コミュニケーションを取るようになってから、数か月がたった。
あれからおはようさんは私の手を取り、色々な文字を教えてくれた。
おかげで、今ではちゃんと人とコミュニケーションがとれるようになっている。
そして、私を取り巻く人間関係も段々とわかってきた。
まず、私の名前をカタカナで表すとすれば[エクサティシー・イリンイ]といった感じのようだ。
いわゆる令嬢らしい。
そしておはようさんの名前は[クリシ]だ。
クリシは私の屋敷のメイドで、私の世話を任されているようだ。
医者だと思っていたごつごつした手の人は、私のお父さんだった。
名前を[コリー・イリンイ]という。
お父さんはこのあたり一帯の領主とのこと。
お母さんは[カテトローティタ・イリンイ]だ。
いつ見ても若くて美しい女性だと評判らしい。
この屋敷には、他にも多くのメイドさんや兵士がいるようだ。
ふと、私の右手に小さな手が触れる。
知らない手だ。
手の大きさからして、小さな子供らしい。
そして私の手の平に文字をなぞる。
[ありがとう]
また身に覚えのない感謝をされてしまった。
エクサティシー・イリンイさんは、小さな子供にも人気のある人物だったらしい。
今度はメイドのクリシが私の手を取る。
[思い出されましたか?]
どうやら周りの人たちの中で、私は記憶喪失ということになったらしい。
しかし、私にとっては思い出すも何も、全く身に覚えのないことだ。
[いいえ]
[そうですか]
クリシは寂しそうだ。
せめて私も過去の記憶を寂しく思うくらいはしてあげたい。
けれど今の私には、
中世より500年以上先のIT時代に生きた日本人だという感覚しかない。
今のエクサティシー・イリンイという私のことは、
どうしても他人ごとに思えてしまう。
クリシが続けて私の手をなぞり、伝える。
[エクサティシー様は幼いころ、貧民街を見ました。
そこで自分よりもさらに幼い子供が、飢えに苦しんでいる様子を見られて、
心を痛められました。
心優しいエクサティシー様は、貧しい子供たちが飢えることがないように、
少しずつ活動を始められました。
しかし、エクセティシー様は事故で寝たきりになられました。
ですが、その後も子供たちを助ける活動は、お父様により続けられています。
お父様はエクセティシー様に向けていた愛を、
貧しい子供たちに向けるようになられました。
今では子供たちに学びの機会まで与えてくださり、
こんなに小さな子供でも文字が書けるようになりました。
僕もその一人です。
エクセティシー様は、僕を含め、ここにいる皆の命の恩人です。]
エクセティシー様、なんていい人なんだ……
私のことなんだけど。
こんなに尊敬されている人として生まれ変われるなら、
盲目難聴だとしてもプラマイゼロかも。
また別の小さな手が私の手を取り、[ありがとう]と伝える。
なぜか申し訳なくなってくる。
エクセティシー様じゃない私も何かしないと。
頭を撫でてあげよう。
私は手を伸ばし、その子の頭に触れる。
その瞬間、私の頭の中にイメージが入ってくる。
巨大な本棚に囲まれている。
部屋の隅には巨大な猫がいる。
ソファのようなものの上で、ガリガリと爪を研いでいる。
このサイズ感からして、きっと自分自身も猫なんだろう。
視点が移動し、籠のようなものの中に入る。
そして視界が閉じていく。
どうやら、丸くなって眠り始めたらしい。
[どうしました?]
クリシが私の手を取り、呼びかける。
今のは何だったんだろう?
そういえば、前にクリシのおでこに触ったときも、違和感があった。
私はまた手を伸ばし、今度はクリシの頭に触れる。
頭の中にイメージが入ってくる。
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