セレナは〈スノーホワイト号〉の艦橋(ブリッジ)まで戻ってきた。ヒノマルも彼女の後に続く。
艦橋は船を制御するための区画だ。そこにある座席は七つ。本来はこの七つの座席をクルーが埋めることで、〈スノーホワイト号〉の火器や制御を行うのだが、今埋まっている座席は一つだけだった。
華系人の若い男が、船の照準レバーを握っている。彼のコードネームはヘイ。ラビット運送の三人目のメンバーだ。彼の本業はメカニックなのだが、射撃の腕も立つ。その腕前は既にさっきのビーム砲でお見せした通り。〈スノーホワイト号〉に備え付けられたビーム砲を駆使して、闘戦のエンジンだけを的確に撃ち抜いた。それには針の穴を通すような精密な狙撃の技術が求められる。
そうまでしてヘイがエンジンを狙ったのは、ヘイなりに「人を殺さない。代わりに人を殺させない」というラビット運送の理念を守った結果だろう。
「今度は何をやらかしたんだ?」
だが、事情を知らないヘイは少し苛立っていた。
普段の行いが悪い二人(特にセレナ)が何かをやらかして追われているのだろうと、ヘイは二人を睨みつけた。三人は仲間同士だが、信頼関係はイマイチらしい。というか、艦長がクルーに信用されていない。
「ベジタブル爆弾。マフィア激おこぷんぷん丸」
「運んだ荷物に爆弾が仕込まれてました。それで運んできた俺らに疑いが掛けられてこの始末です」
セレナの独特な言語をヒノマルが訳した。彼女なりに、事態をわかりやすく要約したつもりだったのだが、逆効果だ。
「はぁ……どうしてウチはただの運び屋なのに、こうして厄介ごとに巻き込まれるんだ。これで今月は三度目だぞ」
ヘイもヒノマル同様の悩みを抱えていた。
ヘイはこの船のメカニックでもある。だから、喧騒に巻き込まれる度に壊れたものを修理しなければならない。彼はこの船一番の苦労人でもあった。
「はは。俺もわかりませんよ。けどね、ヘイさん。学のない俺でも一つわかることがあります」
「なんだよ?」
「現状があまり良くないってことです。熱源多数、接近。エターナルリアクターの反応です」
ヒノマルは既に自身の座席に腰掛け索敵作業を務めていた。レーダーに映っているの〈闘扇〉信号は四つ。
「面倒だな……」
「アイツら、こっちを逃がさないつもりですよ」
それを聞いたセレナが頷く。
「なるほど……ヘイ! リアクター出力を最大! 砲門一番から五番解放、シールド発生機は出力二十で固定し維持! ヒノマルは格納庫のアークメイル内に待機! 総員、臨戦態勢に移るわよ!!」
彼女は艦長席に座ると、二人のクールに鋭い指示を飛ばした。これから反撃開始!
そう思ったセレナだが、二人の反応は思っていたものと違う。
「セレ姐、前から思ってましたけど、貴女はバカなんですか?」
「えっ……」
ぽかんとするセレナに、ヘイとヒノマルが捕捉を付け加える。
「ヤクザやマフィアって連中はテメェの顔に泥を塗られるのが一番嫌いだろ? ウチの船で下手に返り討ちにしたら、それこそ龍響を完全に敵に回しちまう」
「そうなったら困るのは俺たちです。龍響会だってバカじゃないんだから、本件を調べていくうちに俺たちが利用されたって事実には気付くでしょう。誤解が解けてくれれば、龍響会との関係の修復は可能なんですよ」
龍響会はラビット運送にとってお得意様でもある。今回は龍響会に荷物を届けることで罪を擦りつけられてしまったが、普段は龍響会に頼まれた荷物を特定の組織に届けることで高額な報酬を貰っている。
ラビット運送の悩みの一つは金銭問題だ。龍響会と下手に揉めれば、ラビット運送の財布はいよいよ極寒地獄へ堕ちてしまう。それを避けるためには、ヘイやヒノマルの言うように、ラビット運送は誤解が解けた後に龍響会と和解しなければならない。
だから、下手な反撃はこの場面における得策ではない。
「あれ……で、でも! ここはカッコよく、主砲よーい! 撃ェっーー! ってやるとこじゃ……」
「違いますね……。龍響会はウチを利用してくれる頻度も多いんですよ」
「あれ……そうだっけ?」
「アンタ、筋モン相手の運送屋を何年かやってるんだよ……」
ヒノマルとヘイの憐れむような視線が、セレナに降り注いだ。セレナは基本的にポンコツなのである。
ただ、ごく稀にセレナはその片鱗を覗かせる。
「ッッ……つまりはこういうことね。敵さんは傷付けず、私たちも無傷でこの惑星から脱出する」
「そういうことっすね」
「まぁ……殺気立った相手には無理ゲーだな」
「ふっ……なーに、いつもやってることじゃないの。私たちラビット運送を舐めるな!!」
セレナはキャップ帽を目深に被り、特殊なグローブを装着した。ヒノマルもヘイも同様のグローブを装着している。
宇宙船のほとんどはアークメイル同様に神経リンクシステムを介して、ある程度の制御を行うことができる。三人の装着したグローブには端子が埋め込まれていて、その端子を通して船を操るのだ。
