「やだー!! やだーー!! やだーーー!!」
艦橋で駄々をこねる人物が一人。言わずもがな。こんな醜態を晒すのはセレナだった。
セレナ達に加えてリオという荷物を積み込んだ〈スノーホワイト号〉は順調に航宙を続けていた。
目指すのはリオを安全な場所に送り届けることだが、その前にラビット運送の面々にはすべきことがある。船の補給とアークメイルの修理だ。パンデモニカ社がいつリオを取り返す為に襲ってくるかもわからない。ステルス艦で後ろを取られでもしたら、反撃に転じる隙を与えてもらえないかもしれない。そんな事態を避ける為にも、中破した〈天兎〉を万全な状態に戻す必要がある。
その理屈を頭で理解していても、セレナは艦長席で駄々を捏ねている。
「いい加減にしろよ、セレナ!! 俺らの我慢にも限度ってもんがあるんだからな!!」
「セレ姐……リオを見習ってくださいよ。アイツ、基本は部屋で大人しくしてますからね」
キレたヘイには怒鳴られ、ヒノマルにはため息を吐かれてしまった。
「嫌なものは嫌!! あんなトラ女にものを頼むなんて絶対嫌!!」
セレナも今回は譲る気がないようだ。
ヘイは〈天兎〉を修理するだけの部品を揃える為にタイガージャンクを頼ろうと提案した。タイガージャンクの移動拠点にして、大量のジャンクを積んだ超大型貨物艦〈ジャックサーベル〉がこの辺りの宙域を通るらしいのだ。
そこで、セレナがタイガージャンクのオーナーに頭を下げれば、オーナーは見下すような態度でセレナのことを笑うだろうが、なんだかんだで部品を提供してくれる。セレナと仲が悪いだけで、オーナーはこのご時世では珍しいお人好しの善人なのだ。
部品代のツケも効く上に、エターナルリアクターの燃料も分けて貰える。ラビット運送と〈スノーホワイト号〉を代表してセレナが頭を下げるだけで事がスムーズに運ぶ。
「むぅー! 貴方達は知らないのよ! あのトラ女がどんなに意地汚い奴か!」
なんて言っているが、ヘイもヒノマルもオーナーのことをよく知っている。セレナとここまで不仲になった理由もだ。
数ヶ月前にセレナが部品の受け取りのサインをしに〈ジャックサーベル〉に訪れた時だ。オーナーには来客室で待つように言われた。だが、セレナを一人で行かせたのが間違いだったのだろう。〈スノーホワイト号〉の倍以上の広さをもつ〈ジャックタイガー〉で彼女は迷った挙句、執務室ではなくオーナーの自室に入ってしまったのだ。しかも、そこでオーナーが楽しみに取っておいた合成産ではなく天然産のフルーツケーキを食べてしまう始末。
この一件以降二人は喧嘩している。
「誰が聞いても、お前が悪いことしたんだから早く謝まってこい!」
ヘイの口調は段々と叱りつけるようなものになってきた。
「セレ姐……大人になりましょうよ」
ヒノマルもこれ以上、自分の尊敬する恩人の哀れな姿を見たくないのか、セレナから目を逸らし諭すように言う。
「タイガーは俺らの上客でもあります。部品配達で貰えるお金だって馬鹿にはできない額ですし、セレ姐自身も本当はオーナーさんと仲直りしたいんでしょ」
「そ、そんなわけないでしょ! それに上客ならアイツ意外にもいるんだから!」
今日のセレナはテコでも動きそうにない。いつもポンコツで面倒を引き起こす彼女だが、今回はいつも以上に酷かった。
「なぁ、ヒノマル……本当にコレが俺らの艦長なんだよな」
「えぇ、残念ですが」
「ちょっと、二人とも!? コレとか残念とか、少し言い過ぎでしょ!!」
言い過ぎじゃない。
頬を膨らまれたセレナはバニーちゃんを起動させた。
『お呼びでしょうか、マイマスター』
「ふんだ! 例え、ヘイとヒノマルくんが敵に回ろうが、私には可愛いバニーちゃんがいるんだもんねー!」
事の成り行きを知らないバニーちゃんは画面の中にクエスチョンマークを表示する。
「バニーちゃん、シルカー宙域の進路の途中で立ち寄れる惑星やコロニーを検索。検索条件は格安のジャンクマーケットが開かれてること」
『格安ですか……具体的な数字を掲示してください』
それについては、ヘイが横から具体的な額を口にした。銀行が爆破されて貯金がゼロになったラビット運送の使える額も、ほとんど残されていない。
『しばらくお待ち下さい、検索中です』
「無理無理、そう都合よく見つかるわけもねぇよ」
「それについては俺もヘイさんに同意ですかね……」
「言ってなさい、言ってなさい。バニーちゃんの情報索敵能力なら、簡単に見つけ出してくれるわよ!」
