俺らってただの運び屋ですよね? なら、なんで毎度喧騒に巻き込まれるんですか!!

雪年しぐれ
雪年しぐれ

12 パンデモニカの少年兵

公開日時: 2021年9月27日(月) 20:00
更新日時: 2021年9月27日(月) 23:54
文字数:4,237

 セレナはリオが目覚めるまで、彼女の入った医療マシンの横で一つの音声データを聞いていたリオの持っていたビーコンを船の解析システムに掛けて、バニーちゃんに分析してもらった結果、内側からデータチップらしき物が見つかった。聞いていた音声は、そのチップの中身を抽出したものだ。


「貴女のビーコンに入っていたのは、男の声のログだったわ」


「男……」


「優しそうだけど、どこか疲れた声」


 リオは自分のことを庇って銃弾を受けた男のことを思い出す。幾ら傷付こうと治る自分なんて放っておけばいいのに、わざわざ庇ってきた馬鹿な男だと記憶している。なのに、何だろうか。前にも感じた胸の不快感だ。


「……そう」


「ログには、私たちへの仕事内容が入ってたわ。依頼人は声の主。内容はある荷物を治安の良いシルカー宙域のコロニー辺りまで送り届けること。それで肝心な荷物なんだけど」


 セレナの指先がリオの方に向いた。そう。依頼主が運ぶように旨を残したのはリオのことである。


「その依頼人なら死んだ。私の前で撃ち殺された」


「……まぁ、ヒノマルくんの報告を聞く限りなんとなく予想はついたわ。けど、貴女は私の船の中にいる。これは私にとって荷物を預かったってことになるの。つまり言いたいことがわかるかな?」


「……私を運ぶってこと」


「そゆこと。私たちはしがない運送屋だもの」


 リオの認識では、運送屋という職業は荷物を運ぶ代わりに報酬を貰うものだ。だが、リオには自分が払えそうなものを持っていないことに気づく。


「私、何も持ってない。お金は払えない」


「確かに私たちは依頼人からお金を貰って働いているわ。けど、貴女は荷物。お金は依頼人から貰うわよ」


「けど、あの、人は……」


 死んでしまった。そんなことはセレナも承知の上だ。


 セレナは今回の依頼人のことを実に賢い人間だと評した。ログには、これからリオに何十桁もあるパスコードを暗記させるとあった。そのパスコードを使えば、とある口座を開くことができるという。その真偽こそ定かではないが、リオは自身の記憶をもとに運送屋と駆け引きができるようにしたのだ。


 リオから報酬を得る為にはパスコードを聞き出さなければならない。ならば、運送屋は彼女を依頼通りに安全な場所まで送り届ける必要がある。それまで彼女は口をつぐんでいればいい。


 セレナは男の用意したログで、リオの背景を知った。大して珍しい話でもない。しかし、男は己の命すら捨ててリオに幸せを届けようとしたことを察せられた。


「ふぅっ……とにかく、子供は難しい事を考えなくていいの。傷は治っても、疲れてるでしょ。着替えは外に置いておくから」


「……」


「んじゃ、ごゆっくりー」


「ま、」


 帽子のツバを上げてしまったセレナは、いつもの調子に戻ってしまった。軽く手を振って、医療室を後にする。


 リオは自分が「待って」と言い切れなかったことを後悔した。まだ聞きたいことが沢山ある。それなのに、自分はそれを聞くのが怖かったのだ。


⬜︎⬜︎⬜︎


「さて……」


 センサー式の自動ドアを潜り、医療室を後にしたセレナは通路の壁に持たれ掛かり、改めて別なデータに目を通した。


 資料には今回の荷物、リオについての情報がまとめられていた。


 パンデモニカ社製改造少年兵、被験体三十六型・リオ。それがリオに割り振られた正式な商品名だ。


 改造少年兵。遺伝子操作によって、戦うことやアークメイルの操縦に特化させられた子供たちを指す言葉だ。少女の彼女が少年兵の括りに纏まっているのは、誰も消耗品である少年兵たちの性別になんて興味がないからだ。今のご時世、そもそも少年兵を人間扱いする人間の方が少ない。


