静かなところにいる

転生したら盲目難聴でした
あきや
あきや

38.食事

公開日時: 2021年6月19日(土) 20:30
文字数:1,568

クリシに連れられて、食事の席に着く。

私にとって食事とは、集中力の必要な作業だ。

幸い前世の記憶があるので、テーブルマナーのイメージは掴めるのだけど、

いざ光も音も無しで実践するのは難しい。

随分慣れてきたつもりはある。

しかしそれでも、時々クリシの助けを借りながら料理を口に運んでいく。


ふと私の肩をテアが叩く。

私は食事をする手を止め、その手を握る。

[ねえ、エクはこれで足りるの?]

[うん。いつもこれくらいだけど。]

[そうなんだ……

どうりで他の令嬢と比べて、エクは細いのね。

この屋敷も、大きさの割に人は少ないし。

領主達がこれだけストイックな生活してれば、そりゃあ貧困もなくなるよ。

せっかく裕福なんだから、もうちょっと食べてもいいんじゃない?]


そうかな?

私は十分だと思う。

食糧危機なんて想像もできない、ほとんど食べ放題みたいな時代の日本人としての感覚だ。

これでストイックとは、どういうことだろう?

イリンイは想像していたより裕福な家なのかもしれない。


そういえば、ドワーフの方に意識が行っていてスルーしてたけど、

なんかうちの【イリンイ】って家名が、国名みたいに扱われてた気がする。

クリシから言葉を教わっているとき、

私は[令嬢]で、父さんは[領主]で、ここは[屋敷]という意味だと受け取ってたけど、

もしかすると私は[姫]で、父さんは[王]で、ここは[城]なのかもしれない。

私には正直言って、中世的な世界観はよくわからないんだけど、

この2つは想像以上に別格の存在なのかもしれない。

古代では王様が神様だったりしたらしいし、実はそれくらいのクラスなのかも。


いや、まだ別にそうと決まったわけじゃない。

とりあえず、確認してみよう。


[他の【家】の【令嬢】はどんなことしてるの?]

[酷いとこだと自分のための税金とか作って、民衆の大半を餓死させたりとかね。]


なるほど、私は法律とか変えられるクラスの存在なんだ。


[でも、そんなことしたら恨まれるんじゃない?

それで敵を作って命を狙われたりとか、国外追放されたりとか]

[【令嬢】に逆らう命知らずなんていないよ。

見せしめにされて死ぬだけだし。

どうしても我慢できないって人は、自分が国外逃亡してたね。]

[へー、そうなんだ。]


私は性格最悪でもバッドエンドにならないクラスの、圧倒的な支配者なんだ。

好感度を稼がないと、バッドエンドを迎えたりするのかと思ってた。

わかってきたと思っていた世界観が、揺らぐ。

これはタイトル変更か?

~転生したらなんでも好き勝手にできる王女だった~


そう思うと、食事の味も変わってくる。

私はこんな普通の食卓に並びそうな質素な食事で満足してていいの?

フルコースや満漢全席的なのを10人分くらい用意させて、

口に合わないと皿をひっくり返したりしても許される感じのやつっぽいよ?


いや落ち着け。

よく知らないけど、王女だからってパンがどうとかイキったマリー何とかさんは処刑されたはず。

油断できない。

というか、ちょっと世界観が揺らいだだけで、

まだ私が本当にそんな王族クラスの権力者なのかは、断定できない。

それに仮にそうだとしても、私は圧倒的な高貴さを持って生まれついたお姫様。

記憶がないから混乱するけど、私が何をしても許されるのは当然のこと。

エクサティシー・イリンイにとって、それは何の不思議もない当たり前の真理。

そう、最初から支配者としての人生が約束されている、優雅で高貴な存在だからこそ、

そんな成金染みた下品な事はしないのですわ。

むしろだからこそ、貧困にあえぐ民衆に憐れみを施すのよ。

ええ、それがこの私、エクサティシー・イリンイなのだわ。

小さい頃からずっと、私はそういうノブレスオーラ溢れる少女でしたのですわよ?


いやなんか違う。

自分を取り戻せ。

キャベツ美味しい!


[今度から私だけ宴会コースにしてもらおうかな]


この裏切り者!

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