今日のスケジュールである、二科目の試験が終わる。
しかし、未だ永射さんが帰ってきたという連絡は、入ってこなかった。
クラスメイトたちも、試験に集中しきれないようで、試験時間中、時計や双太さんをチラチラと見ている子が多かった。他ならぬ僕もその一人だ。
解答用紙が回収される。言い訳をするつもりはないが、どうにも答えが浮かんでこなかった。別の日に、というか気にかかることがないときに出来れば、もっと埋められたのにな、と悔しくなる。
双太さんが解答用紙をまとめて、全員分が集まったかを確かめる。その確認が終わると、
「よし、回収完了。それじゃあ、今日だけはこのまま終礼にしようか。明日は英語、古典、保健の三科目だね。皆、復習を怠らないように」
すぐに生徒たちに帰ってもらおうと、駆け足で明日の試験科目を説明してから、終わりの挨拶に移ろうとする。そして、双太さんに促され、日直の子が起立の号令をかけようとしたとき、職員室の電話が鳴ったのが聞こえてきた。
「……ん、帰ってきたのかな」
双太さんが呟きながら、急いで職員室へ走っていく。受話器を取る音がして、双太さんの声が途切れ途切れにだけ聞こえてきた。
「……ふう、人騒がせね」
「あはは……どうしたんだろうね。ひょっとしたら、電波塔関連かも? 大雨だしさ」
「稼働前に故障しちゃったとかかー。有り得るかもしれないわね」
昨夜は雷雨だったし、雷が電波塔に落ちて損傷してしまった、とかは考えられなくもない。ただ、それならもう少し大騒ぎになっていてもよさそうではあるが。
そのとき、職員室の方から、双太さんの驚いたような声がした。本当ですか、という言葉も聞こえてくる。
「……何だろ」
「さあ……本当に、電波塔が故障してたとか」
大騒ぎ、起きてるってことかな。
双太さんはほどなくして戻ってきた。だが、その表情は曇っていて、
「みんなお待たせ。中断しちゃってごめんね。挨拶をしたら、今日はまっすぐ家に帰るんだよ。大雨だから、気をつけてね」
そう言いながらも、別のことに気を取られている様子だった。
僕らは、双太さんの様子に若干戸惑いつつも、いつも通りの帰りの挨拶をして、解散することになった。クラスメイトたちは、何があったのか、自分たちの予想を話し合いながら、帰っていく。双太さんは、ある程度それを見送ってから、自身もすぐに職員室へ引き返し、傘を持って外へ出ていった。
「じゃあ、私たちも帰りましょうか。ちょっと心配だから、満雀ちゃんを送ったら、佐曽利さんの家にも行こうかしら……」
「私も行きたいな。虎牙くん、今までこういうことなかったし」
「駄目だよ、満雀ちゃん。双太さんにもまっすぐ帰ってって言われてるしね。龍美も、気持ちは分かるけど酷い天気だし、スマホで連絡とるくらいにしておこう」
「んー、まあそうね。明日にはどうせむすっとした顔見せてくるだろうし」
渋々ではあるけれど、龍美は納得してくれたようだ。こんな雨の中、女の子が出歩くのは危ない。龍美にそんなことを言ったら、かえって怒るんだろうけど、僕としてはやっぱり心配だ。
「傘はある? 風も強いから、小さいのだと折れちゃいそうだけど」
「大丈夫、大丈夫。玄人こそ、女の子みたいにほっそい体なんだから、気をつけるのよ」
「あはは……了解」
龍美は僕の背中を軽く叩くと、満雀ちゃんの手を握って、
「それじゃ、また。もし虎牙見つけたら、連絡ちょうだいね」
「うん、分かってるよ。またね」
「ばいばいー」
そして、僕らは別れた。
外は豪雨だ。傘を差して歩こうとするけれど、前へ進もうとするだけで雨粒が顔や手足にぶつかってくる。昨夜から、一向に止む気配がないばかりか、だんだんと勢いが強くなっているようにも思えた。
龍美や満雀ちゃん、それに虎牙も心配だけど、双太さんも何処に呼ばれていったのやら。永射さんの家なら学校から近いが、別の所に向かっているのなら、大変だろうなあ、と思った。今日一日は、家に籠っておくのが大正解だ。
「……ん?」
自宅までの道を、傘を前に突き出して歩いていると、視界に妙なものが映った気がした。そんなはずはないと思うのだけど、この暴風雨の中、傘も差さずに走っていく人影が見えたのだ。
ゴロゴロと、雷雲が音を立てている。近くに落雷があるかもしれない恐怖も頭をよぎる。こんなときに、身一つで外に出る人間がいるだろうか。きっと、今の人影は僕の見間違いなのだろう。
「……」
それでも、もしかしたらという疑念がどうしても消せない。この前、理魚ちゃんが雨の中ふらふらとさ迷い歩いていたことも、その疑念を強くする理由の一つだった。また、あの子が出歩いているのかもしれない。だとしたら、流石に危ない。
人影は、森の方へ向かったように見えた。勿論、見間違いの可能性の方が高いけれど、疑念を解消しておくためにも、一度確認だけには行っておこう、と僕は決心し、歩く向きをくるりと変えて、森の方向へゆっくりと歩いていった。
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