 リオは胸を撃ち抜かれようと生存していた。爪を立てただけで人の手や船の床にめり込ませるだけのパワーもある。脳だって、バニーちゃんには劣るにしろ、戦況の複雑な状況を把握し一人で処理できるよう記憶力や処理能力が強化されている。


 白すぎる肌と髪に朱い目という容姿は、それらの改造を受けた際のストレスからだ。事実、少年兵の外見に異様な特徴が出ることも珍しくない。


「にしても……パンデモニカの少年兵か」


 セレナはぼやく。その言葉には、懐かしさと怨嗟の念が込められていた。


 パンデモニカ社は〈ガーゴイル〉シリーズや〈ベリアル〉シリーズといった高性能なアークメイルを製造している大手メーカーだ。アークメイルの製造以外にも、宇宙船や要塞の建造、手持ち武器と手広く事業を広げている。実際〈スノーホワイト号〉に積まれているミサイルも安心と信頼のパンデモニカ社製だ。


 パンデモニカ社は、死の商人と称されることがある。それだけ、彼らは武器をあらゆる組織に広めているのだ。そんな企業が戦場において高い需要を誇る少年兵産業に手を出さないわけがない。


 セレナは手元の端末でバニーちゃんを起動させた。


「バニーちゃん、ちょっといい」


『はい、お呼びでしょうか? マイマスター』


「ちょっとね……話を聞いて欲しいの」


 セレナの相談事は今回の仕事についてだ。

 男の残したログ。そこには男についての詳細もあった。


「今回の依頼人は、元パンデモニカの社員よ」


『はい』


「今回の依頼人はパンデモニカの少年兵関連の研究者で、研究をしているうちに自分の行動に罪悪感を持ったっていうパターンらしいの」


 ログにはそう至るまでの経緯が長々と綴られていた。


 少年兵にされるのは親を失った孤児、あるいはヒューマンマーケットにかけられた子供たちだ。その全員が改造に耐えることなんてない。少年兵を専門とする機関ならともかく、パンデモニカはあくまでもアークメイルの製造を主な事業としている会社だ。当然、少年兵を製造するノウハウや研究だって足りていない。そんな素人同然の技術で繰り返される研究の日々が続くのだから、リオと同じ改造された同期のほとんどが死亡するか、廃人になってしまった。


「自分はただ実験台になる子供たちを見ていることしか出来なかった。それどころか、自身も研究に参加してしまった。この程度で償いになるなんて思わないが、これ以上子供達の命を奪いたくない。だから、せめて最後に生き残ったリオだけでも、普通の少女として生きて欲しい……それが今回の依頼人の動機よ」


『映画やフィクションで聞くようなものですね。自身の倫理観に従った結果のありきたりな話だと感じました』


「……そうでもないわよ。そもそも少年兵なんてものが存在する事を人々は容認している。それどころか、そんな現状をおかしいとも思えない。案外、自分のやってることに罪の意識を持てた依頼人はすごい人かも知れないわ」


『なるほど……データを更新します』


 セレナはキャップ帽を深く被り、今回の依頼人の顔を想像してみた。ただ、どうにも像が結びつかない。声だけしか知らないのだから、当然と言えば当然だが、それでもセレナは今回の依頼人と自分が赤の他人とは思えなかった。


 何処か自分に似ているのだろう。


「依頼人は元々、周到な準備をしてリオちゃんを逃がす予定だったらしいの。けど、数日前に研究所に本部から配備された傭兵部隊が監察に訪れたみたい」


 誰かの密告で漏れたのか、或いはただの偶然か。どちらにしろ、自分がリオを逃がそうとしていることがバレるのは時間の問題だった。


 リオは実験中の未完成品であり、肝心な命令を聞く人物の限定化とそのチューニングが済んではいない。誰にだって命令と言われれば命令を聞いてしまうのだ。そんなピーキーなものを社外に持ち出すわけにはいかない。


