俺らってただの運び屋ですよね? なら、なんで毎度喧騒に巻き込まれるんですか!!

雪年しぐれ
雪年しぐれ

18 瞳

公開日時: 2021年10月2日(土) 20:00
文字数:3,902

 リオは一人、個室で何かを弄っているようだった。


 彼女の手元にあるのは、ヒノマルがドアに張り付けていたあのミュージックプレーヤーがある。しかし、その用途を知らないリオにとっては、小汚い箱に過ぎない。


「私……何やってるんだろう」


 自分の手は本来人を殺すためにある手だ。それを自身が望もうと、望まないと、力の加減を間違えれば、このか細い腕は簡単に人の首をへし折れる。


 自分がこうも頭を悩ませなければならないのは、自分助けたあの男と、余計なことを言うヒノマル達のせいだ。


 リオは短くため息を漏らすと、備え付けのベッドに体を投げた。


 そっと目を閉じて眠ろうとしてみる。しかし、少年兵の身体は睡眠すら必要としない。自分が人から逸脱していると、再認識するだけだ。


「いいかな、リオちゃん?」


「……どうぞ」


 数回のノックのあと、優しい声色が聞こえてきた。この船の艦長、セレナだ。


 リオが気怠げにベットから起き上がると、セレナはその横にちょこんと腰掛けた。かと、思えば落ち着きなく部屋をキョロキョロと見渡す。


「あーこの様子だと、私の貸した漫画とか手をつけてないでしょ?」


「ごめんなさい」


「いいの。別に謝ることでもないからね。それよりも、コレ。随分と懐かしいものが出てきたわね」


 セレナは床に転がったミュージックプレーヤーを拾い上げると、それを懐かしそうに眺めてみせる。


「わぁ、懐かしい! これ、ヒノマルくんから貰ったの?」


「ドアの前にあった」


「それをヒノマルくん語でプレゼントしたって言うのよ。ふふ、にしても本当に懐かしい。リオちゃんはこれの使い方わかる?」 


 リオがわからないと答えると、セレナは丁寧にミュージックプレーヤーの使い方を教えてくれた。摘み式のダイヤルで音量を調整し、イヤホンを挿せば、中に入っているメモリーカードのデータを読み込み始めた。


 スピーカーから流れてくる音楽にリオは耳を傾ける。音楽なんて人間の嗜好品、自分には生涯縁のないものだと思っていた。増して、流れてくる愛を謳った歌詞のフレーズは少年兵が聞くには、理想論が強く、甘い夢のようだった。


 それでも、音楽は心地悪いものじゃない。寧ろ、穏やかはフレーズが自身の荒んだ心を潤してくれているようにと感じる。


「……これ、好きかも」


「気に入ってもらえたなら嬉しいかな。これ、ヒノマルくんの宝物なんだよ」


「宝物?」


「そ、宝物。というか、私がヒノマルくんに上げたプレゼントなの。だからお下がりってことになっちゃうかもなー。ごめんね、そのこまかな傷のほとんどは私の頃につけちゃったの」


 少し申し訳なさそうな笑みを作りながらも、セレナはそっと瞼を閉じる。そうすれば、昨日のことのように様々な光景を思い出すことができた。


 ヒノマルを拾ってきた日のこと。


 ヒノマルにプレゼントを送ったこと。


 セレナは瞼の裏をスクリーンに、自分とヒノマルの出会いを回想する。


「ヒノマルくんと私が出会ったのは五年も前なんだ。シェルチーカっていう開拓惑星に仕事で荷物を渡しにいったときのことでね」


 開拓惑星・シェルチーカ。地盤から毒ガスが吹き出してるという欠点を持ちながらも、エターナルリアクターの燃料である永久鉱が多く採取できることから、ヒューマンオークションで売られるような人間奴隷を使って開拓が進められていた小さな星だ。しかし、開拓元の企業が破産し、採掘計画は頓挫。惑星に取り残された奴隷たちは自分たちだけで生きてきた。


 だが、彼らは決して肩を寄せ合って助け合いながら生きてきたのではない。寧ろ、互いに殺し合い奪い合い力のある人間だけが生き残ってきた星だ。そんな星に秩序なんてあるわけもなく、行き場を失った犯罪者たちの隠れ家としても重宝された。


「チェルシーカはね、人の悪いとこを詰め合わせた坩堝みたいなとこだったわ。私が目的地に荷物を届けるまでに殺人現場に五回は遭遇した程よ」


「知ってる……私もパンデモニカに買われる前、商人達が話してた。売れ残りはシェルチーカにでも捨てちまえって。あそこは人間のゴミ箱だって」


「ヒノマルくんも似たようなこと言ってたわ」


 当時のヒノマルはストリートチルドレンで構成されたギャング組織の幹部だった。ただ、幹部といっても名前ばかりで、実際のところは捨て駒のような扱いをされていた。ヒノマルは後からチェルシーカに捨てられた身だ。組織の人間の殆どは元奴隷の人間で、後から来たヒノマルは余所者扱い。日系人特有の肌の色までも蔑まれていた。


「私が荷物を届けに行った先でヒノマルくんは捕まってたの。事務所の柱に鎖でグルグル巻き。口に銃を噛ませられて殺される数秒前。……そういうことは来客に見えないとこでやれっつーの!」


