俺らってただの運び屋ですよね? なら、なんで毎度喧騒に巻き込まれるんですか!!

雪年しぐれ
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13 スクリーム・ザ・ゲーム

公開日時: 2021年9月28日(火) 20:00
文字数:2,801

 氷に覆われたアイスバックの地下深くにあるのは、一つの研究施設だった。少年兵の研究施設が一番警戒すべきことは、被験隊となった子供達の反乱だ。そのために劣悪な環境下に研究施設を置くことは珍しくない。


 パンデモニカ社がアイスバックのような星を開拓したのも、被験体の子供たちを逃がさない為だろう。こんなクズ星、ただ同然の金で購入できるのだ。そこから少年兵達が生み出してくれる利益は、社を着実に潤してくれる。


 そうなる筈だったのだ。


 パンデモニカ社の私兵として、雇われているスクリーム率いる死の舞踊小隊は雇い主である取締委員会に呼び出されていた。


『スクリームはいるか?』


 モニターを通して、取締委員会の代表達はスクリームを呼び出した。


 彼は比較的、寒がりな方だった。自分たちだけぬくぬくと温かい本部のコロニーにいる代表達が癪に触る。ただでさえ、自身の楽しみである殺しを邪魔されたのだ。彼の苛立ちはピークに達していた。


 モニターに自身は映らず、代わりに部下に撮らせた自身の録画映像をループ再生するよう指示した。


「ふぅ……」


 適当な映像の裏でスクリームは煙草に火を付けた。古すぎるオイルライターを使っている。燃料の焦げる匂いが、焼いた街の匂いを想起させるからだ。煙を味わい、その旨味で苛立ちを落ち着かせた。


「此方に。なんの御用でしょうか、ボス?」


『何が何の御用でしょうかだ、白々しい』


『君が貴重な被検体を逃したのは聞いているぞ』


『アレにいくは費用をかけたものか……』


 画面の向こうで老人達が口々にスクリームの失態を責め立てた。


 リオが運送屋に奪われたことや、横領されていた研究費が隠されたことも、全て代表達のお耳に届いているようだ。


 だが、スクリームにして見れば、その指摘はナンセンスなものだった。


「最初の契約にもあったでしょ? 最低限の仕事を果たせば、現場の指揮権は俺にあるって」


『君は最低限の仕事を果たしてないだろう。君は商品を取り逃した。これは最大の失態だ』


 代表達の中でも、最奥の席に座る男が口を開いた。


「隊長、流石にその言い分は無茶がありますよ……」


「そうです、早く謝って下さい」 


 死の舞踏の隊員達も口々に声を上げる。だが、スクリームはそれを無視した。


「だから、言ってるでしょ? 最低限の仕事はするって。今はまだ仕事の途中なんですよ」


『ほう……』


「最終的に被験体のガキを回収、最悪の場合は処分。これがアンタらの依頼で、とくに期限や細かい制約はなし。つまりね、ハンティングゲームは今始まったんです」


 スクリームはその口先を釣り上げ、煙を吐き出す。彼の笑みは野うさぎを追い回す狩人のそれだ。勝負に水を刺されたことには納得しきれていない。しかし、あの戦艦を追い詰めて潰すのはあの場でサムライ少年を殺すよりも楽しい筈だ。


『屁理屈だな。自分の失態を認めようとしない幼稚な意見だ』


「はは、自覚してますよ。俺はね、殺しを楽しんでいるのであって、ロボットみたいに命じられた獲物をただ殺すんじゃ面白くないと思うんです。殺しってのは命のやり取りであって、互いに出せるカードを全てさらけ合い、その果てにどちらが立ってるかってゲームなんです」


『次からは君以外の傭兵を雇用しよう』 


「はっ! 俺より腕のいい傭兵なんて会ったこともありませんよ。それにアンタらが次の傭兵を雇ったなら、ソイツらの首に鎌ひっかけて死神様が帰ってきますよ」


 回される映像の裏で親指を突き立て、首を切るジェスチャーをとったスクリームはケラケラと笑っている。


 代表達も彼の部下も、この男とは長い付き合いだ。彼の考え方がめちゃくちゃなことも、彼の腕が本当に立つことも知っている。 


 死神が最終的に獲物を殺す確率は、百パーセントを下回らない。


 スクリームという人間に信用する要素なんてものは一つも残されていない。ただのヤニ臭い中年男だ。


 代わりに彼を信用するだけの要素を積み重ねてきたのは、幾つもの死体の山だった。天をも超える死体の山を積み上げた死神は、それでも飽き足らず、殺しの場を求めている。


「俺の殺しを邪魔したり、文句をつけたりする野郎を俺は容赦しねえ。アンタらが俺のボスだろうと俺に口を出すのなら、アンタらをまとめて殺してやりますよ」


 それは脅しではなく本気の言葉だった。代表達がざわめく中、スクリームは吸い終わった煙草を吐き捨てると、靴の裏で丁寧にそれをすり潰していた。


 代表達の中で一番落ち着きのある男が答える。


『スクリーム。君を失うのは我が社にとって大きな損失だ。だが、私たちは君に武器と殺しの場を与えてやってるんだ。お互いがwin-winの関係でいられるためにも、君には私たちに貢献してもらわなければならない』


「へい、へい。だから、最低限の仕事はするって言ってるでしょう。その為にも今から挙げるものでリストを用意してください」


『リスト……?』


「楽しい兎狩りセットですよ」


 エクスキュージョナーは新しいアークメイルや戦艦を寄越すように要求してきた。その要求内容は度を超えている。運送屋一つを追うための装備ではなく、小さなコロニーを堕とせるような装備内容だった。


「ケチらないでくださいね。特に防御艦を狩るのなら、火力艦が必須です。それからアークメイルも。〈ベリアル〉タイプをこちらの注文通りにいじって貰いたいです」


『わかった……手配しよう』


「へぇ……やけに物分かりにいいですね」


 ニヤリと死神は笑った。物分かりの悪い老人に要求がすんなり通り過ぎたことは少し気がかりだが、それ以上に自分の望んだ手札でゲームが出来ることが、スクリームには楽しみで仕方なかった。


『言ったろ、君を失うのは我が社にとって大きな損失だって。その代わり、確かな成果を期待しているぞ』


「任せてください。我ら死の舞踏小隊。必ずやボスの要求に応えてみせます!」


 そう約束をしてスクリームは通信を切った。映し出される映像にはスクリームが敬礼をしている録画が差し込まれたが、当の本人は画面の裏で代表達に向けて中指を立てる始末だ。


「ふん……老ぼれどもの相手も楽じゃねぇな。アイツらも次の雇い主が見つかったら殺してやるか」


 自分たちもパンデモニカ社のアークメイルを愛用している以上、それはかなり先の話になるだろうし、スクリームの美学上、あの代表達は殺す価値もなかった。


「いっそ、傭兵稼業だけじゃなくて殺し屋にでもなってやろうか……お前らはどう思うよ」


 スクリームは部下達に質問を投げた。返ってくる返事は個人個人に差はあれど、その全員が総じて彼を肯定していた。


「んじゃ、用意が整うまでは休暇にしようぜ」


 そう部下に伝えると、スクリームは三本目の煙草に火をつけて紫煙を心地良さそうに吐き出した。


 思い返せば、これまで何人もの人間を葬ってきたスクリームだったが、日系人を殺すのは初めてかもしれない。そう思うと、死神の想いは吐き出す煙のように黒く、広がってゆくのだった。

ここまでの読了、そして本作を手に取ってくれた事に感謝を。ラビット運送、クルー一同、喜ばしい限りです。


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Thank you for you! Sea you again!




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