パンデモニカ社製多積載防御艦〈べヘモス〉。総勢四十人を乗せた宇宙船で、全長は四百メートル近くもある。前方には装甲板がぎっしりと敷き詰められ、搭載されたシールド発生機は最新型のものが六つも搭載されている。
そして正面に堂々と描かれた嗤う骸骨のエンブレム。〈べべモス〉はスクリーム率いる死の舞踊隊の母艦だった。
〈べべモス〉は、アイスバックを出向。
〈スノーラビット号〉の航路を辿り、一定の間隔を空けながら追跡してきた。そして、ラビット運送の面々は〈メルート〉コロニーで補給中。スクリーム達が策を講じるのも、このタイミングしかなかった。
〈べべモス〉は宇宙デブリの中に艦を紛れ込ませ、パンデモニカ社に依頼したリストのものが届くのを静かに待つ。
「来ねぇな……」
艦長席に深々と腰を下ろしたスクリームは不満混じりに咥えていた煙草から紫煙を吐きます。艦橋内には煙草独特の、あの脳にくる臭いで立ち込める。彼の部下達は顔を顰めたが、彼が禁煙しないのも今更のことだった。
「予定では、あと十三時間後には姿が見えるかと」
「ふぅん……〈トライデント〉三隻に〈ベリアル〉一機、確かに無茶な注文はしたつもりだが、不可能ってわけじゃねぇだろ? モタモタしてたら、可愛いうさぎちゃんが逃げちまうぞ」
「奴らに仕込んだスパイ端子からの情報によれば、警察に絡まれているようで、しばらくは大丈夫かと」
「警察だぁ? ぶっ……ぶっははは!! あのサムライ、どこにいっても不幸に巻き込まれるんだなぁ」
スクリームが手を叩いて笑う。悪かった機嫌もあっさり治ってしまった。
「まぁ……あの老ぼれどもの事だ。やけにあっさり俺の注文に応えるにも理由があんだろ」
「理由というと? 隊長の実力を評価しての結果じゃ」
「無理無理、俺嫌われてるだろ。〈トライデント〉からエターナルリアクターを抜かれてたり、〈ベリアル〉のコックピットに爆弾がついていて、乗り込んだ瞬間にドカン! とか。はは、想像しただけで笑えねぇや」
雇い主の腹の中が黒ければ、雇われる私兵の腹の中もまた黒かった。
スクリームは部下たちに細かく指示を飛ばしていく。
「とにかく、物資を受け取ったら何か細工がないかチェックだ。それから〈ベリアル〉の腕はすぐに換装できるように外しとけ」
スクリームは直接的な命のやり取りを好む男だ。射撃兵器より、悲鳴をより近くで感じることのできる近距離兵器や直に恐怖を与えられる兵装を好き好んで使っていた。
「可愛い白兎ちゃん。追い詰めて、腹ん中から商品とサムライ野郎を引き摺り出して、殺してやんよ……へへ、へへへへ!!」
押し殺すような笑いをスクリームは我慢できなかった。強敵との対峙は彼の戦闘中毒者という本能をより刺激する。自分とヒノマルの奏でる殺し合いの音を想像するだけでも、胸の高鳴りが止められなかった。
「なんつーんだろう、この胸の高鳴り、初恋を思い出すぜ」
「初恋? 死神を名乗る隊長がですか」
「へへ、俺くらい人を好きになるさ。あれは正規軍にいた頃の話で、俺は好きになった娘は敵軍のエースパイロット。強かったなぁ、この俺を殺す寸前に追い詰めるくらいには、ま……殺したんだけどな。こう、コックピットをプチって」
「うっわぁ……隊長らしいや」
部下達は苦笑いを隠せなかった。この人物は本当に頭のてっぺんから爪先まで戦うことしか考えていないのだろう。敵ではなく、自分たちの上司なのは不幸中の幸いと言うべきか。
「おい、おい。俺だって恋くらいはするんだよ」
「他にはあるんですか?」
「んー、そうだな……例えば、まだ俺が傭兵をやってた頃さ。確か、天門戦線の後期だ。お前らは〈ヘブンズフォールシップ〉って宇宙船って知ってるか? まんま降りた天獄って意味の船なんだけどよ?」
「んー……それって確か、戦後行方不明になった黒い宇宙船。試作品のビーム兵器を複数搭載し、コロニーや星すら単機で落とすことの出来る次世代の火力艦」
「そう、それだ!」
部下は半信半疑の様子だった。
現に〈ヘブンズフォールシップ〉なる黒船が存在したという記録はどのデータベースにも存在しない。そもそも、戦艦の火力でコロニーを落とすせるというのが馬鹿げてる。それだけの船が実在するのなら、もっと人は死ぬはずだ。
だが、スクリームだけはその話を信じていた。いや、信じていたのではない。実際に〈ヘブンズフォールシップ〉に殺されかけたのだ。
「へへ、あの時はマジで天獄が降りてきたのかと思ったぜ……雨のように降り注ぐ一斉照射は数多の防御艦を焼き尽くし、辺り火の海にした。俺は運良く生き延びたが、他は全滅だったよ」
スクリームはその凄惨な光景を語る。話す内容とは裏腹に彼は楽しげだった。
「船もすごいが何より艦長のセンスがいいんだ。アイツは俺なんかより、よほど人を殺してる。蹂躙したとも言えるな。ありゃ、もう死体で出来た血と肉の海を征く船さ。そんな船の艦長を勤めたアイツは、イカれてる。どんな卑怯な作戦や大量虐殺だろうと躊躇わず行ってきた。俺の知る中じゃ最も死神に近い奴だったよ」
「珍しいですね、隊長がそこまで絶賛するのも」
「それだけの奴ってことさ……まぁ、その艦長様も戦後に船と共に行方不明。今じゃ〈ヘブンズフォールシップ〉も戦火を生き残った人間の世迷いごと扱いさ」
思い出話に浸っていると、幾つもの古傷が呻き出す。再生医療でとうの昔に消えた傷の数々が焼けるような痛みをもって、死神を奮い立たせるのだ。傷達の呻きを黙らせるには、血を注ぎ、生命をもって彼らの欲求を潤すしかない。
「さーて、思い出話もそろそろお開きだ。総員、早めに準備しろよ」
〈べべモス〉のエターナルリアクターが稼働を始める。スクリーム自身も骸骨とボロボロのローブを思わせるようなパイロットスーツに身を包み、パンデモニカ社から届く船とアークメイルを待った。
「いいか、テメェら! 荷物を受け取り次第〈べべモス〉は発進、兎ちゃんの航路を塞ぐぞ。あと、サムライ野郎共を殺すのは俺だ、テメェらは商品の回収でも処分でも勝手にするんだな」
死神はその口の端を釣り上げ不気味に嗤う。
その鎌の先に獲物を見据え、悦に浸るのだ。
ここまでの読了、そして本作を手に取ってくれた事に感謝を。ラビット運送、クルー一同、喜ばしい限りです。
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Thank you for you! Sea you again!
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