 ヒノマルは敵対していた組織の罠に嵌り、殺される寸前だった。当時のヒノマルはリオと同じくらいの歳をしていた。それなのに、顔は原型がわからなくなるほど殴られ、両手足はおかしな方向に曲がっていた。生きているのが不思議なほどの拷問を受けたのだろう。それでも、ヒノマルの瞳はまっすぐに何かを睨みつけていた。


 セレナはその瞳を忘れない。瞼の上が切れて眼球が血に染まり、真っ赤になったその双眸を忘れることなんで出来やしない。


「当時の私は、別にヒノマルくんを拾う義理もなかった。こういう星じゃ当たり前だって割り切ろうともした。けどね、その目を見ちゃうと無理だったの」


「ヒノマルの目……?」


「一見すれぼ、何を考えてるかなんて分からない目。だけど、その奥じゃ怒りがギラギラと燃えてるの。この宇宙全てを憎むような目。ほら、ちょうど今のリオちゃんみたいな目をしてる」


「えっ……」


セレナはリオの瞳を覗き込んだ。本当に見れば見るほど、あの時のヒノマルの双眸にそっくりだった。そして、二人の瞳はかつてのセレナの瞳にも似ていた。


「だからかなー……私がキャップ帽で目を隠しちゃうのも、私がリオちゃんやヒノマルくんをほっとけないのも」


「……知らない」 


 とぼけるように笑うセレナに、リオはどう返せばいいかわからなかった。 


「結局、私はそのあとヒノマルくんを捕まえてた奴らに荷物を投げつけて報酬の代わりにヒノマルくんを盗んで来ちゃったの。後ろからレーザーガンで撃たれるわ、宇宙船に乗っても追いかけてくるわで散々だったけど、我ながら良いことをしたと思ってる」


 そうして盗まれてきたばかりの少年にセレナはヒノマルのコードネームを与えた。日系人だから日の丸、そんな雑な理由でつけられたコードネームだが、自分のセレナというコードネームだって露系人っぽいからという理由だけ。メカニックのコードネームだって彼がいつもオイル塗れで黒くなっているから、華系語で黒を意味するヘイ。バニーちゃんに至っては、酒の入った状態の悪ノリで決定してしまった。そのくらい、ラビット運送にとって名前なんて些細なものだ。肝心なのは名前ではなく、その本質なのだから。


「当時はヒノマルくんって呼んでも、彼は返事すらしなかったわ。けど、その本当の理由は言葉を知らなくて返事ができなかったの。ヒノマルくんの知ってる言葉なんて汚いスラングくらい。死ねと殺すで会話しようとするのよ。だから言葉や読み書きを教えるだけでも苦労したわ」


「それで」


「まぁ、別に面白い話じゃないわ。ただ、そんなヒノマルくんでも変われたんだから」


「……私も変われるって言いたいの?」 


 リオはその言葉を口にした自身に驚いた。理由のわからない苛立ちが込み上げてきて彼女を混乱させる。それでも口だけは止まらなかった。


「勝手なこと言わないで! 身内の不幸自慢をされても、私には響かない! ヒノマルと私は違うの!」


リオの耳に聞こえるセレナの言葉は所詮気休めでしかなかった。ヒノマルと自分に共通点があるのもわかった。だが、自分が少年兵という商品名を与えられた化け物である事実は揺るがない。


「私は人じゃない……傷だって簡単に治る! 私が殺す気になれば、貴女だって、ヒノマルだって簡単に殺せる! 命令だと言われれば、それに従うように出来ている! 貴女達が私にいくら優しくしてくれても私が人でないという事実は変わらない! 変わりもしない!!」


気付けばリオは己の中の全てを吐き出していた。長々と吐き出した言葉にはありったけの呪いが込められ、その真っ赤な双眸は仄かな輝きをみせる。


「やっぱり……同じ目」


「うるさい……うるさい! うるさい!!」


怒りに任せて、リオは爪を立てた。


 自分の立てた爪がセレナの顔を切り付ける。鮮血が壁に飛び散り、彼女はその場に倒れ込んだ。リオはこれが自身の本質だと悟る。


 次こそ自分を抑えられる自信がなかった。容赦なくセレナの細い首をへし折るだろう。


「っっ……痛い」


「わかったでしょ、お優しい艦長様。わかったら、私にこれ以上近づかないで……私に貴女を殺させないで」


「……そ。わかったわ」


 セレナは自身の血を拭う。


「この程度で私は死なないわよ。私は死ねない。私が死ぬことを許してくれない人がいっぱいいる」


 ふっ、と自嘲気味にセレナはキャップ帽を脱いだ。彼女はそれを、震えるリオに深く被らせた。


「その目は人に見せちゃいけない目。だから、隠さなきゃ」


「な、なんのつもり……! 近づかないでって言ったのに!」


「ふふーん、別に大したことじゃないわ。ただ、リオちゃんに少し教えてあげる。貴女は自分のことを人間じゃないだなんて言うけど、そもそも何を持って人間というのか。貴女はその答えを知らないでしょ?」


「セレナは知ってるって言うの……?」


「さぁ?」


 肩をそっとすくめたセレナはもう一度、リオの横へ腰掛けた。そして、一つの自分がたどり着いた答えを語り出す。

ここまでの読了、そして本作を手に取ってくれた事に感謝を。ラビット運送、クルー一同、喜ばしい限りです。


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Thank you for you! Sea you again!




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