 それに、あの傭兵はそういった事情を抜きに人殺しを楽しんでいる。


 だから、男は一か八かの賭けて、リオを運送屋に運んで貰おうと決意したのだとログに残されていた。運送屋の中には、グレーゾーンの仕事に手慣れているものも多い。素人の自分よりは、宇宙を股にかけるプロの方が頼りになると考えた結果だろう。


「ねぇ、バニーちゃんはこの男が賭けに勝ってたと思う?」


『マイマスターの話を聞く限り、彼は目的を達成しました。それなら賭けに勝った。或いは、これからリオ様を預かるラビット運送次第ではないかと』


「……そうね、そういう考え方もあるわ」

 口ではそう言いつつ、セレナは別な答えに行き着いていた。


「私から言わせれば、彼は負けていると思うの……少なくとも私なら自己犠牲なんてしない。本当に罪を償い、彼女に懺悔したいのなら、死んでも生きるべきだったと思う」


自分でも厳しいことを言っている自覚はあったが、その言葉の先端方向は男に向けられると同時に自身にだって向けられていた。だから、こそ彼女は厳しい言葉の鉄線を強く巻き付け、自身を戒める。


「私は今回の仕事を果たしたい。私たちは人よ。知ってた、バニーちゃん? 人は人を幸せにできるの」


 セレナはキャップ帽を脱いで、自嘲気味に笑った。


「さーて、今回の仕事を受けるとして、ヒノマルくん達をどう説得しようかな?」


 ヒノマルとヘイは仕事で厄介ごとに巻き込まれる度に、いつだって不満を漏らす。真っ当な不満だから、誰も二人を咎める権利なんてないのだが、今回の仕事もきな臭さと火薬の匂いを感じずにはいられない。パンデモニカ社はリオを取り戻そうと、何かしらの手を講じてくる。


 このまま仕事を受ければ、それだけ危険が待っているということだ。


『金銭で説得することを推奨します。リオ様のパスコードで開ける口座こそ依頼人の用意した報酬でしょう」


「けどねぇ……。私は二人にお金だけで動くような人間になって欲しくないの。私は彼らに人間になって欲しいだから」


『そうですか? それなら特に問題はないはずですよ』


 バニーちゃんが画面の中から通路の突き当たりの方を指さした。


 そこには二つの気配がある。一つはヘイ。もう一つはこっそり自室を抜け出していたヒノマルのものだ。


「話、盗み聞きさせて貰ったぞ」


「彼女……確か、リオでしたっけ? 彼女を拾ってきたのは俺です。なら俺が最後まで責任を持つべきですよね」


 二人の顔つきは当に覚悟を決めているようなものだった。二人の目はまっすぐと前を向いている。


 本当に良いクルーを持った。セレナは脱いだキャップ帽を被ると同時にその思いを噛み締め、指揮を取る。


「ふふーん! 二人がそう言ってくれるなら、存分に働こうじゃないの! 目標はシルカー宙域のコロニーまでリオちゃんを無事配達すること! 総員、目的に向け、持ち場につけーー!!」


『「「了解」」』


 三人のクルーが同調した。


 〈スノーホワイト号〉は次の目的地に向けて、大きく舵を取る。

ここまでの読了、そして本作を手に取ってくれた事に感謝を。ラビット運送、クルー一同、喜ばしい限りです。


気に入って頂けたなら、フォロー&コメントを是非! 読了ツイートで拡散、宣伝なんかもして貰えると感謝が尽きません。また過去作なんかも覗いてもらえると……っと、今回はここで幕引きです。


Thank you for you! Sea you again!




読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート