「いつだったか? 死神は背後にいるって言ったな……あれ、嘘だったわ」
自分の思い描く状況を作れたスクリームは楽しげに、艦橋のモニターに表示された兎シルエットの白い船を眺めていた。その様子は愛玩動物を愛でているようにも、哀れな逃走兵の背中に照準を合わせているようにも見れた。
宇宙船は航路データを元に渡航する。〈スノーホワイト号〉の行き先さえ分かっていれば、追いかけることも、先回りすることも容易いことだ。
「なぁ、お前らは防御艦の潰し方って知ってるかよ?」
「シールド発生器のエネルギー切れになるまで、攻撃を続けるとかですかね?」
「バカ野郎。もっと簡単な方法があるだろうが」
スクリームは得意げに語り始める。
「いいか? 防御艦ってのはこの〈べべモス〉にしたって兎ちゃん達の船にしたって、前面に防御力が集中してる。だから後ろや側面からの攻撃に弱いんだ」
「なるほど……」
「ったく、感心してどうすんだよ? テメェらだって俺と同じ傭兵だろうが」
少し呆れながらも、スクリームは作戦を解説していく。防御艦の弱点は背面。そこを突くために〈トライデント〉で後ろを取った。さらに前面を〈べべモス〉で塞ぐ。防御艦の火力で同じ防御艦を沈めるのは不可能に近い。
後ろから火力艦で追い立て、防御艦で進路を断つ。典型的な戦略だが、もっとも確実に防御艦を仕留める戦略でもあった。
「へへ。俺はな、この戦略で堕とされる船を何隻も見てきたんだ。まるで追い詰められる小動物みてぇだろ? 俺は逃げ道を失った敵艦のクルー達の顔を見るのが大好きなんだ」
スクリームは〈トライデント〉に乗り込んだ部下達に一時、攻撃を止めるよう指示を出す。挟み撃ちにした状態で戦況を硬直させた。
「んじゃ、兎ちゃん達に通信を繋いでくれ。ちっとばかりお喋りしてぇんだ」
そう口にするスクリームの指先は、〈べべモス〉に搭載された火器の発射レバーへと掛けられていた。
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〈スノーホワイト号〉の艦橋には緊張が張り詰めていた。背後を取られ、前面を塞がれた状況。いつ撃ち落とされてもおかしくない場面へと誘い込まれたのだ。それなのに、
〈トライデント〉からの攻撃が止んだ。
『マイマスター、前方の敵艦から通信が……』
「なんのつもりか知らないけど……繋いで」
艦橋のモニターいっぱいに顔の半分にびっしりとタトゥーを彫った男が映し出される。画面の向こうで、スクリームはそのヤニに染まった歯を見せながら笑っていた。
『よぉ! アンタが兎ちゃんの艦長様か? 俺は死の舞踏隊隊長、スクリーム』
「貴方の名前なんてどうでもいいわ……それよりも、私たちになんのようかしら?」
セレナはスクリームを試すように問いかけた。スクリームも煙草を咥え、話を仕切り直す。
『テメェらが盗んだ商品を返せ。そうすれば、テメェらだけは見逃してやるよ』
「へぇ……」
キャップ帽を目深に被り、彼女は死神の声に耳を傾けた。
『お前らは自分たちが盗んだものを分かってんのか?』
「さぁ?」
『テメェらが盗んだうちの商品はチューニングが済んでねぇ。そのガキは命令を受ければ、それをなんでも実行してみせる少年兵だ。ただ、その命令器官の調整がまだ済んでねぇ、命令って、言われりゃ誰の言うことを聞いてしまう未完成品なんだよ』
「そうなの……ふわぁ。あら、失礼」
セレナは敢えて、挑発的な態度で受け答えをした。それは案の定、エクスキュージョナーの神経を逆撫でする。
『テメェら……状況を分かってねぇな。俺らは商品と横領された金を返してくれれば、テメェらを見逃してやるって言ってんだよ!!』
苛立ち混じりな声と共に、艦橋が揺れた。後ろの〈トライデント〉が撃ってきたのだろう。揺れのせいでセレナは眼前のコンソールに頭から突っ込んだ。じんと、鼻の奥が痛む。つー、と真っ赤な血が彼女の白い肌を伝う。
「セレ姐!」
「大丈夫よ、ヒノマルくん。こんな鼻血ごとき……」
セレナは顔を上げると、キャップ帽のツバの下でエクスキュージョナーを睨みつけた。
「ッチ……テメェと話してても、面白みがねぇ。おい、少年兵!! テメェもその船に乗ってんだろ!!」
その声にリオの小さな身体が震える。
「な……なに?」
『今の射撃が威嚇だってことはテメェにもわかるよな? けど次は本気で堕とすぞ』
「だ、だめ! そんなことしちゃ、ダメ!!」
スクリームにとって、画面の向こうから聞こえるリオの怯えた声は、やはり心地いいものだ。
『だいたい、なんで俺らがテメェらの動きを先読みしてきたかテメェには分かるか?』
「し、知らない……」
『へへ、まぁ、そうだろうな。なら答え合わせだ』
エクスキュージョナーはリオの首元を指差し、ゲラゲラと笑い始めた。
『なぁ、兎ちゃんのクルー達よ。テメェらは荷物をちゃんと点検した方がいいぜ!! そいつの首にはスパイチップが埋め込まれててな、それでテメェらの行動は筒抜けなんだよ!!』
