人々がその広い宇宙に船を出すようになってから、どれだけの年月が過ぎただろうか?
もう誰も地球が青かったなんてことを覚えてはいない。その記録は歴史館に寄贈されたようなデータファイルにも残っているかは疑わしい。
人々は今、宇宙に数多のコロニーを建造、或いは星々を開拓し、その間を宇宙船が行き交きしているのだ。
宇宙船乗りに海の色を聞けば、皆が青ではなく黒と答えるだろう。船が水の上を走っていたなんて言ったら、笑われるような時代だ。
海に砂をばら撒けば収集が付かなくように、宇宙に人が散っいった人々はバラバラな方向を向いていた。広がり、大きくなり過ぎた力は歯止めが効かなくなっている。秩序なんて当の昔に、風化してしまった。名ばかりの警察機関こそ存在はしているが、マフィアや宇宙海賊と密約を交わし、私腹を肥している始末。
コロニー内での独立活動。未開拓の惑星の権利を奪い合い。小規模な抗争も絶えることない。
火器や人型巨大兵器は飛ぶように売れる。
殺し合いとなれば、脳を弄られ、戦闘用に改造された少年兵が戦果を挙げる
そんな時代の宇宙で彼女はこう語る。
「人は人であることを忘れてしまった」
だからこそ、彼女は望んだ。血と薬莢だけが彩る乾いた大地に立たされようと、自分達だけは人であることに強く誇りを持とうと。堅牢な魂を持ち、砲火の中を最後の一瞬まで輝かしく笑って生きていこうと。
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開拓惑星、龍響。
比較的に古い年代に開拓された惑星の一つで、今は中華風の装飾が成された赤い都市が築かれている。空はこの星特有のオレンジ雲で霞んでいるが、惑星内の気候は維持装置によって良好に保たれている。
住民の過半数がチャイニーズマフィア龍響会に属しており、ここが実質的に龍響会の本拠地となっていることにさえ目を瞑れるのなら、遠方遥々北京ダッグや酸辣湯を食べにくるのも悪くない観光地だろう。
龍響の都市の真ん中には、超高層ビルが打ち立てられていた。四百メートルを超えるビルの側面には黄金の龍のオブジェが巻き付き、龍響会の力を鼓舞しているようにも見える。
そんなビルの中。金と赤で装飾された所有者の握手を体現する廊下にて。
そこで一人の少年が懸命に走っていた。珍しい日系人の少年だ。少年の頬には五センチほどの切り傷があり、腰のホルスターには日本刀が固定されている。髪をバンダナでまとめ、キッとした目つきを悪い少年だった。
「あー、クソッ! なんで俺らはいつもこうなるんすかね!」
「ハァ……ハァ……!! し、知らない!!」
苛立ちが混じった少年の声に応えたのは、碧眼と栗毛色の髪をした露系人の女性だ。彼女も少年に置いて行かれまいと、必死に後追いかける。普段は雪のように白い肌をした彼女だが、今は息が上がって赤く熱っていた。黙っていれば美人なその顔も、今は崩れて台無しだ。
二人とも紺色のジャケットを羽織り、彼女の方はキャップ帽も被っている。二人の背中にはウサギの横顔が描かれたロゴがプリントされていた。その下には「ラビット運送」と記されている。この時代、宇宙船を足掛かりに運び屋業を生業とする人間は珍しくない。この二人もその口だろう。
「ま、待って……ヒノマルゥ! もう無理ぃ!!」
「ちょっ、セレ姐、勘弁してくださいよ」
セレ姐と呼ばれる彼女が、その場にへたり込んだ。彼女のコードネームはセレナ。ヒノマルのコードネームを持つ彼からは、セレ姐と慕われているのだが、コヒュー、コヒューと情けなく呼吸を繰り返す姿には呆れられていた。
「ヘェ……へェ……ま、まさか……私だって夢にも思わなかったわよ……積荷が大量の爆弾だったなんて!!」
もはや呼吸かも分からない声を漏らしながら、セレナは不満を爆発させた。
ラビット運送は先日、とある企業から龍響会へ物資の配達を依頼された。ラビット運送は仕事の相手を選ばない。というか、相手を選んでいる余裕がない。だから、運送業という物騒なことに巻き込まれることも常なのだ。
当然、セレナ達は積み荷のコンテナの中をチェックした。送り届けた先で、荷物の中身に不手際があれば被害を被るのは運送業者だ。
だが、コンテナの中身が中華料理店で提供するであろう野菜類だったせいで油断してしまった。まさか、野菜の中に小型爆弾を埋め込んでいたなんて夢にも思わなかったのだ。
野菜の中にはご丁寧にも破壊力の高いプラズマ磁力爆弾と、爆発物センサーの目を誤魔化すためのジャミング装置が一緒に詰められていた。爆弾のチョイスも、それの隠し方もプロの仕業だろう。
「どうやら私たちの依頼人は、食べ物で遊ぶなって親に習ってないバカタレみたいよ」
「同感ですよ、畜生。あの会社を信用した俺らがバカだったんです。アレは絶対に龍響会と対立してるどっかのフロント企業ですよ」
