「いやー、いつもありがとう。おかげで満雀ちゃんも退屈しなくて助かってるよ」
十二時半を少し過ぎたころ、採点や後片付け等を終えて、双太さんが教室へ戻ってくる。満雀ちゃんは、近づいてきた彼に、
「うゆ、楽しくて、好きだよ」
そう言って、満足気に笑った。
月光ゲームの優勝者は、今の笑顔が示すように満雀ちゃん。かなりの接戦だったけれど、一コマ差で彼女が勝利したのだ。龍美は油断したのかどうなのか、わざと『Y』を狙いに行った結果、最後に崩れたような印象だった。詰めが甘いぞ。
「それ、月光ゲームって言うんだっけ。満雀ちゃんから聞いたことあるよ。龍美ちゃんが考えたんだってね」
「えっ、聞いたんですか? それはちょっと恥ずかしいんですケド……」
「いやいや、良く出来たゲームじゃないか。でも、どうしてそんな名前に?」
知らない人からすれば、当然の疑問だろう。龍美が簡単に、そういう推理小説があることを説明すると、
「へえー……作者さんの名前くらいは聞いたこと、あるけどね。ううん、なるほどなあ」
双太さんは、そう言いながら何度か小さく頷いた。
「僕はてっきり、白が満月で、黒が新月だから月光ゲームなのかなあって思っちゃったけど」
「……ほう、そういう考え方もありますね」
今度は龍美が感心する番だった。
知らないからこそ、違う回答が出てくる。今のは正直、僕としても目から鱗の意見だった。
「長いこと、すまないね。もうそろそろ皆もご飯が待ってるだろうし、気をつけて帰るんだよ。僕も全部片付いて、満雀ちゃんと一緒に帰れるから」
「はーい。じゃあ、また明日ですね」
「うん。よろしく頼むよ。あと、それから」
双太さんは、そこで僅かに表情を曇らせて、虎牙に向き直った。
「家に帰ったら絶対勉強すること。いいね?」
「……お、おう」
それで僕らは、全てを察した。
*
帰り道。
虎牙は佐曽利さんの家が森の方向にあるため、すぐに別れて、龍美と二人で歩いている。今日もまだ、天気は良くない。夏場だと、その方がありがたかったりもするけれど。
「明日は永射さんちの近くにある集会場で、説明会があるんだったわよね」
「そうみたい。僕の家は全員で行くけど、龍美のとこは?」
「真面目な性格だからねえ、ウチの両親も行くわ」
そう言って、彼女は溜息を吐いた。
「私も誘われたから、断るのもどうかと思って、この前の説明会には行ったわ。でも、今回のはどうしようかしら……」
「最後の説明会だから、総括した報告になりそうだけど」
「でしょうね。でも、なーんかしんどいのよね、ああいう場って」
龍美は苦い表情になって、足元に転がっていた小石を蹴った。それは、水田の方まで転がり、ポチャリと音を立てて落ちた。
「瓶井さんのことは勿論知ってるわよね」
「そりゃあ。満雀ちゃんと双太さんも、この前ちらっと話してくれたしね」
「へえ……。まあ、聞いたかもしれないけれど、あの人が一番電波塔計画に反対している人だから。説明会の後半は、大体あの人を中心にして、永射さんとの舌戦みたいになるわけ。毎度そうなってるみたい」
「うん」
「んで、鬼に祟られるぞって締め括ったのが前回の説明会だったの。何て言ってたかなあ……鬼のこと、もうちょっと詳しく話してた気はするのよ。スイキがどう、とか」
「……スイキか」
それが鬼のことを言うのだとしたら、『キ』の部分は『鬼』のような気がする。だとすると、水鬼や吸鬼という漢字が当てはまりそうだが。
鬼は三匹いるという話だし、その内の一匹なのかもしれないな。
「私も、鬼のことは気になってるからさー。瓶井さんと話す機会があったら聞いてみたいもんだけど。……ちょっと、近寄れないわよね」
「あはは……それは僕もだよ」
聞いておいてほしい、なんて言われたら、丁重にお断りするところだ。
「八木さんも、流石に伝承のことは詳しくないみたいだし。仕方ない、か」
龍美はそう言って、もう一度小石を蹴ってから、僕の方に振り返った。
「じゃ、私はここで。おつかれさま、また明日も頑張りましょうねー」
「ん。また明日ね」
別れの挨拶をすると、龍美はくるりと軽やかに身を翻して、彼女の家の方へ歩いていった。
「……」
三匹の鬼、か。
昨日のことはなかったことにしようと、言われたけれど。
鬼のことは、どうしても気になるようになってしまったな。
あんな冒険までしたのだし、チャンスがあればもっと調べてみたいと、僕は心中、そう思っていた。
……あくまで、誰にも迷惑が及ばない程度に。
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