「ほーら、二人とも、そろそろ出るわよ」
セレナは整備ハンガーで、ヒノマル達が〈天兎〉を修理する様子を見守っていた。ヒノマルは首から「反省中」と書かれたプラカードをぶら下げ、ヘイに至ってはか半裸のまま「猛省中」と身体に直接書かれていた。二人とも完全に自業自得なので、同情の余地はない。
「ちょっと待ってくださーい、もう少しで終わるので」
クレーンアームの操縦席からヒノマルの声が帰ってきた。胸周りの改修が、あと少しでひと段落するようだ。〈メルート〉に着く前に、ある程度は解体し、作業がスムーズに進むよう仕込んでいたのだ。なので整備作業は短時間で片付いた。
〈天兎〉の頭部にはヘイが掴まり、細かな設定をバニーちゃんと共に確認している。格好のせいでふざけてるようにしか見えないが、本人は真剣だった。
「まったく……二人とも優秀なんだけど、ヒノマルくんは推しに弱いところがあるし、ヘイに至っては導火線が短すぎるのが玉に瑕ね」
数日もすれば自分の顔に泥を塗られた警察組織は、ラビット運送が指名手配するだろう。それなりの懸賞金も掛けられるのも確実だ。これから、しばらくは警察や賞金稼ぎ達に追われると思うとセレナは胃の奥がぎゅっと締められるような痛みを感じた。
「セレナ……そろそろ二人を許しても」
セレナの脇にはリオもいた。彼女のジャケットの裾をぎゅっと掴んでいる。どうやら、懐かれてしまったらしい。
「そうね、そろそろ許してもいいかも。リオちゃんはヘイに上着を渡して挙げて」
リオと同じ目線まで身体を屈めて、彼女にヘイ分のジャケットを手渡した。
〈天兎〉の修理を終えた一同は艦橋に戻り、それぞれの座席へと腰掛ける。普段は与えられた部屋で過ごしているリオも、今度はヒノマルの隣の座席に腰掛けていた。宇宙船の座席には幼い彼女には少し大きすぎるようで、シートベルトをキツめに締めることになった。ちょこんと腰掛けるリオにはバニーちゃんと違うマスコット感がある。
「それじゃあ、ボチボチ発艦しましょうかね。バニーちゃん、エターナルリアクターを起動させて」
『了解しました、マイマスター』
補給を済ませたエターナルリアクターは指示を出すセレナ同様にゆったりと起動を始めた。
ヒノマル達もグローブを嵌めて、コントローラーを握る。〈メルート〉のゲートが開き、宇宙の闇が一同の前に広がった。誘導灯の光に従って、〈スノーラビット号〉は〈メルート〉を後にしていく。
「ヒノマルくん、周囲に異常は?」
「特にありませんね。一応、ステルス機能を積んだ艦も警戒しますが」
「うん、索敵を怠らないでね」
シルカー宙域で待つ、リオの身元受け取り人とも連絡も付いた。セレナが直接話してみたが、人の良さそうな若い夫婦で、リオを助けた男とも親しい関係らしい。安心してリオを任せられそうな二人だった。このまま問題なく船が進めば、リオを運ぶ旅もあと少しだ。そう思うと、少し寂しさが込み上げてきた。
「リオちゃん、ヒノマルくんから貰ったミュージックプレーヤー、今持ってる?」
「うん」
リオはヒノマルからのプレゼントを肌身離さず持っていた。セレナはそれを掛けるようにリクエストしてみる。
リオがプラグを接続すれば、スピーカーから音楽が流れてきた。
「それ、使ってくれたんですね……セレ姐、せっかくセレ姐に貰ったのに、ごめんなさい」
ヒノマルが申し訳なさそうに頭を下げたが、セレナは満足そうにしていた。
「いいのよ。リオちゃんが気に入ってるみたいだからね」
そこまで高価でもなければ、音質が良いわけでもない、ありきたりなミュージックプレーヤーの最初の持ち主は、セレナだ。
ミュージックプレーヤーは何気ない、それでも人らしい想いと共に過去のヒノマルへと贈られた。それはヒノマルの荒んでいた心を癒し、今のように笑えることができた。なら、それが次に贈られるべきはリオであったように思える。
「リオちゃんも、いつかそれを大事な人にプレゼントするといいわよ。それには私たちの繋いできた想いや願いが籠ってるんだから」
「わかった」
「リオもいっぱい願いを籠めるといいですよ。セレ姐の優しさが俺に伝わるみたいに、リオの込めた想いもきっと伝わる筈ですから」
ヒノマルの言葉を貰って、リオは手元のミュージックプレーヤーを眺めてみた。本当になんの変哲もないミュージックプレーヤーだ。だが、そこから聞こえてくる音色は暖かい。二人の言うように想いが込められているのだろう。その音色はセレナの優しさだけでなく、ヒノマルの思いやりもしっかりと溶けていた。
リオは静かに願う。この音色に自身の想いも溶かせたらと。気付けば、彼女は本当に人間らしい表情を見せるようになった。まだ、ぎこちなさもあるが、それも微笑ましいものだ。