バニーちゃんがピンと指先を立てた。一件見つかった合図だ。驚く二人にセレナは勝ち誇るような笑みで返してきた。
『検索結果、この先に在留している中規模コロニー〈メルート〉にて大規模なブラックマーケットが開かれています。どうやら近くの宙域でマフィア同志の大規模な抗争があったようで、その宙域に残ったアークメイルや宇宙船の残骸を大量に仕入れることが出来たのだとか』
「ふふーん。やはり、私は運がいいわ。ほら、次のルートを〈メルート〉に変更。さっさと補給を済ませるわよ!」
ブラックマーケット。その言葉の時点ですでに嫌な予感しかしなかった。その嫌な予感を感じていないのはどうやら、セレナだけらしい。彼女のワガママの元、〈スノーホワイト号〉は大きく舵を切り替え、〈メルート〉のブラックマーケットにて寄り道する事が決定した。
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セレナは自室に戻り、端末に表示された観光ページを片手にバニーちゃんと〈メルート〉の名所について調べ出す始末だった。諦めたヘイも必要になりそうな部品のリストを作るために、整備ハンガーで〈天兎〉をバラしている。
結果として取り残されたヒノマルは自室で退屈していた。ヘイを手伝おうかとも思ったが怪我人に要はないと追い返されるのが、関の山だ。
「……セレ姐のとこで過ごそうかな」
ヒノマルは医療マシンから左腕を抜いて自室を出た。セレナの部屋は廊下をまっすぐ行った最奥。ウサギシルエットで言えば、耳の付け根のところにセレナの自室がある。
セレナの部屋を目指して歩き出そうとする。だが、ふと真横の部屋が気になった。
ヒノマルの真横はついこの間まで、空室だった。〈スノーホワイト号〉のクルーは四人だが、一人はAIなので部屋を使う実際の人数は三人だ。それに対し、偽装される前の〈スノーホワイト号〉はクルーに加えてアークメイル一個小隊分の居住スペースが用意されている。そうなれば自然と使わない部屋も増え、物置スペースと化している。
だが、それも先日までの話。詰められていた荷物は別の部屋に移され、今はリオの個室になっている。
ヒノマルが丁寧に扉をノックすれば、短い返事が返ってきた。
「入って」
「失礼します」
ドアを開ければ、部屋の真ん中のリオと朱い双眸と目があった。無表情で此方を見つめている。
「どうですか、俺らの〈スノーホワイト号〉の住み心地は?」
「……」
リオは答えなかった。
この一室はリオのために片付けられ、彼女が退屈しないようセレナの私物である漫画やゲーム機が運び込まれている。だが、それらに手をつけられた様子はない。
「隣いいですか?」
「……座れば」
リオの横にヒノマルも腰を下ろした。
「ごめんなさい……」
リオがそう溢す。彼女の目の先にはヒノマルの包帯に巻かれた手があった。
「貴方は私を助けてくれた。それなのに、私は貴方を傷つけた」
「ん? あー、コレですか」
ヒノマルはリオの前で軽く手を振って、どうってことないことをアピールする。
まだ、痛みはあるが、本人は故郷にいた方がもっと酷い怪我をしたことがあると笑ってみせた。
「このくらいの怪我、故郷ではいつもしてました……シェルチーカって酷い星でしてね。特に冬。アイスバックよりはマシでしたけど、代わりに地面から致死性のガスが漏れてくるような星でして。皆、少しでも地面から離れようと高い建物を巡って殺し合いですよ。我ながら、よく死ななかったなと思います」
「……そう」
身の上話で打ち解けようと、少し自分の過去を明かしてみたが、彼女の心は開けない。
リオからは、まだ警戒心のようなものを強く感じる。その荒みきった朱い目には、目を逸らしたくなるような光景が無数に刻まれているのだろう。売られて、頭や体を弄り回され、戦いの道具として扱われる。そんな彼女が味わった苦しみや恐怖をヒノマルが完全に理解することはできなかった。
「……少し失礼しますね」
それでも、寄り添うことくらいはできる。
ヒノマルはリオの頭を優しく撫でた。
「……なに?」
「俺もあんまり、わかってません。けど、ここに来たばかりの頃、セレ姐がよくこうやって頭を撫でてくれたんですよ。その時はガキじゃねぇ! ってキレたけど、あの人の手は暖かったんです」
「よくわからない」
ヒノマルはセレナにやって貰ったようにリオの頭を優しく撫でた。その手は少しぎこちないが、暖かい。リオはそっと目を閉じた。
