ナノス君から離れる。
【奇跡】の力を道具に込める鍛冶屋の記憶だ。
おそらく、この世界で起こった出来事ではないか。
それに【癒やしの奇跡を担う者】という女性がいた。
クリシの話で、そういう人が最近盗賊団を壊滅させたとか、そんな話があった。
かなり最近の出来事かもしれない。
少年の手が私の指先を掴み、唇に押し当てる。
「本当にこれで終わるつもりか?
もっと続きがあるだろ?」
「ないよ」
「攻めるのは男の役目ってか?
仕方ねえな……」
ナノス君の手が私の両肩を強引に掴む!
なんと!
年下と思って甘く見ていた!
しかしそのまま、私の両肩を掴んでいた手が、静かに離れる。
え、何?
逆にドキドキしてくる。
焦らされている?
なんて高度な……
こういう技術、どこで覚えたの?
長い沈黙。
焦らすにしては、長すぎる気がする。
いや、私には焦らしの相場というものがわからないけど。
というか、何で私はおとなしく焦らされているのか。
このままではもしかすると、私はこの少年の姿をしたケダモノにセクハラされた上、
逆に私の方がセクシャルもパワーもハラスメントした悪役令嬢にされてしまうかもしれない。
反撃しなくては!
そんなことを考えていると、ナノス君の手が私の指先を取り、唇に触れさせた。
なんだか震えている。
「すまなかった。
全て俺の勘違いだ。
許してくれとは言わない。
けど、母さんには手を出さないでくれ!」
放置されている間に、色々と話が変わっていたようだ。
そういえばここにはクリシがいた。
きっと脅迫に近い何かがあったんだろう。
それにしても、自己犠牲とは随分と嗜虐心(しぎゃくしん)を煽ってくれる。
望み通り、母さんの代わりに、『躾(しつけ)』てあげましょう……
みたいなことを言い出すと思われているかもしれないが、違うんだ少年よ!
「そんな大げさな。
誰だって間違う時もあるよ。」
普通に許した。
実際何もされてないし。
クリシが私の手を取る。
「勝手ながら、悪い子がいたので少し教育を施しました。
どうぞ、真面目な話をお願いします。」
なんか恐い。
早く話題を変えよう。
「ナノス君の前世だけど、【癒やしの奇跡を担う者】って女性が出てきた。
もしかすると、これはつい最近の出来事なんじゃないかな?」
「たしかに、まだ僕の方からはエク様に話していませんでしたが、その方は女性です。
それはこの世界の出来事かもしれませんね。
ただ、最近の出来事とは限りません。
彼女は数百年前から生きているという噂です。」
数百年!
「そんな人が剣の雨を降らせるとかって盗賊団を壊滅させたの!?
とんでもないおばあちゃんだね!
そうすると記憶の女性は全然若かったし、遥か昔の出来事かな。」
「見た目では判断できません。
今の彼女の見た目は、僕たちより少し下くらいです。
【癒やし】を使って、何かしているんでしょう。
若作りですね。」
私達より下と言うと、10代前半くらい?
いわゆるエルフみたいのものだろうか。
エルフの里にいる子供が、実は何百歳みたいな。
「そうすると記憶の彼女のほうが歳上かな。
実はナノス君の前世は未来の出来事だったり?」
「いや、本当に見た目は当てにならないんです。
数十年前まで彼女は20代くらいの外見だったという噂もあります。」
混乱してきた。
とりあえず、見た目のことは忘れることにしよう。
ナノス君の前世は、この世界で数百年前に起こった出来事かもしれないし、
未来の出来事かもしれない。
そして噂によると【癒やし】の担い手は、とてもすごい人だということだ。
「それで、彼の前世は何か役に立ちそうでしたか?」
「ナノス君は前世で【奇跡】の力を道具に込める鍛冶屋だったよ。
この世界の出来事だとしたら、きっと何かの役に立つと思う。」
そして、悲しい最期だった。
ナノス君も聞いている。
今はこれ以上詳しく話すべきではないだろう。
「【奇跡】が宿った道具ですか。
たしかに稀にそういうった物が発掘されることがあるそうです。
出自はよくわからないのですが、関係がありそうですね。」
「どうにかして確認できないかな?」
「【癒やし】に会ってみましょうか」
「そんな簡単に会えるの?」
「いえ、基本的にはどこにいるかわからない気まぐれな人です。
しかし最近は近くの村にいるそうです。」
なんて都合がいい。
善は急げ。
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