「ったく、外野の俺らはどうリアクションすればいいんだか」
『おや、ヘイ様も笑っているように見えますが』
退屈そうに三人の会話を聞いていたヘイが悪態をつくも、その実、口元が緩んでくることをバニーちゃんに指摘されてしまった。
「う、うるせぇな!!」
『ふふ、マイマスター。ヘイ様や私も話に混ぜてください。私達もリオ様とお話してみたいです』
視線を逸らすヘイと、画面の中でうさ耳をぴょこんと揺らすバニーちゃん。二人も会話に混じり、色々な他愛もない話をした。
和やかな雰囲気が艦橋を包み込む。
これが、あの男の言っていた幸せというものだろうか。そうだとしたら、リオは嬉しかった。
いつまでも、この人達と一緒にいたいと思えるほどだ。ここにいれば、満たされる。自然に笑うことだってできる。ちょっと騒がしいが、それすらも心地良い。
自身の心は今、あの氷の星のように冷たい外気ではなく、暖かな人の温もりに包まれているのだ。
「みんな……ありがとう。私はみんなのことが好き」
リオはめいいっぱいの笑顔を作ってみせる。
それでも彼女は振り切れていなかった。
彼女の心は今、ラビット運送の中にある。
だが、彼女の首には未だに死神の鎌の先が引っかかったままなのだ。
ヒノマルの手元のレーダーに敵艦の反応が三隻、映り込む。
「チッ……セレ姐、この反応は」
ヒノマルの舌打ちと共に、環境の空気がガラリと変わった。セレナとクルー達の表情が強張った。その変化にリオは戸惑う。
「ヒノマルくん、レーダから目を離さないで。ヘイは万が一の為に対艦用意。バニーちゃんは敵艦の特定、出せるならスクリーンに映像を」
「「『了解』」」
バニーちゃんがモニターに敵艦の情報を表示した。背後に迫っているのは三又の槍のようなシルエットをした細長い宇宙船だった。
あの悪趣味な死神が鎌の先を頼りに、リオを引き戻そうと動き始めたのだ。
『敵艦はパンデモニカ社の火力艦〈トライデント〉です』
「パンデモニカ社……私たちのリオちゃんを取り返そうって魂胆ね。上等じゃないの!! 警戒アラートをイエローに固定、艦橋遮蔽。エターナルリアクター、完全開放(フルブースト)。加速して一気に振り切るわよ!」
〈スノーラビット号〉が加速を始める。だが、迫り来る〈トライデント〉は火力艦。火力艦は防御艦と異なり、装甲が薄く防御力が乏しい代わりに、大量の火器と加速性能を誇る。分厚い防御艦の背面を取って、一斉照射で船を沈める攻撃特化の宇宙船だ。
「ダメだ、振り切れねぇ!!」
「敵艦、かなり足が速いですよ!!」
「チッ……ヘイは迎撃用意、ヒノマルくんは敵の発射タイミングを随時報告書」
〈トライデント〉の三又にはそれぞれ高出力のレーザー砲が搭載されていた。〈スノーホワイト号〉が加速しようとレーザー砲は兎の耳の付け根辺りをロックオンし、攻撃を開始する。
「ヘイさん、来ます!」
「砲門、六番から八番オープン、迎撃する!!」
〈トライデント〉の三本の赤い光線が放たれた。光線はミサイルを簡単に焼き切り、〈スノーホワイト号〉に着弾。狙いからは少々ずれたものの、確かな損傷を与えた。
『ブースター損傷、本艦のスピード、さらに低下しています』
「……やってくれるじゃないの! ヒノマルくん〈天兎〉を出すわよ! このままじゃ追いつかれちゃう!」
「りょ、了解!」
二人の顔には嫌な冷や汗が流れていた。三隻の〈トライデント〉は交代しながら、絶え間なくレーザー攻撃を続ける。レーザー砲の弱点である、砲門の冷却時間を数で上手く誤魔化しているのだ。
「敵さんの指揮官、やるじゃないの……けど」
セレナは妙な違和感を覚えた。〈トライデント〉の火力とスピードが有れば、充分に〈スノーホワイト号〉を落とすことができる。それなのに、敵は致命傷を狙ってこない。ワザと出力を落として、狩りを楽しんでいるようだった。
「ハンティングゲーム気取りって、とこかしら?」
「セレ姐、前方にも敵艦一隻!」
席を立とうとするヒノマルのコンソールにもう一隻、敵艦の反応が映り込んできた。いや、映り込んできたというより、最初からそこで〈スノーホワイト号〉を待ち伏せていたのだろう。
前面に巨大なビームシールドを発生させた、防御艦〈べべモス〉がスノーホワイト号の進路を塞いでいる。
「……やってくれるわね」
ここまでの読了、そして本作を手に取ってくれた事に感謝を。ラビット運送、クルー一同、喜ばしい限りです。
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Thank you for you! Sea you again!
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