ヒノマルの見解は恐らく当たっているだろう。近頃、龍響会は中規模なマフィアとの抗争に勝利している。そのことを面白く思わない組織が多かった。抗争によって龍響会もそれなりに消耗はしている。そんなタイミングで龍響会に喧嘩を売ろうという輩がいても何もおかしくないのだ。
「私決めたわ。生きて帰れたら、ウチの船に今使ってる奴よりも高性能な爆発物センサーを積むわ」
「はは……俺もその案には賛成です。ただ、この状況で生きて帰れ言わない方が良いっすよ。下手なフラグよりタチが悪りぃや」
しかも小型爆弾のタイマーは、ご丁寧なことにラビット運送が荷物を龍響会に受け渡す予定時刻にセットされていた。タイマーは寸分の狂いもなく作動する。
爆弾は受け取りを担当した龍響会の構成員と建物一つを吹き飛ばしてしまった。その時上がった黒煙は、ちょうど荷物の受け取りのサインを貰うために、ビルへと訪れていたヒノマル達にもよく見えた。
すぐに事態は知れ渡り、龍響会はこの爆破事件の主犯を荷物を届けたラビット運送の中にいると判断したのだろう。結果として二人は、不運にも爆破事件の罪をなすりつけられ、龍響会のビル内を逃げ回ることになっている。
「見つけたぞ! こっちだ!!」
龍響会の構成員達の足音が幾つも近づいてくる。
「このッ……ほら、セレ姐! 逃げますよ!」
「えぇっ!?」
ヒノマルはセレナの手を引いた。だが、二人の前方にも龍響会の構成員達が現れる。回り込まれたのだろう。ここは彼らの施設なのだから、設備や通路にだって彼らの方が精通しているに決まっていた。
「チッ。俺らは袋のネズミってことかよ」
「ううん。私たちはラビット運送。つまり袋の兎よ!」
「つまらないこと言わないでください。今、それどころじゃないんで!」
問答を繰り広げる二人に対し、構成員達が銃口を向けた。
ここで大人しく降伏すれば、袋叩きにされた挙句、ドラム缶に詰められ宇宙デブリの仲間入りだ。かといって降伏しなくても、結果は変わらない。二人の面持ちにも緊張が走る。
「仕方ない」
ヒノマルが刀の柄に手を掛けた。
「やるっきゃなさそうですね……」
「そうみたいね……少し切り替える」
セレナも隠し持っていた電撃バトンを構える。どちらも近接で威力を発揮する武器だ。正直、拳銃相手ではやりづらい。近づく前に撃たれて、お陀仏だろう。
だが、二人だってプロの運送業者だ。多少のアクシデントは想定内といった所だろうか。
「私たちの信念は分かってる?」
「えぇ。……俺たちは人を殺さない。代わりに俺たちは誰も殺させない。俺たちが人としての崇高な魂を持つ限り」
「それを忘れないことよ」
セレナがキャップ帽を目深に被り、ヒノマルは懐へと手を忍ばせた。
乾いた、銃声が響き渡る。
それが二人にとっての合図だ。
「「let's role!」」
二人は大きく身を屈めて初弾を避けた。
そのまま、正面を塞いでる構成員達をタックルで押し除け、走り出す。後ろからは幾つもの銃声が聞こえた。
「逃げるわよ、ヒノマル! モタモタしてたら追いついてきちゃうんだから!」
「なっ……さっきまでへばってたのはセレ姐ですよね!?」
「細かいことは気にしない!」
ヒノマルは懐からスモーク弾を取り出し、それを腰の刀で叩き切った。切断されたスモーク弾から真っ白な煙が吹き出す。
「クソッ……小賢しい真似を!」
追手の通路を遮る用に広がった煙が、視界を一面の白に塗りつぶす。これでは銃の狙いを二人へと定めるこもができない。下手な鉄砲は数撃てど、そう都合よく当たらない。目隠しをされていれば尚のことだ。
「これで撒けるといいんですが」
「さぁね? ヘイに船を回すよう連絡したわ。それまで殺されないよう逃げ回るのよ」
すでに二人の前方には、他の構成員達が道を塞いでいた。さっき撒いた構成員が煙の中を突きってくるのも時間の問題だろう。絶体絶命に変わりはない。
ヒノマルは今、自分の置かれている状況にどうしたって不満を漏らさずにはいられなかった。
「セレ姐……俺ってただの運び屋ですよね?」
「そうね……ラビット運送はなんの変哲もないような、しがない貧乏で善良な運び屋よ」
「そうですよね……なら! どうして毎度喧騒に巻き込まれなきゃいけないんですか!!」
その答えはセレナも知らなかった。ヒノマルから目を逸らして、口笛を吹き始める始末である。
どうやら、ヒノマルは諦めるしかないようだ。
思い描いた日々とは違うが、セレナに着いて行こうと決めたその日から、覚悟は出来ていた。他の誰でもない。自分が、このどうしようもない艦長様を守るんだと、背中のウサギロゴに誓ったのだから。
ここまでの読了、そして本作を手に取ってくれた事に感謝を。ラビット運送、クルー一同、喜ばしい限りです。
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Thank you for you! Sea you again!
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