ヒノマルとセレナは命辛々、龍響会の追跡から逃れていた。
いや、逃れたというよりは追い詰められたと言った方がいいだろう。二人が逃走の果てに辿り着いたのは、ビルの屋上だった。
「ハァ……ハァ! バカと煙は何ちゃらが好きってね!」
「言ってる場合じゃないです!!」
龍響特有のオレンジ色の空の下、洒落にもなってない冗談を言うセレナにヒノマルはツッコミを入れずにはいられなかった。
不幸中の幸いは、屋上へと通じるドアが一つしかなく、そのドアも電子制御の自動ドアだということだった。ヒノマルはそこに刀を突き立て、コントロールパネルを破壊する。これでドアは打ち破りでもしない限り開かない。
「時間稼ぎ程度だけど、これで少しは安心です」
「ふぅ……そうみたいね。少し休憩できるかしら?」
「休憩してるより、このビルからどう降りるかを考える方が先ですよ」
四百メートルはある超高層ビルだ。周囲には飛び移れそうな足場もない。
「これから私、パラシュートを常備することにしたわ」
じゃあ、今はどうするのだ? と言いたいヒノマルであったが、その言葉は飲み込むことにした。今はセレナと楽しくお喋りをするよりも先に、脱出プランを練らなければならない。
「ねぇ、ヒノマル? もし、もーし! ヒノマル聞こえる?」
「……セレ姐。今、真面目なことを考えてるから、少し黙ってください」
「むっー! 聞いてよ、ヒノマル!」
拗ねてしまうセレナを他所に、ヒノマルはビルの下を覗き込んだ。ビルの側面には竜のオブジェが巻き付いている。自分一人なら、これを伝って下に降りるくらいの無茶をやっただろう。ただ、彼女が一緒だと余計なアクシデントが起こってしまう可能性が拭えない。更に言えば、絶対に足を滑らせそうだ。
セレナがヒノマルを肘で小突いた。
「ちょっと……聞いて、ヒノマル」
「何度も言わせないでください。いま真面目な考え事を!」
「そうじゃない。しっー! よく聞いて」
さっきまでのセレナとは様子が違った。セレナはヒノマルを黙らせると、聞き耳を立てるように促した。
二人は注意深く、周囲の音に耳を澄ます。
吹き抜ける風の音に紛れて聞こえる駆動音。低く唸りを上げる獣の声のようにも聞こえるそれは、エターナルリアクターのアイドリング音だ。
音は確実に二人へと近づいている。
「これって……」
「そうよ。間違えない。アークメイルのエンジン音ね」
二人がその音に気付いた時には、もう遅かった。人の形をした十メートル級の兵器、アークメイルが二人にその影を落とす。
最近の兵器のほとんどは神経リンクシステムを介することで、練度の低い人間でも直感的な制御を行うそのシステムの恩恵を最大限に活かすために開発されたのが、四肢を持ち、人間と同等の可動域を持った人型巨大兵器アークメイルだ。
望まずとも荒事に巻き込まれる二人だったが、流石に生身の時にアークメイルが襲ってくるのは初めてだった。
「Damn it! あー、クソッ!! んなのアリかよ!!」
刀や電撃バトンで相手になるものじゃない。毒付きながら、ヒノマルがダメ元でスモーク弾を放り投げた。炸裂したスモーク弾は、アークメイルの上半身を煙で覆ったが、パイロットはそれを歯牙にも掛けない。アークメイルのセンサーは煙程度で誤魔化せるほど安くないからだ。
二人を襲撃するのは、龍を模した頭部と臀部から伸びた尻尾のようなスタビライザーが特徴的なアークメイルだ。
RK086〈闘扇〉(トウセン)。龍響会が独自開発しているアークメイルで、オプション装備を換装すれば、様々な任務をこなすことが出来る。局地仕様を想定した万能機だ。
二人の前の〈闘扇〉には頭部のセンサーに追加ゴーグルが装備され、カラーリングには龍響の空に合わせた霞んだオレンジの塗装が採用されていた。さらに装備しているアークメイル規格のサブマシンガンにはレーザーサイトが取り付けられている。龍響会の要人暗殺仕様といったところだろう。
「チッ……セレ姐、こっちへ!!」
「え、えぇ!」
ヒノマルはセレナを庇いながら、物陰へと身を隠そうとした。だが、ここはビルの屋上。ロクに身を隠せるような遮蔽物もない。二人に対し、闘扇は容赦なく銃口を向けて引き金を引く。
耳をつんざくよくな銃声と辺り一体に硝煙の匂い。それを五感で察知すると同時に弾丸の質量が二人の足元を簡単に抉り取ってゆく。