「ヒノマルだっけ……?」
「名前ですか? 俺がヒノマルで、あの綺麗な人がセレ姐ことセレナさん。あの怖そうな人がメカニックのヘイさんで、画面の中のうさ耳を付けた人がバニーちゃんです」
「そう」
リオの脳は確認せずとも一度聞いただけで、クルー全員の名前を覚えていた。パスコードだって簡単に暗記できるのだから、このくらいは造作もない。それでも覚えてないフリをしたのは、単純に会話が続かないからだ。
気まずさの立ち込める空気にリオは気まずさを覚えた。
やはり自分には人間の真似事は似合わない。
「私は少年兵……戦うための道具に過ぎないの」
リオは頭に乗せられた手を振り払い、ヒノマルに詰め寄った。その朱い目が怪しく輝きを増す。いま、この手を伸ばせばヒノマルの首なんて簡単にへし折れる。刀で反撃されようと、死ぬこともない自分はそういう存在だ。
「私に命令を。そうすれば実効してみせる。ヒノマル達の利益にだってなれる」
リオは自身の存在に定められた役割を、実声しようとする。感情をリセットし、自分を殺すのだ。
「リオ……それは違います」
綺麗事を。
これは違わないことだ。だから、ヒノマルにはその口をつぐんで欲しかった。
優しくなんてして欲しくない。自分が道具だと言うことを理解しているからこそ、余計な優しさは必要ないのだ。
「違わない……違わない!! 違うわけが!!」
「違います!!」
ヒノマルが声を張った。鋭い声にリオは切りつけられたような錯覚を覚える。
目の前の少女は、昔の自分によく似ている。
人じゃなかった自分に、よく似ている。
「俺だってそう思ってましたよ。生きるためなら何でもやってきました。スラムに生まれの自分は、自分は人じゃなくて、他者の死体を漁るハイエナかネズミか、そういう類の生き物なんだって。けど、俺は今、たしかに人として生きています」
「それは……ヒノマルが」
「リオは少年兵である前に人間なんです。だから、命令なんて欲しがらないでください。どうせ欲しがるくらいなら、もっと別のそれらしいものを」
ヒノマルはもう一度、そのぎこちない手つきでリオの頭をそっと撫でた。今の自分にできるだけの優しさを彼女に与えたかった。セレナのように彼女を救いたいのだろう。
「俺らは運送屋です。欲しいものがあれば届けますから」
そう諭して、ヒノマルはリオの部屋を後にした。リオはヒノマルを呼び止めようとする。
待って!!
ただ、そう言うだけで、ヒノマルは自分に寄り添ってくれただろう。人として泣くことも、人として生きることも彼ならば許してくれただろう。
それなのに、また声が出なかった。たった一言を吐き出せない。その一言を彼女は口に出せず、その内に想いを詰まらせた。
⬜︎⬜︎⬜︎
リオの部屋を後にしたヒノマルは腹の底から溜息を吐き出す。
「……やっぱガラじゃねぇな」
リオに甘い言葉をかけるのも、自分らしくない。結局はセレナの真似事をして自分が人間だと自覚したいだけなのだ。いくら敬語を使って自分を正しく見せようとしても、その本質はシェルチーカのスラムにいた頃から変わっていない。
こうして刀を肌身離さず持っているのも、アークメイルの操縦グリップを握ったとき、本当の自分が現れるのも、自分の本質が人ではないからだ。
リオの双眸、あれを見ていると鏡で自分の目を見ているような気分に陥る。丸っこい彼女の瞳と、自分のお世辞にも良いとは言えない目付きはまるで違う筈なのに、おかしな感覚だ。
「人じゃないのは俺の方だ……けどな」
ヒノマルは自室に戻ると、自分の物置をひっくり返した。ガラクタや部品の中から、奥の方に仕舞い込まれていたミュージックプレーヤーを引っ張り出す。細かな傷が隠しきれていないミュージックプレーヤーだ。中にセットされていたのは、ありきたりなフレーズの愛を謳ったフレーズ。
ヒノマルはそのミュージックプレーヤーを小さな紙袋に軽く包んで、またドアの前へと立つ。ドアにはノブがないので、ワイヤーと止血テープで固定した。
「リオ。今の俺に届けられるものはこの程度のものです」
ドアの向こうから返事はない。どうせダメ元なのは分かっている。それでもヒノマルはリオを人だと証明したかった。
そうすれば、自分も少しはマシになれると信じたかったのだ。
ここまでの読了、そして本作を手に取ってくれた事に感謝を。ラビット運送、クルー一同、喜ばしい限りです。
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