だが、〈スノーホワイト号〉の艦橋にある座席は七つ。本来は七人の人間が神経リンクシステムを用いて制御する船である。それでも、たった三人でこの船を動かせるのは、ラビット運送四人目のメンバーの活躍が大きいだろう。
「艦制補助アシストAI、バニーちゃん、システムオンライン」
『お呼びでしょうか? マイマスター』
四人目のメンバーは画面の中で起動する。
フロントモニターにウサ耳を生やした少女の画像が表示された。彼女はこの船に搭載されたAIの擬人化アバターにして、ラビット運送のマスコット、バニーちゃんである。画面の中の彼女はあいも変わらず表情ひとつ動かさなかった。
「さぁ、三人とも気合を引き締めなさい」
スノーホワイト号の火器はヘイが担当する。ヒノマルは索敵、或いはアークメイルのパイロットを務め、バニーちゃんは操舵や回避、その他諸々の制御を請け負う。そして、その三人をまとめ上げ指示を出すことが、艦長であるセレナの勤めだった。
「警戒アラートを赤に固定。艦橋遮蔽。艦内重力制御をバニーちゃんに一任」
『了解しました。マイマスターの命令を実行します』
「リアクター出力は最大。シールド発生機もフルパワーよ」
「リアクター出力安定しています」
「シールドもオッケーだ。整備し直してた甲斐があったぜ」
「これより本艦はこれより宇宙に上がる……スノーホワイト号、発進!!」
セレナの指示にヒノマル達が応える。それぞれが手元の操縦桿を強く握りしめ、巨大なウサギシルエットの船を動かすのだ。
〈スノーホワイト号〉が発進する。エンジン区画のエターナルリアクターが唸りを上げ、船体の推進力を担ってくれる大型ブースターが青白い尾を引いた。
「敵、来ます」
「ふん。その程度の武装で私の可愛い兎ちゃん号に傷が付くわけないじゃない。総員、耐ショック!」
闘扇達がサブマシンガンでスノーホワイト号を止めようと攻撃を始める。だが、バリアシールドが展開された前面は容易く弾丸を弾いた。十メートル程度しかないアークメイルと、三百メートルを超えた〈スノーホワイト号〉ではスケールが違う。対艦用の装備なしで、アークメイルが宇宙船を止めるということ自体が無理だ。せいぜい、船内が少し揺れる程度。わざわざ耐ショック姿勢をとるまでもなかった。
オレンジ色に霞んだ雲の中を、スノーホワイト号は突き進む。大宇宙(そら)に向かって、その船体を傾けた。
「セレ姐! 背後に敵アークメイル、数は三! さすがに後ろからブースターを撃たれたら、宇宙船だろうと止まっちゃいます」
龍響会だってそう易々とラビット運送を逃す気はない。大型の加速ユニットを追加した〈闘扇〉の高機動カスタムを差し向けてきた。
「想定内よ、ヘイ! ミサイル用意。敵の加速ユニットだけを撃ち抜きなさい!」
「了解……狙いは外さねぇぞ!」
ヘイが手元の照準レバーで、加速ユニットだけをロックオンした。
〈スノーホワイト号〉の側面から、炸裂型ミサイルが三本発射される。ミサイルは〈闘扇〉の迎撃を潜り抜け、その加速ユニットだけを撃ち落とす。
「ミサイル着弾を確認した」
「ナイスよ! それじゃあ、バニーちゃん! あとは任せたわよ」
『了解しました。船体、前面にシールドを展開。ブースター制限解除』
丸投げの指示だろうと、バニーちゃんは応えてみせた。彼女の演算能力は、その可愛らしい萌えキャラ風のデザインからは想像も付かないほど高性能だ。
三人と一人のAIを乗せた船はオゾン層を突き抜けて、無事に宇宙へと打ち上がる。
⬜︎⬜︎⬜︎
「ふぅ……そういえば、皆はこんな話を知ってる?」
ふと、セレナが思い出しかのようにぼやいた。
「昔、昔、ずっと昔……人がまだ地球に住んでた頃、そこから見える月っていう小さな星には兎が住んでたって言い伝えがあるの」
「そう……なんですか?」
『私のデータ内に記録がありません。データの損傷、或いはデータが古すぎる可能性があります』
首を傾げるヒノマルとバニーちゃん。ヘイは一応、似たような話をかつての同僚から聞いたことがあった。
「それって確か、月って星の模様が偶然にも兎が餅をついてるように見えるとか、そんなんだったような……いや、蟹? それともワニだったか?」
「兎が餅つきって……蟹だったり、ワニだったり、分からないです。けど、セレ姐はなんでそんなことを?」
頭を悩ませるヒノマルにセレナは応える。
なんとなく思い出しただけで、深い訳のあることでもない。ただ、ふと思ったのだ。
「いつかさ。いつになるかは分からないけど、私たちも宇宙の白兎なんだし、月って所に行くのも悪くないんじゃないかってね!」
ここまでの読了、そして本作を手に取ってくれた事に感謝を。ラビット運送、クルー一同、喜ばしい限りです。
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Thank you for you! Sea you again!
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