「そもそも、今じゃ皆が人ってものを忘れてるんだと私は思ってる」
人々が宇宙に出てから何年が経っただろうか?
それだけの月日が流れ、人々にとって殺し合いは当たり前のものになってしまった。
「宇宙は人が住むには広すぎると思うの。広すぎる宇宙で人々は増えすぎた。人が増えるのに伴って技術は大きく進歩したと思う。アークメイルや宇宙船にビーム兵器、そして、その根幹を成すエターナルリアクター。他にも高性能な人工知能や、少年兵だってそうね。けど、それらの技術はリオちゃんもご存知の通り、総じて人を殺す道具として使われてきた」
人々はどうやったって殺し合うことをやめられなかった。技術がいくら進歩しようと、人間自体が進歩しなければ意味がない。それなのに、人々は己が人であることを忘れてしまった。
少なくともセレナの目にはそう見える。
「人、広義的にはヒト亜族に属する動物の総称であり、ホモ・サピエンスを指す言葉よ。けど、そんな難しい話じゃない。私にとっての人は地球に暮らしていた過去の存在なの」
「ち……きゅう?」
リオは首を傾げる。もう今じゃ、地球なんて古臭い言葉を知っている人間もラビット運送の面々か高等な学者くらいのものだろう。
「青い星のこと。人はずっと昔、たった一つの星に住んでいたの。今じゃ信じられないかもだけどね。勿論、そこでも様々な問題はあったわ。けど、地球に住んでいた頃の人々は互いに手を取り合うことも、互いに思いやることや愛し合うことだってできた。そして、なにより人の死を悼むことができた。それが人なのよ」
それこそがセレナの持っている人間の定義だ。
今じゃ、人が死のうと誰も振り返りもしない。自分にとって邪魔な存在がいれば、容赦なく殺しの選択肢を選ぶ。それどころか、死神気取りで殺し合いを楽しむ輩すら現れる始末だ。
宇宙という広い環境と、そこに人が作り上げた社会は、過酷なものだった。簡単に人が死んでしまう。その度に誰かの死を悼んでいれば、心が耐えられない。だから、人々の中から自然と人の死を悼むという感情が薄れていった。それはある種の進化だと語る論者もいる。だが、セレナからすれば、それこそ笑えないジョークだった。
「人が忘れたのは地球のことや死を悼むこと、他にもいっぱいあると思う。そういうのを全部ひっくるめて、私は人が人であることを忘れてしまったの」
そう語るセレナ自身も、人であることを忘れていた。だが、そのことを思い出した彼女だからこそ、語る夢がある。
「リオちゃん、私は地球を作りたいんだ!」
「は……?」
ニカッと子供のような笑みをセレナは見せた。それはこれまで彼女が見せた微笑や影のある笑みじゃない。それでも彼女の言い分は荒唐無稽、それ以前に理解し難いものだった。
「ま、本当は地球とか月に行きたいってのが最終目標だけど、そんな航路データはとっくの昔に無くなってるだろうしね、だから私が第二の地球を作るの! というか、このウサギちゃん号こと〈スノーホワイト号〉を私たちにとっての地球にすればいいわけよ!」
ラビット運送はそんなセレナの夢から生まれた繋ぎの組織だ。運送業で必要な経費を貯めて、自分達に戦う理由がなくなった日が訪れた時、〈スノーホワイト号〉の全武装を撤去し、代わりに植物栽培用のプラントと巨大なプールを増設する。大地と海の代わりだ。そして、沢山の人を船に受け入れ、共に人として生きる。彼女はそんな地球を作りたかった。
彼女の夢を馬鹿げてると笑うのは簡単だ。現にセレナはこれまでも馬鹿げたことを本気で語って、その度にヒノマルとヘアを悩ませてきた。だが、今だけは違う。
「仮に……仮にこの船を地球にしても、それからどうするの?」
「うーん……そこまでは考えてなかったわね。まぁ、とりあえず人が人であるべき場所になるようにする。法や秩序を復活させて、皆が笑える星にする」
リオはなんとなくわかってしまった。ラビット運送のクルー達はどうしようもないお人好しなのだと。彼らは自分たちが見つけた不幸な人々全てに手を差し伸べてしまうレベルでどうしようもない。
