俺らってただの運び屋ですよね? なら、なんで毎度喧騒に巻き込まれるんですか!!

雪年しぐれ
雪年しぐれ

07 狙撃銃vs日本刀

公開日時: 2021年9月23日(木) 20:00
更新日時: 2021年9月26日(日) 00:06
文字数:3,414

 ヒノマルはビーコンの反応の元まで辿り着いた。だが、反応があったそこに人影らしきものは無い。


「…….」


 ヒノマルの警戒心が増した。罠、あるいは騙されているのかとも思った。だが、バニーちャんの一言でこの現状に気付かされる。


「その雪の下からビーコンの反応が探知できます。そして、微弱な生体反応もキャッチしました」


「なっ……!?」


 ヒノマルはすぐに跪いて、足元の雪を除けた。雪には微かに血が滲んでいる。さっきのレーザー銃の光。あれで撃たれた依頼人のものだろうか。ヒノマルは刀の鞘で一気に、邪魔な雪をどかした。そこにあったのは一人の少女の死体だ。胸にはまだ開けられたばかりの大穴がある。


「なんだ……この子は」


ヒノマルは少女の異様さに驚きを隠せなかった。患者着に身を包み、雪のように白い髪をしている。少女は何かを強く握りしめていた。この辺りの運送屋に信号を送ったと思われるビーコン機だ。


 ヒノマルは少女の指を丁寧に一本ずつ、解いていく。


「この子が依頼人なんでしょうかね……バニーちゃんはどう思いますか?」


『状況から推察するに、そのようですね。ただ、その子からは微弱ながら生命反応があります』


「は?」


 信じられなかった。ヒノマルは少女の胸に空いた痛々しい傷を見て、彼女が死んでいると確信した。傷の断面はレーザー銃の熱に焼き焦がされ、向こう側だって覗くことができる。万が一に生きていていたとしても、この傷なら助からない。


 少女は目を見開いて死んでいた。朱い眼球が濁っている。ヒノマルは彼女の瞼にそっと手を当てて、その目を閉じさせる。


「……して……返して」


 それは消えそうな声だった。


 死んでいたはずの少女がヒノマルに爪を立てる。少女とは思えない力だ。彼女の爪がヒノマルの掌に食い込み、グローブ越しだと言うのに血が滲む。


「がぁっ……!」


ヒノマルは思わず、ビーコンを手放した。彼女はそれを拾い上げると、胸元で強く握りしめる。濁っていた朱い目を見開き、ヒノマルを睨んでいた。


「これは私が……私が命令を果たすために……」


 少女は絞り出すように言葉を血と共に吐き出した。だが、そこで限界がきてしまう。彼女はまた死んだように、その場に倒れ込んでしまった。


「な、なんだコイツ……」


 死体だと思っていた少女は息を吹き返し、ヒノマルからビーコンを取り返した。彼女もどうやら、ただの少女という訳ではないらしい。


 彼女に爪を立てられたヒノマルの手は肉が抉れ、骨も覗いていた。


『早急な処置を推奨します』


「言われなくても、そうしますよ……あークソ、野犬に食い殺されかけたことを思い出しちまった」


ヒノマルは生まれ故郷のスラングでぶつぶつと文句をつけ始めた。スラングの中にはかなり汚い言葉も混じっている。


 一度グローブを外して、掌の簡易的な医療措置を済ませようとした。その時だ。バニーちゃんがヒノマルを貫こうとすると熱の一線を感知する。


『伏せてください、ヒノマル様。ロックオンされています』


 そこで、ヒノマルも思い出した。ここに来る前に一本のレーザー銃の光を見たことを。この少女に風穴を開けたのだって、レーザー銃の狙撃だ。


「不味い!」


『早く伏せることを、推奨します』


 ヒノマルはバニーちゃんの指示通り、咄嗟にその身を屈め、少女を庇うように覆い被さった。レーザーがヒノマルを掠める。防寒着の肩が焼き切られてしまった。


「このッ!」


『次射きます。再充填までの時間が短い点から、敵の武装を推測するに、パンデモニカ社のエクスキュージョナー44である可能性が、』


「Shitッッ……いまはそれどこじゃ、ないですよ!!」


 ヒノマルはすぐにスモーク弾を懐から引っ張り出して、作動させた。だが、こんなものはその場凌ぎにしかならない。煙で姿を隠すことは出来ても、レーザ銃全般に標準装備されている高性能センサーを用いれば、姿の見えないヒノマルをロックオンするのも容易なことだろう。