「はは、〈闘扇〉の特殊仕様ね……たかが二人を殺すためにアークメイルを出すなんて、龍響会は相当ご立腹よ」
「マフィアはそのツラに泥を塗られるの一番嫌うんですよ……。セレ姐、一か八かです、飛ぶしかありません!」
「えっ……今、なんて」
「だから、飛ぶんです」
ここに居ては格好の的だ。
ヒノマルはセレナの手をしっかり握ると、もう片方の手で刀を構えた。その視線の先は、ビルに設置された落下防止のフェンスを睨んでいる。
「ま……まさか!!」
「死ぬよりはマシですよね?」
「そ、そりゃそうですけど!!」
絶え間なく響き渡る銃声の中、ヒノマルは目の前のフェンスを切り捨てると、セレナを掴んで迷わず飛び降りた。さっきまで、二人が立っていた足元が銃弾によって吹き飛ばされる。
間一髪だ。
「いいですか、セレ姐! あの金色の龍のオブジェに降りますよ!!」
「無理!! 無理!! 無理!! 無理ィィィィ!!」
「無理じゃないです!!」
風に煽られながらも二メートル弱を落下しながら、ヒノマルの足がオブジェに付いた。同時に着地の衝撃がヒノマルの全身を駆け抜ける。足が痺れそうになったが、それでも歯を食いしばって衝撃を耐えた。
「ツッ……」
だが、セレナは案の定、無理だった。着地にこそ成功したが、ズルりとオブジェの表面に足を滑らせてしまう。
「きゃっ!?」
「この!!」
ヒノマルは落下するセレナを離さない。オブジェに刀を深く突き立て、二人分の体重をなんとか支える。刀身からは軋むような音がしたが、ヒノマルは聞こえないフリをした。
「ハァ……! ハァ! ほら、セレ姐。無理じゃないですよね?」
「……そうみたいね。けど、のんびりも出来ないわ」
セレナの言う通りだった。どうやら追跡者は二人に休む間も与えないらしい。オブジェに這い上がった直後。〈闘扇〉がすぐに回り込んで、二人へと銃口を向けてくる。
「えっと……ヒノマル。次の策は?」
「ある訳ないでしょ……さっきので一か八かだったんですよ」
今度こそ二人に逃げ場はなかった。
今のご時世じゃ、人が二人死ぬくらい何も珍しいことではない。昨日まで元気にヘラヘラと笑っていた奴が、次の日には宇宙の塵として漂うなんてよくあることだろう。その運命が偶然にも、ヒノマルとセレナを選んだだけのことだ。
「セレ姐! 俺の後ろへ!!」
「必要ないわ」
ヒノマルはまたセレナを庇おうとした。だが、セレナはそれを拒否し、自身がヒノマルを守るように銃口と対峙した。
「クルーを守るのが、艦長の役目なんだから」
キャップ帽を目深に被り、自身の悪運が尽きたことを悟る。それと同時に自分を慕ってくれた少年と心中するのも悪くないと思う。
「ふっ……ようやく私の番ね」
セレナは不敵に笑ってみせた。
だが、運命は二人が死ぬことをそう簡単に殺してはくれないようだ。
一本の赤い閃光が、闘戦の背部を貫いた。エンジンであるエターナルリアクターだけを的確に貫く、精密な射撃だ。
動力を失った闘戦は黒煙を上げながら、落下してゆく。アークメイルの装甲を容易く貫いたのだ。さっきの閃光の正体はレーザー砲の類だろう。
二人のジャケットの内側に仕込んでいた通信機に連絡が入ってきた。
〈お前ら、まだ死ぬには早いだろ〉
それは二人がよく知っている声だ。間も無くして、アークメイルよりも大きなエンジン音が聞こえてくる。
その正体は三百メートル近くはある真っ白な宇宙船だった。前方が分厚い装甲で覆われ、後方には二本の突き出た機尾を持つ宇宙船が、巨大なウサギ型の影を落とす。
「ふふ……あははは!! ヒノマル。どうやら本当に貴方に守って貰う必要がなくなちゃったみたいね。ほら、行きましょう!」
可笑しくなったセレナは笑いを我慢しきれなかった。船体には、二人の背中と同じウサギのロゴマークが描かれている。
この船こそがラビット運送の要、輸送用偽装艦〈スノーホワイト号〉である。
ここまでの読了、そして本作を手に取ってくれた事に感謝を。ラビット運送、クルー一同、喜ばしい限りです。
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Thank you for you! Sea you again!
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