静かなところにいる

転生したら盲目難聴でした
あきや
あきや

トンネルを抜けると異世界であった

9.知らない私

公開日時: 2021年6月2日(水) 10:01
文字数:1,463

コミュニケーションを取るようになってから、数か月がたった。

あれからおはようさんは私の手を取り、色々な文字を教えてくれた。

おかげで、今ではちゃんと人とコミュニケーションがとれるようになっている。

そして、私を取り巻く人間関係も段々とわかってきた。

まず、私の名前をカタカナで表すとすれば[エクサティシー・イリンイ]といった感じのようだ。

いわゆる令嬢らしい。

そしておはようさんの名前は[クリシ]だ。

クリシは私の屋敷のメイドで、私の世話を任されているようだ。

医者だと思っていたごつごつした手の人は、私のお父さんだった。

名前を[コリー・イリンイ]という。

お父さんはこのあたり一帯の領主とのこと。

お母さんは[カテトローティタ・イリンイ]だ。

いつ見ても若くて美しい女性だと評判らしい。

この屋敷には、他にも多くのメイドさんや兵士がいるようだ。


ふと、私の右手に小さな手が触れる。

知らない手だ。

手の大きさからして、小さな子供らしい。

そして私の手の平に文字をなぞる。

[ありがとう]


また身に覚えのない感謝をされてしまった。

エクサティシー・イリンイさんは、小さな子供にも人気のある人物だったらしい。


今度はメイドのクリシが私の手を取る。

[思い出されましたか?]


どうやら周りの人たちの中で、私は記憶喪失ということになったらしい。

しかし、私にとっては思い出すも何も、全く身に覚えのないことだ。


[いいえ]

[そうですか]


クリシは寂しそうだ。

せめて私も過去の記憶を寂しく思うくらいはしてあげたい。

けれど今の私には、

中世より500年以上先のIT時代に生きた日本人だという感覚しかない。

今のエクサティシー・イリンイという私のことは、

どうしても他人ごとに思えてしまう。


クリシが続けて私の手をなぞり、伝える。

[エクサティシー様は幼いころ、貧民街を見ました。

そこで自分よりもさらに幼い子供が、飢えに苦しんでいる様子を見られて、

心を痛められました。

心優しいエクサティシー様は、貧しい子供たちが飢えることがないように、

少しずつ活動を始められました。


しかし、エクセティシー様は事故で寝たきりになられました。

ですが、その後も子供たちを助ける活動は、お父様により続けられています。

お父様はエクセティシー様に向けていた愛を、

貧しい子供たちに向けるようになられました。

今では子供たちに学びの機会まで与えてくださり、

こんなに小さな子供でも文字が書けるようになりました。


僕もその一人です。

エクセティシー様は、僕を含め、ここにいる皆の命の恩人です。]


エクセティシー様、なんていい人なんだ……

私のことなんだけど。

こんなに尊敬されている人として生まれ変われるなら、

盲目難聴だとしてもプラマイゼロかも。


また別の小さな手が私の手を取り、[ありがとう]と伝える。


なぜか申し訳なくなってくる。

エクセティシー様じゃない私も何かしないと。

頭を撫でてあげよう。


私は手を伸ばし、その子の頭に触れる。


その瞬間、私の頭の中にイメージが入ってくる。




巨大な本棚に囲まれている。

部屋の隅には巨大な猫がいる。

ソファのようなものの上で、ガリガリと爪を研いでいる。


このサイズ感からして、きっと自分自身も猫なんだろう。


視点が移動し、籠のようなものの中に入る。

そして視界が閉じていく。


どうやら、丸くなって眠り始めたらしい。




[どうしました?]

クリシが私の手を取り、呼びかける。


今のは何だったんだろう?

そういえば、前にクリシのおでこに触ったときも、違和感があった。

私はまた手を伸ばし、今度はクリシの頭に触れる。


頭の中にイメージが入ってくる。




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