静かなところにいる

転生したら盲目難聴でした
あきや
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剣と魔法の闇ファンタジー

24.魔獣

公開日時: 2021年6月9日(水) 20:24
文字数:1,662

クリシに手を引かれて走る。

時々突風に拭かれて倒れ、急に方向転換ながら、『魔獣』とやらから逃げ続ける。

しばらく走っていると、ふと風がやんだ。

建物に入ったようだ。

[ここならひとまず安全です。

お怪我はありませんか?]

[私は平気だよ]

[それは良かったです。

夜にこの辺りの畑を猪が荒らしているという話はあったのですが、まさか昼間に表れて、

しかも風を操る魔獣だとは……。

申し訳ありません。]

[クリシが守ってくれたし、何も問題ないよ。

それより、この村は大丈夫なの?]

[村の男達も戦っています。

後は被害が出るまでに、スタシモティタが間に合うかですね。]


そうだ、こういう時には男の人達は命を懸けなければいけない。

アピロスさんの前世を見てから、女の人にばかり同情していたけど、

男の人達にとっても厳しい世界だ。

この世界は誰にとっても、安全な楽園ではない。


[こういうことはよくあるの?]

[よくあるというほどではありません。

魔獣の方も僕達と戦いたいわけではないでしょうから。

ただ、獣の形跡があるのにあまり放置していると、

気付いたときには村が全滅していたということもあります。

今回はスタシモティタがこの村の異変を調査して、

場合によっては討伐計画を練る予定でした。

まさか、いきなり遭遇するとは予想していませんでしたが。]


今回のことは割とレアケースだったようだ。

しかし、だからこそ事態がどう転ぶかはわからない。

私にできることがあればいいけど、見えない聞こえない人間が戦っても、

死人が一人増えるだけだ。


[心配要りません。

スタシモティタより強い魔獣なんて、滅多にいませんから。

きっと何とかしてくれます。]


そうだ、なんたって時を止めるということだ。

多少風が強かろうと、牙が鋭かろうと、関係ないだろう。

今はただ、彼を信じて待とう。


ふと、私の手が誰かに強く引っ張られる。

[この村は大丈夫なのですか?]

手の震えから、とても強い不安が伝わってくる。


不安なのは私だけではない。

むしろ、スタさんがいると知らない彼女の方が、不安なのだ。


[大丈夫ですよ]


ここには他にも不安を感じている人達がいるのかもしれない。

今の私に何かできることがあるとしたら、その人達を安心させることだろう。


私はクリシの手を取る。

[この人達に安心してって、伝えてあげて。]

少し間が開いた後、クリシは私の手を両手で握手する。

了承するには、少し葛藤があったようだ。


もしかしたら、また何かの中世身分カルチャーショックがあったのかもしれない。

しかし、そんなものは緊急事態にあっては関係ないと思う。


静かな時間が流れる。

きっとクリシが周りの人達に声をかけているはずだ。

しかし、確かなことはわからない。

きっと、外からはゴウゴウと突風の吹く音がしている。

たぶん、建物は風でゆらゆらと揺れているだろう。

もしかすると、今まさに入口から魔獣が侵入して来たかもしれない。

しかしもしそうだとしても、私には何もできない。

これでは、主人公の助けを待つだけの無力系ヒロインだ。

少し憧れていたシチュエーションではあるけど、いざ体験してみると不安感で潰されそう。

ヒロインサイドからしたら、戦う系ヒロインをさせてもらえる方が精神的に楽かもしれない。

まぁ、無いものねだりをしていても仕方がない。

むしろ、これだけ無力な人間が安心した表情で堂々としていれば、

周りの人達の不安を和らげることができるかもしれない。

余裕に溢れた表情を作っておこう。

もうずいぶん鏡を見ていないけど、多分こんな感じでいいはず。


[もう大丈夫なようです。

被害も、少し怪我人が出たくらいで、特に無さそうです。]


無事解決したらしい。

さすがはスタさん。


[皆エク様に感謝しています]

[私はクリシに連れられて逃げてただけなんだけどね]

むしろスタさんに言うべきだろう。


スタさんの大きな手が触れる。

[群れからをはぐれて興奮した魔獣が紛れ込んだようです。

まだ群れが残っているはずなので、私はこのまま調査を始めます。]

[みんな感謝してたよ]

[それが役目です]

スタさんは淡々と答える。

頼りになる人だ。

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