と脳を繋げた。ディスプレイには〈タイラント〉とある。工業用の癖に大層な名前を与えられていたものだ。


「少し借りますよ」


「洒落臭ぇぇ!!」


 〈ハウンド〉がまっすぐ突っ込んでくる。ヒノマルも〈タイラント〉のエンジンを震わせ正面から応戦した。だが、〈タイラント〉のパワーは低い。使われているエンジンもエターナルリアクターではなく、時代遅れなガソリン式だ。半人型で足元はキャタピラ、飛び道具もない。そんな機体で、型落ちしているとはいえ戦闘用のアークメイルに応戦するのは無理がある。


「ふふ、なかなかしぶといのね。ちょっと楽しくなっちゃったかも」


 アリーサは圧倒的な性能差に勝ちを確信していた。ヒノマルは必死に〈ハウンド〉と組み合うような体勢に持っていくも、パワーで無理やり押し返される。


「きゃは! 出力が違ぇんだよ!!」


「ッッ……」


 両腕から軋むような音が聞こえてくる。コックピット内のアラート音が喧しい。機体全体が悲鳴を上げ、押し潰されそうな姿勢へともつれこんだ。


 激しい衝突音。


 ヒノマルはその音を〈タイラント〉の両腕が持っていかれた音かと思った。


 だが、違う。


 寧ろ、腕に掛かっていた負荷がなくなり、アラートも鳴り止んだ。


 見れば、〈ハウンド〉に向けて体当たりを仕掛けた工業用アークメイルがもう一台。


〈ハウンド〉は衝突に踏ん張り切れず派手に転倒する。型落ち品の〈ハウンド〉が積んでいるバランサー安定機は精度が悪くとても実戦で使えるような代物じゃないのだ。


「ヘイさん……?」


「違う。私」


 送った通信にヒノマルを助けたアークメイル乗りは短く返す。落ち着きこそあるが、それは幼い少女の声だ。


「助けに来た、ヒノマル」


「まさか……リオ!? リオなんですか!!」


 彼女の朱い双眸はモニター越しに、ヒノマルの駆る〈タイラント〉を静かに見据える。動揺するヒノマルに対し、彼女は聞きたかったことを単刀直入に問いかけた。


「ヒノマル……私は何? 私が少年兵じゃないのなら、私がなんなのか教えて」


彼女はその答えを求めて、ここに来た。顔を見合わせなくても、彼女の顔が真剣なのが分かる。


「どういう意味です……今はそれどころじゃ!」


後ろでは〈ハウンド〉が立ち上がろうとしていた。それでもリオは必死の剣幕でヒノマルに答えを求める。


「私は何! ヒノマルが答えて! 貴方は私と同じ目をしている似たもの同士。なら、私はヒノマルの答えが聞きたい!」


「……よく分からないですが、」


 ヒノマルにとって、それを今更言うのもどうかと思った。答えも何もヒノマルにとっては、それが普遍的な真実であり、わざわざ思考することでもない。単純明快な答えだ。


「リオ、貴女は人間以外の何者でもないでしょう。ただ少し怪我の治りが早くて、力が強くて、記憶力が良いだけの、可愛い女の子ですよ……えっと、これで答えになってますか?」


ヒノマルの言葉から慣れていない感がじわじわと滲み出ていた。だが、今のリオにはそれで十分だ。セレナとヒノマルのかけてくれた言葉に、喜んでいいのだと、甘えていいのだと、気付けば彼女は初めて笑っていた。こっそりと狭いコックピットの中、頬を仄かに高揚させて、はにかんだ笑みを浮かべている。


「ありがとう……ヒノマル。貴方達の贈り物、ちゃんと受け取ったから」


 ヒノマルも何か気の利いた言葉を掛けようとした。だが、背後に迫る〈ハウンド〉を見て、すぐに現状でを思い出す。リオの乗るアークメイルを庇うような形で〈タイラント〉を前方へと滑り込ませた。


「なーんか、良い雰囲気になってるけど、私を無視すんじゃねェェェ!!」


 ヒノマルはレバーを強く握って、なんとか〈ハウンド〉と拮抗するも、左腕には血が滲み始めていた。傷の完治にはもう少し時間が掛かるらしい。レバーを握れず〈タイラント〉の左半身が動かなくなる。


「ッッ……!」


「ヒノマル!」


 無線から聞こえるリオの声には焦りと心配が混ざっていた。


 リオは〈タイラント〉に代わって自身のアークメイルで〈ハウンド〉を押さえ込んでみせる。


「私に……私に命令じゃなくて、お願いを頂戴。ヒノマル達のお願いなら私、叶えてみせるから」


 ヒノマルはリオが明らかに代わっていることに気づく。今の彼女は少年兵ではない。ヒノマル達と同じ、人間としての尊厳を忘れていない真の人間だ。


「わかりました。なら、そのままソイツを抑えていて下さい」


「任せて」


 ヒノマルは頭の中で〈ハウンド〉の特徴を思い出し、反芻させた。


「確か……ハウンドの様な旧型は……」


 〈タイラント〉を背後に回り込ませ狙いを定める。


 アリーサはどうしようもなく嫌な予感を感じる。ラスト五分、主人公サイドに勝利BGMが掛かっている状況の悪役になった気分だ。


「えっ……ちょっ! なに!! 何する気よ、アンタら!! わ、私になんかしたら現行犯で処刑にするわよ!!」


「できるもんならやってみてくださいよ?」


 ヒノマルがレバーを押し込めば、〈タイラント〉の右腕が〈ハウンド〉の背面に深々と突き刺さる。ちょうど、エターナルリアクターのある位置だ。


「……出力が下がっていく……つーーーー!! なんなの!! なんなの、アンタら!!」


 動力を失い、動かなくなった機体の中からアリーサは悔しさ混じりに吠えている。


 コックピットから顔を出したヒノマルとリオは数秒、顔を見合わせ、くしゃっと笑う


「俺らはラビット運送、ただのしがない運送屋ですよ」

ここまでの読了、そして本作を手に取ってくれた事に感謝を。ラビット運送、クルー一同、喜ばしい限りです。


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Thank you for you! Sea you again!




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