俺らってただの運び屋ですよね? なら、なんで毎度喧騒に巻き込まれるんですか!!

雪年しぐれ
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09 白兎のガワ

公開日時: 2021年9月24日(金) 20:00
更新日時: 2021年9月26日(日) 00:16
文字数:3,496

 〈ガーゴイル〉は機体に一定のダメージが蓄積し、搭載されたAIが戦闘の続行が不可能と判断した場合、コックピットとエターナルリアクターを排出する機構を備えている。パイロットの生還率が高いのだ。


『敵機のコックピットブロックの排出を確認』


 〈天兎〉の二度蹴りを喰らった〈ガーゴイル〉がコックピットとエターナルリアクターを輩出し、抜け殻のように倒れた。


 ヒノマルにとって、この機構を備えた機体はやりやすい相手だった。


「好都合だ……俺たちは人を殺さないんですから」


 乾いた唇を舌先で湿らせ、その双眸で残った三機の〈ガーゴイル〉を睨みつけた。


 先程の〈天兎〉の動きを〈ガーゴイル〉のパイロット達も強く警戒する。すぐに下がって、距離を計り直した。自棄になって飛び込んでこない辺り、彼らもプロである。


 〈ガーゴイル〉達はすぐさまマシンガンの銃口を〈天兎〉に向け、その動きを牽制すると、前後を挟み込むように陣形を組んだ。前に一機、背後に二機が展開される。


 ヒノマルは〈天兎〉の主武装である対アークメイル用の実体剣・カンナギを整備ハンガーに置いてきてしまったことを後悔した。カンナギのリーチとヒノマルの刀剣格闘術が合わされば、マシンガンが火を吹くよりも早く、その銃身を叩き切ることができたのだ。


 〈天兎〉の装甲ならマシンガンの一斉照射も数秒であれば耐えることができるだろうが、そんなことをすればヘイがキレるのは目に見えていた。元はといえば金欠のせいで、こんなトラブルに巻き込まれているのに、余計に機体を壊してしまえばヒノマルもセレナのことを言えなくなってしまう。


「トラブルメーカーはセレ姐だけで十分ですよ……」


 〈天兎〉も装備されていた、ビームマグマナムに構える。ただ所詮は護身用であり、本来の用途は戦車や固定砲台を少ないエネルギー消費で破壊するための低火力の武器だ。ほとんどのアークメイルの装甲には、対ビーム加工が施されている。この低火力のビームマグナムで、〈ガーゴイル〉を破壊するのは現実的ではない。


 ならどうするか……。


 ヒノマルの視線は目の前の〈ガーゴイル〉へと向いていた。何か、つけ込めるだけの隙を見つけたかった。その視線は〈ガーゴイル〉の足元から始まり、腰のあたりで止まる。隙は見つからなかったが、代わりに、ちょうどいいものを見つけたようだ。


「ビームマグナム、出力最大……いくぞ」 


 〈天兎〉がビームマグナムを構えた。その銃口の先は〈ガーゴイル〉ではない。氷に覆われている足元だ。


「Fireッ!」


 ビームマグナムから放たれる熱線は、前に立つ〈ガーゴイル〉の足元の凍土を溶かし、その一機をスリップさせた。残った背後の二機がマシンガンを発砲するが、〈天兎〉は身を屈めることで回避する。


「行きますッ!!」


 肩に設置された二対のスタビライザーがカッと炎を吐きだした。冷え切っていたエターナルリアクターを、急に熱くしてしまったせいで機体のエンジンブロックから嫌な臭いがヒノマルの鼻を付くが、無視することにした。


 再度立ち上がった〈天兎〉は全身の推力をフルで使って、空中へと飛び上がった。そのままスリップさせた〈ガーゴイル〉に馬乗りになると、〈天兎〉はその腰に向けて手を伸ばす。


「いい得物を持ってるじゃないですか」


 〈天兎〉が〈ガーゴイル〉の腰元に装備されたブレードを、半ばジョイントから引きちぎるように無理やり奪い取った。


 頭部のセンサーを通して、情報がヒノマルの脳へとフィードバック。その情報を頼りに〈ガーゴイル〉のコックピットの位置を把握する。


「ここで、仕留める……ッッ!」


 奪い取ったブレードは、普段使っているカンナギよりもリーチが短いが、今はこれで申し分ない。〈ガーゴイル〉を立ち上がれないように力任せに押し付け、コックピットをずらしてブレードを突き立てた。高周波によって振動するブレードの先端は〈ガーゴイル〉の内部機構を押しつぶし、戦闘不能にまで追い込む。


「ふぅ……」


 ヒノマルは軽く息を吐くと、自身の鼻先を拭った。神経リンクシステムは機体が損傷したからといって、パイロットに苦痛が伴うなんてことはない。だが、機体と深く繋がると、時折妙な錯覚を覚えるようなことがある。


