倒壊していく〈べべモス〉を背にエクスキュージョナーが駆る〈ベリアル〉が発進する。
エターナルリアクターの稼働音と、機体の加速による重力で分かる。この機体に秘められたスペックの全容がヒシヒシと伝わってくる。残念なのは肩に骸骨のエンブレムがないことくらいだろう。
「待ってろよ、〈ベリアル〉……セレナを殺したテメェに真の死神のマークを刻んでやるからよ!!」
眼前に〈スノーホワイト号〉を捉えたエクスキュージョナーはさらに機体を加速させる。百八十度旋回しようと、装甲が分厚いのは一面だけ。この加速と肩のビーム砲があれば、艦橋の前に回り込み、〈スノーホワイト号〉を沈めることも容易い。
「悪いが、セレ姐の視界に貴様のようなクソ野郎が映り込むことなんてねぇんだよ」
〈ベリアル〉の前に白いアークメイルが割り込んできた。
その手に握られる兵装は対アークメイル用の実体剣カンナギ。
「あー……そうだった。テメェのことを忘れてたぜ、サムライ野郎!!」
「俺はテメェなんざ、さっさと忘れてぇよ」
シェルチーカ当時の口振り全快で吐き捨てるヒノマル。誰も彼を見ていない今、取り繕う必要もない。血の滲む左腕は操縦桿を握り締め、〈天兎〉と繋がっている。
「はは!! 気合は十分だな、この前みたいに死神様を見逃そうとするなら容赦はしねぇ!! セレナと天獄の前菜代わりにぶっ殺してやんよ!!!」
「ベラベラ御託並べやがって……何回、うるせぇって言えば分かるんだァ?」
迫る〈ベリアル〉のビーム砲を〈天兎〉はカンナギで斬り払う。カンナギはヒノマルが腰に構えた日本刀と同様で、永久鉱を素材とした武器でもあった。その刃はあらゆるビーム兵器を歪曲、飛散させ、シールド剤を構築する粒子を中和、容易に断絶する。永久鉱の加工は至難を極める。だが、カンナギはその永久鉱を鍛え抜いた至極の逸品である。
「おいおい……対艦兵器級の火力なんだぜ」
〈ベリアル〉のビーム兵器は消耗も大きかった。発射後から再充填が完了するまでの短期間、機体の出力が低下する。近接装備の〈天兎〉と対峙するには少々部が悪い。
スクリームはビーム兵器に回されていたエネルギーを両手に移す。高速回転するドリルと共に〈ベリアル〉が迫った。
「また、風穴開けてやんよ!!」
「バカの一つ覚えが」
両肩のスタビライザーの角度を調整し、〈天兎〉はドリルを回避。追撃のチェーンソーの刃はカンナギで受けた。カンナギの強度であれば、ブレードのように簡単に砕けることもない。
二人の散らす火花が赤く、虚空の空を彩っていく。
宇宙空間には当然、踏ん張る為の地面がない。近接武器同士の鍔迫り合いになった場合、押し勝てるのは単純にエターナルリアクターの出力が高い方だ。二対のリアクターが唸りを上げ、機体の関節が軋む。出力で押し勝つのは〈ベリアル〉の方だ。
「チッ……壊されたら、ヘイさんがまたキレるんだよ」
ヒノマルはスッと操縦桿を握る手を緩めた。スタビライザーを逆噴射で距離を一気に開ける。そのまま〈天兎〉は回転、その勢いでバランスを崩した〈ベリアル〉に回し蹴りを叩き込んだ。またも、その鋒はコックピットからズレている。
「ッッ……野郎、また俺を狙わなかったな……テメェ! 前にも言ったよな!! 命のやり取りができねぇなら失せやがれ!!」
「俺は貴様如きの為にラビット運送の理念を曲げる気はない。それに、お前のような死神を真似た三流コメディアンなんざ、殺す価値もねぇってことにさっさと気付けけよ」
ヒノマルは殺さないだけで、手加減をするつもりは微塵もなかった。カンナギを装備した〈天兎〉は、普段から日本刀を振るうヒノマルの動きのクセを順応し、トレースしてみせる。
「斬っ!!」
その剣先を〈ベリアル〉の肩に突き刺し、接合部の配線プラグごと引きちぎった。
「がぁっ!!」
「喚くな。耳障りだ」
飛び散る火花と、センサー類の光に刃が乱反射するたび、刃が走り抜けるのが分かる。
「叩き切ってやる」
淡々と刃を振るい、戦況を詰めていく様はチェルシーカの頃から変わらない。それがヒノマルにとっての生きる術なのだから。自身は過去を忌み嫌い、人になろうと今も苦悩している。だが、大切な仲間を守る為ならば、ヒノマルはチェルシーカ時代の自分すら武器にした。
「……エターナルリアクター、出力解放。推進剤タンクをスタビライザーに直接接続(ダイレクトインジェクション)。バランサー安定システムの変動値を六十から四十までダウン。運動OSアシストOFF。神経リンク、シンクロ深度を九十から九十五まで上昇。脳へ掛かる負荷を最大へ」