 そのことを分かっているヒノマルは、すぐにこの場からはなれようとする。少女の小さな身体を脇に抱えて、走り出した。


『ヒノマル様、少女を捨てることを推奨します。それを持っていては、逃げ切れる確率が大幅に低下して、』


「馬鹿言わないでください! 俺らはラビット運送ですよッ!」


 ラビット運送の理念は「人を殺さない、代わりに人を殺させない」だ。少女に息がある以上、その信念を信じるヒノマルには彼女を見捨てるという選択肢が存在しなかった。


『失礼しました。先程の射撃より、敵の方角を計算。十三時の方向です』


 バニーちゃんが瞬時に計算し、弾き出した方角には大きく盛り上がった氷塊があった。ヒノマルがその方向に視線を逸らせば、また光が見えた。レーザ銃の引き金がまた引かれたのだ。


「ッッ……馬鹿野郎がァ!」


 ヒノマルは咄嗟に足でブレーキをかけ、刀に手を掛ける。


「俺を舐めるな……ッ!!」


 抜刀。鋭い刀身が走り抜ける。


 ヒノマルの眉間を貫く筈だったビームが刀身で、乱反射し歪曲した。


 ヒノマルはその刀でビームを削ぎ払ったのだ。


 ビーム兵器のほとんどは、小型エターナルリアクターで生成されるエネルギーを収束させることで、運用される熱兵器に分類される。ビーム兵器を防ぐには、耐ビーム用の加工が施された素材で受け流すか、同出力のビームやビームシールドを用いて相殺するしかない。間違っても、刀で切れるようなものじゃないのだ。


⬜︎⬜︎⬜︎


 ビーム銃でヒノマルを狙撃しようとした氷塊の上に忍んでいたスナイパーも、自身のビームが刀で弾かれたことを驚いた。だが、スナイパーの驚きはすぐに感心へと変わる。


「ヒュー。こりゃ、また珍しい技だな。なんだ、あのガキは?」


 スナイパーはすぐにビーム銃のセンサーを倍率スコープに付け替え、ヒノマルのことを観察した。


「あの刀身、特に耐ビーム加工があるわけでもなさそうだな……なら、素材に永久鉱が混ざってるのか。へへ、こりゃ面白くなってきたじゃねぇか」


 スナイパーは悪趣味な笑みを浮かべる。タバコのヤニで黄ばんだ歯を覗かせた。顔の右半分に骸骨のタトゥーを彫った死神気取りの熟練兵、といった風貌の男だ。


 死神男は正直、自分の与えられた任務に退屈していた。逃げた研究員の殺処分とパスコード流出の阻止、それに加えて開発中だった商品の回収。それが彼の上司から任された仕事だった。


 だが、いかんせん張り合いがない。


「モヤシ研究員とメスガキ一人を撃つ仕事なんざ、ロマンがたりねぇ……けどな」


 ビームを切るような少年となれば話は別だ。これまで幾つも戦地を渡り歩いてきた死神男だが、自分の狙撃、特に二発目から逃れる獲物は珍しい。それらがラッキーであれ、実力であれ、死神男にとってはどちらでも良いことだ。


 彼はただ、命のやり取りを楽しみたいだけなのだから。


「刀を持った日系人のガキ。リアルサムライってヤツじゃねぇか!! はは! こりゃ傑作だ!! ひひ、はは!! ゾクゾクするねぇ!」


 ひとしきり、笑い終えた死神男は通信機を取り出し、自らの部下達へと指示を出した。


「死の舞踊(サンサーンス)小隊、総員に連絡。アークメイルを使え。面白いものが見れそうだ」


〈えっ……〉


 なんの前置きもなしに、出された指示に彼の部下たちは戸惑いを隠せなかった。


「商品を回収する前に、妙な日系人のガキが現れやがった。ビーコンの信号を拾ってきた運送屋の末端だろ」


〈それなら、隊長が撃ち殺せば〉


「だっー! わかってねぇな。俺はあのサムライに期待してるんだよ。面白い奴なんだ。きっとテメェらも気にいるぜ」


 無線機の向こうの部下たちは死神男に呆れてしまう。死神男が気まぐれな性格をしているのは、彼の部下たちも重々承知しているが限度というものがある。


 だが、誰も死神男を咎めようとしなかった。


 死神男のコードネームはスクリーム。生存率が二十を下回るような過酷な戦線をいくつも乗り越え、武器を扱う技能と卓越したアークメイルの操縦技術を誇る歴戦の傭兵だ。


 スクリームの偉業と恐ろしさを知る部下たちは、彼に逆らっても無駄なことを理解している。それに、彼は実力こそ申し分ないが、性格に問題のある人物だ。下手に機嫌を損ねるより、大人しく従っていく方が得策である。


 スクリームはレーザー銃からスコープを取り外し、それを覗き込んだ。


 誰が生き残ろうと、面白ければ構わない。これから自身の部下たちによって始まる、ヒノマルの解体ショーをスクリームはゆっくりと楽しむつもりなのだろう。

ここまでの読了、そして本作を手に取ってくれた事に感謝を。ラビット運送、クルー一同、喜ばしい限りです。


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Thank you for you! Sea you again!

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