 飛び散った潤滑液が〈天兎〉を汚す。ヒノマルはその潤滑液が自分の身体に掛かったような気がした。返り血を拭う、あの感覚とよく似ている。


 自身の本質はそう簡単には変わらないと、ヒノマルは自嘲気味に笑みをこぼした。


 〈天兎〉は尚も駆け巡る。姿勢を低く保ち、〈ガーゴイル〉達の死角からブレードで切りつけていった。


「Screw youッッ!!」


コックピット周りの衝撃吸収ダンパーが悲鳴を上げている。それだけヒノマルの操縦は高速かつ縦横無尽だった。ヒノマルはこれでも同乗している名も知らない少女を気遣っているのつもりだが、機体を三百六十度、縦回転させることもあった。


 マニュピレーターが〈ガーゴイル〉を掴み、ブレードの間合いまで強制的に引き摺り込む。そのままエターナルリアクターに刃を突き立て、三機目の活動を停止させた。


 ヒノマルはブレードを引き抜き、その先を最後に残った四機に向ける。エネルギー残量も上々。ヒノマル自身の感覚もゾーンに入りつつあった。


 そんな、姿をスコープ越しに見ていたスクリームはご満悦だった。見てるだけでは物足りないと感情が昂るほどだ。


 彼は気づいた時、思わず自分までもが戦場という名の舞台に上がっていた。


⬜︎⬜︎⬜︎


『なかなかやるじゃねぇか……飛んだり、跳ねたり、おもしれぇ奴だ。死神様の目に止まるだけはある』


 声が割り込んできた。強いアルコールで焼きつけたようなダミ声が、〈天兎〉の通信系に混ざり込む。


「……なんですか?」


『死神はいつもテメェの後ろだよ』


『警戒してください、ヒノマル様』


 バニーちゃんがアラートを鳴らす。〈天兎〉が振り返れば、そこに一機のアークメイルが着地した。飛んできた方角は、レーザー銃の狙撃が飛んできた方向とほぼ一致している。


 スクリームの駆るアークメイルだ。


『隊長! コイツ……素人じゃないですよ。同業者、もしくは現役の軍人なんじゃ』


『バカ野郎。テメェは俺の元で何年働いてんだ。このサムライボーイの動きはアークメイルの乗りの動きじゃねぇよ。んなこともわからねぇなら下がってろ』


 ヒノマルの動きは、銃火器よりも刃物の扱いに長け、度胸もあるが、その荒削りな戦い方は訓練で習う戦い方とはかけ離れている。


『なぁ、サムライボーイ。テメェはアレだろ? ストリート育ちのギャングってとこか? アークメイル乗りとしてはイマイチだが、生きるってことを理解してる。独学で劣悪な環境を生き延びてきた拙僧のねぇ戦いの典型例だ』


「だとしたら……なんですか」


『へへ、別に。殺し甲斐があると思ってねぇ』


 そのアークメイルは、〈ガーゴイル〉に大幅な改造を施されたものだった。腕の立つパイロットの操縦について来られるよう各部の関節強化。隊長機として広い通信範囲を持つためのアンテナの増設。そして、一番目を引くのは換装された両腕だった。


 その両腕には工業用アークメイルのものが、そのまま武装として転用されている。左腕には宇宙船解体に用いられる大型チェンソー。左腕の未知の惑星の岩盤を貫くための棒状ドリルバンカー。この二つの武装を満足に使うために、エターナルリアクターも二機分増設されている。


『自己紹介してやるよ。俺のコードネームはスクリーム、だ。今は死の舞踊っていう小隊単位で傭兵をやってる軍人上がり。機体は〈ガーゴイル・パワード〉。テメェが死ぬまでの付き合いになるがよろしくな』


「……ぺっ! 馬鹿げた自己紹介ですね。うちのセレ姐よりセンスがないヤツを見るのは初めてかもです」


 ヒノマルは皮肉混じりに吐き捨てた。ただ、スクリームという名前には聞き覚えがあった。前にセレナが、悪趣味な戦争屋だと話していたのだ。


 〈ガーゴイル・パワード〉の肩に施された髑髏のエンブレム。それが、この男の趣味を十分に物語っている。


「俺はヒノマル。ただのしがない運送屋であって、アンタみたいな戦争中毒者とは本来無縁の人間です」


『そうかい? けど、こうしてアークメイルに乗って対峙したんだ。なら、することは一つだろ?』


 スクリームは黄ばんだ歯を覗かせる。チェンソーとドリルのモーターが起動し、唸りを上げる。ガタガタと嗤う死神の笑い声のようだ。


 どうやら、敵は素直に道を開けてはくれないらしい。結局は力づくなのだと、うんざりしてしまう。後には引けないというところもタチが悪い。 


 ヒノマルは操縦グリップを強く握り、〈天兎〉はブレードを正面に構えた。

ここまでの読了、そして本作を手に取ってくれた事に感謝を。ラビット運送、クルー一同、喜ばしい限りです!


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Thank you for you! Sea you again!

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