機械的にそう唱えた。〈天兎〉の双眸はみるみる朱く染まっていく。スタビライザーが引く蒼い炎の尾は、高速移動する〈天兎〉の動きを辿る唯一の手がかりへと変わった。
スクリームはヒノマルの動きを捉えきれない。スタビライザーが引く尾を追ったって、目が追いつく寸前にはカンナギによる斬撃が遅い来る。
「このぉ!」
反撃に転じることをヒノマルは許さない。閃光のように襲いくる超加速と共に〈天兎〉は〈ベリアル〉の右足を切りつけ、返す刀で腰ごと左足を断絶する。
単純な性能勝負なら、粗悪品の部品で修理された〈天兎〉より正規の工場で製造された〈ベリアル〉に軍配が上がる。パイロットの経験だって、比べるまでもないだろう。それでも、ヒノマルは〈天兎〉を駆り、無重力の中を自由自在に飛び回る。ヒノマルの逆鱗に触れたのが、運の尽きだ。超加速からの急旋回と、機体の方が耐えかねて、アラートを鳴らすほどに無茶な操縦をする。
今のカンナギと〈天兎〉に断てないものはない。
カンナギの刃が残った〈ベリアル〉の最後の腕を切断。そのまま畳みかけるように、柄で頭部センサーを殴り潰した。辺りには破損しもはや、コックピットとエターナルリアクターしか残っていないダルマ状態の〈ベリアル〉と破壊された鉄屑が虚しく漂う。
「おい…….おい、おい!! 嘘だろ!! 嘘だよなァァ!!」
「喚くなって言ってんだろ」
残った胴にカンナギを突き立て、エターナルリアクターを破壊する。これで〈ベリアル〉は完全にアークメイルとしての機能を失った。
ヒノマルは軽くカンナギを降るって付着したオイルを払うと、腰の鞘に刃を収めて背を向ける。
「すぐに救難アラートを出せ。そうすれば〈トライデント〉に拾って貰えんだろ」
「ま、待てよ、サムライ!! お、俺をどうして殺さねぇ……テメェは俺に圧勝した!! ならお前は俺を殺さなきゃならねぇ、これは権利じゃなくて義務だ!! 命のやり取りをしたなら、それを果たせ!!」
「Who cares?」
その言葉にスクリーム絶句する。
ヒノマルにどんな言葉を並べても、彼は決して刃を向けることをしない。
「……テメェらの方がよほど死神じゃねぇか」
圧倒的な力を誇り、他を寄せ付けず、思うがままに敵に死を与えることも、見逃すことも出来る。ヒノマルとセレナの理不尽な才能は、まさしくスクリームが抱く死神のイメージ像と合致していた。彼らはウサギの皮を被っているだけで、その皮一枚剥げば黒いローブを纏った山羊の骸で嗤っている死神だ。
「俺を殺せ、殺してくれよ死神!! 頼むから、死神の手で俺を殺してくれ!!」
スクリームが懇願する。それが彼の生き方なのだ。だが、生き方があるのはヒノマルも同じことだ。
「そうだな……俺たちは死神だ。幾つもの屍の上で、生き延びるっていう美味にありつく卑しい生き物だ。だが、俺はそれでいいと思ってる。死神はな、もう殺しすぎたんだ。シェルチーカでは自分より幼いガキだって平気で殺した。リオと同じくらいの頃には生きるために死体の入った袋を二十個は作ったさ……」
ヒノマルは自身こそが死神に相応しいと、分かっていた。セレナもその自覚は持っている。〈ヘブンズフォールシップ〉の艦長時代は死体と損傷したアークメイルを積み上げた塔を作ったとしたなら、それはきっと足元が見えなくなるほど、高く積み上がるだろう。だが、死神達は己の役割を理解していた。快楽のために死神を気取るスクリームとは訳が違う。
「本当の死神っての、常に万人に付き纏うものだ。俺の首にだって鎌が突きつけられてる。それが俺の喉を引っ掻くまでは、俺は死なない。死神の気まぐれから逃れられる限り、例え俺が死ぬことになっても俺は人間を守らなきゃならねぇんだよ。……というか、俺らは運送業者なんだから、いちいち人なんて殺してられねぇや」
ヒノマルは気だるく、そう吐き捨て〈天兎〉は〈スノーホワイト号〉へと帰投きていく。スクリームはその様を、ただ漠然と眺めていることしかできなかった。
ここまでの読了、そして本作を手に取ってくれた事に感謝を。ラビット運送、クルー一同、喜ばしい限りです。
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Thank you for you! Sea you again!
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