ヒヤリとした。嫌な悪寒がリオの全身を駆け巡る。そっと首に手を当てれば、死神が笑うように、確かに何かが埋め込まれたような膨らみがある。
この現状を招いたのは、他の誰でもないリオ自身だった。
『はは、ひひ!! はっはは!! ホント、傑作だぜ!! なぁ、リオ分かったろ? 俺らの元に戻ってこい。どうせお前がそこにいても、優しいお兄さんとお姉さんに迷惑を掛けるだけなんだ』
「……私がいうことを聞けば……ヒノマル達は傷つかない?」
リオの声は震えていた。それでも、懸命に喉の奥から声を絞り出す。背後には主砲が迫り、進路は不動の〈べべモス〉が塞ぐ。確かな機器が自身の恩人達に迫っているのだ。
『あぁ。勿論だぜ』
リオは一度、死神に殺されかけている。だから、その恐怖だって知っていた。
自分の中から血が流れ、体温が失われていく。
自分という存在が薄らいで、やがて消えてしまうのだ。
「私が……私が、」
自分さえ犠牲になれば、ヒノマル達はこの危機を脱せられるとしたら? リオはその問いを自身に投げかける。その答えはわざわざ考えるまでもないものだった。
「私は……いっぱいヒノマルやセレナから優しさを貰った……私は皆を殺したくない。皆には生きて欲しい……」
セレナが語っていた地球のことを思い出す。リオもそこに居たかった。だが、そこに辿り着くには、この醜悪な死神を振り切らなければならない。
『ははっ、テメェら、ウチの商品に偉く気に入られたな! なァ、サムライ野郎もそこにいるんだろ? テメェが助けた、そのガキはまだ未練があるらしい。いっそ、命令して楽にしてやれよ。その商品に、ここで死ねって命令しちまいな!』
画面の向こうで死神は爆笑しながら、手まで叩いていた。もう頭の中にはリオの回収のことなんて二の次だ。どうでもいいとさえ思うほどに楽しんしんでいる。
苦悩するリオは彼にとって、コメディーショーと大差ないのだろう。
その態度はとうの前からヒノマルの逆鱗に触れていた。
「ヒノマル……私に命令を……」
「あぁ……」
ヒノマルは席を立つと、リオの前に立った。腰の刀に手を掛け、リオに命令を下す。
「リオ……これは俺からのたった一つの、最初で最後の命令です」
「うん」
セレナ達は二人を静かに見守る。スクリームは映像に録画まで始める始末だった。
『さぁ、命令しろ!! 死ねって!!』
「ヒノマル! 私に命令を!!」
二人の声がヒノマルを揺さぶる。それでもヒノマルが下そうとした命令は始めから決まっていた。抜いた刀が、艦内アラートの赤に乱反射し、妖しく輝く。
「死ぬまで生きてください。俺はリオが死ぬことを許しませんから」
唖然とするリオ。命令を下したヒノマルは迷わず、鋒をモニターの向こうのスクリームへと向けた。
「さっきからゴチャゴチャうるせぇぞ、小悪党。リオも俺らもお前のようなしょうもないヤツ、相手にしてる程暇じゃねぇんだ。分かったら、少し黙りやがれ」
ヒノマルの言葉がエクスキュージョナーを鋭く切りつけた。
「お前みたいなやつに苛立っちまうことが、一番苛立たしいんだよ、」
ヒノマルの向ける言葉の剣先にはありったけの嫌悪が籠っている。侮蔑し、憐みすら込められた言葉の刃だ。
『なっ……な、なんだと?』
「俺らが運んでるのはリオだ。少年兵でもなければ、テメェらの商品じゃねぇ。分かったらさっさと道を譲れ。こっちは配達で急いでんだからよ」
ヒノマルが死神を捲し立て、挑発する。その様子に思わずセレナとヘイは吹き出してしまった?
「ぶっ、あははは!! うん、そうだね。そうだよ、ヒノマルくん! よく言ってくれたわ!!」
「違いねぇ、ヒノマルのいう通りだな。わりぃけど、積んでもねぇ荷物は渡せねぇんだよ」
『テ……テメェら!! 状況を分かってねぇだろ!! 俺らは今すぐにでも、テメェらの船を沈められるんだ!!』
『状況を分かってないのは、其方の方では? 自身が誰に喧嘩を売ったか? 増して誰を怒らせたか分かってないご様子なのは救えませんね』
「あっははは!! バニーちゃん、流石にそれは言い過ぎ!! けど、死神さん。取引する気なんてサラサラないのさお互い様でしょ? どうせ、私たちがリオちゃんを渡そうが渡すまいが、貴方は私達を撃っていた。貴方はそういう趣味の下品で低俗な死神なんだもん」
セレナには透けて見えていた。エクスキュージョナーが〈べべモス〉の火器の引き金に今も指を掛けているが。
『ッ……舐めやがって!! テメェらァ、まとめて皆殺しにしてやる! 今すぐぶっ殺して、地獄の底に叩き込んでやる!!』
「上等ッッ! 弱い犬ほどよく吠えるってね。総員戦闘配備! 耳障りな死神ごっこに幕を引いてやりなさい!!」
ここまでの読了、そして本作を手に取ってくれた事に感謝を。ラビット運送、クルー一同、喜ばしい限りです。
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Thank you for you! Sea you again!
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