「私たちは人を殺さないし、殺させもしない。だって、私たち地球に生きる人なんだから」
リオに被せたキャップ帽をセレナは取り返す。
「うん……いい目をしてる」
それを被り直すと、その手をまっすぐリオの元へ差し伸べた。
「もう少し大人になったら、リオちゃんも私たちと来る? 貴女が人でありたいと願うならね。古い言葉になっちゃうけど、袖振り合うも多少の縁ってね」
「私は……私は……」
リオは差し出されたセレナの手と、自分の手を交互に見合わせる。自分の手はヒノマルとセレナを傷付けた。二人はそれを微塵も気にしていなくとも、リオ自身が許せない。血に濡れた自分の赤い手と、セレナの真っ白な手。
「だめ……私の手は汚れてる。私が掴んだら、セレナを汚しちゃう」
「ううん。そんなことない。リオちゃんの手はとっても綺麗よ。それに……」
それに、血に汚れているのは自分たちの手の方だ。
そう言葉を紡ごうとしたセレナの声を、突如アラート音が遮った。
『緊急です、マイマスター!』
「えっ、ちょっ! なに! なに!!」
あまりに急なアラートにセレナが動転して転びかけてしまう。つい一瞬前まで格好をつけていた彼女はどこへやら?
『ヒノマル様から、SOS信号です』
「ヒノマルくんが……」
大抵のトラブルなら難なく解決するヒノマルからのSOSなんて初めてのことだった。増して、今回は一番のしっかりものであるヘイが一緒に着いている。そう滅多なことでトラブルを起こす筈がないのだ。
「バニーちゃん、コロニー内のシステムにハッキング。監視カメラの映像から二人を探して」
『そう仰れると思ったので、既に』
セレナの持つ端末にヒノマル達が映し出された。
そこに映っていたのはトラックに乗る二人、ハンドルを握るヒノマルと上半身半裸のヘイは今のところ無事なようだ。いや、上半身半裸の時点で色々なものが無事ではないが。それ以上に二人の後ろに映ってるものが問題である。白黒塗装に赤と青のパトランプを乗せた重装甲の警備用アークメイル。その肩にはご丁寧にpoliceと銘打たれていた。あの二人は必死な形相で大量に部品を積んだトラックを走らせながら、警察の駆るアークメイルに追い回されていたのだ。
「何やってんの、このバカ共!!」
普段は怒られる側のセレナも思わず怒鳴ってしまった。セレナが一番のトラブルメーカーという認識は改める必要がありそうだ。
〈はぁ、はぁ!! セレ姐、なんで俺らはいつも、こういう厄介ごとに巻き込まれるんでしょうか!!〉
「知らないわよ!!」
全くもってその通りである。セレナは怒りのあまり、ヒノマルからの通信をブチ切ってしまった。
「あー、もう、どうしよう!! どうしよう!!」
こんなことを聞いていない。セレナは蹲って頭を抱えてしまう。
「……セレナ、それ貸して」
「えっ」
リオがセレナの答えも待たずに、彼女の神経リンクシステムのグローブを引ったくった。
「ちょ……リオちゃん、何を」
「簡単なこと。私が人か、どうか確かめてくる」
リオの双眸には確かな覚悟が宿っていた。彼女はグローブをしっかりとはめて、部屋を後にする。
リオの頭の中はぐるぐると混乱していた。感情を処理しきれずに、思考が混乱してどんな顔をすればいいか、どんな言葉を紡げばいいか、知らないし、分からない。それでも、彼女は今、自身が人であることを証明しようとしている。
血に汚れたリオの手でも、何かを掴めるのなら、人であることを彼女は掴みたかった。
ここまでの読了、そして本作を手に取ってくれた事に感謝を。ラビット運送、クルー一同、喜ばしい限りです。
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Thank you for you! Sea you again!
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