この満ち足りた匣庭の中で 一章―Demon of miniature garden― 【ゴーストサーガ】

匣庭は繰り返す。連続殺人ホラーミステリ、出題篇
至堂文斗
至堂文斗

呪いが蝕む

公開日時: 2020年10月11日(日) 21:09
文字数:1,628

 家に帰ってから、やることもないので僕は明日に備えて試験勉強をしていた。途中、スマホをいじって遊んだりしながら。

 他の二人は何をしているのか、グループチャットの発言もない。静かに、のんびりと時間は過ぎていった。

 夕食の席では、明日は何時ごろに家を出るのかとか、そんなことを軽く打ち合わせた。僕らは初めて参加するので、どんなものかは人づての情報しかないのだが、定時にはきっちり始まるらしく、それより早く着くようにしよう、ということになった。

 ……ひょっとしたら、瓶井さんの話を間近で聞けるかもしれないな。少しばかり、不謹慎な考えかもしれないけれど。


「……ふぅ」


 風呂を終え、電気も点けずに部屋のベッドに倒れ込む。何だか最近、疲れやすくなってきている気がした。気苦労が増えたからだろうか。何にも考えずにいられる時間は、確かに減ってきているが。


「まあ、健診でも異常なしって言われてるし。ただの疲れには違いないんだけどさ」


 それに、都会で暮らしていたときに比べれば、全然大したことではない。

 ふと、時計を見る。時刻はもうすぐ、九時になろうかというところだった。

 大きな欠伸を一つして、僕は電気くらい点けようと、立ち上がる。

 ――いや、立ち上がろうとした。

 でも……動かなかった。

 足が、棒のように固まって……動かせなくなっていた。


「……え」


 立ち上がろうとした勢いそのままに、僕は床に倒れ込んでしまう。辛うじて手を前に突き出して、受け身を取ることは出来たが、体中が痛む。

 どうして? 何度も何度も、足を動かそうと力を入れようとする。それでも、足には何の感覚もなく、ぴくりとも動かない。まるで――まるで、そこだけが死んでしまったかのような、そんな。

 体から、血の気が引いた。

 突然の事態に、頭が真っ白になる。

 そして、この体の異常が、足元から徐々に徐々に上ってくるような、そんな恐怖が押し寄せて。

 僕は声にならない声を上げながら、しばらく床を這いずった。

 体が、冷たくなっていく。

 意識が、消えそうになっていく。

 苦しい。吐きそうだ。

 誰か……。

 恐慌は、どれくらいの間続いたのか。果てしない時間にも思えた苦痛。だがそれは、時間にして数分もない僅かな間のことで。


「……」


 暗闇に、僕の荒い息だけが響く。落ち着こうと試みるほど、胸は苦しく、耐えがたくなる。

 更に、刺し貫くような頭痛が、追い打ちをかけた。


「――ッ」


 ああ……また、聞こえるような気がする。

 唸り声が……聞こえてくる、ような。

 そんな……。

 いつのまにか、足は動くようになっていた。だけど、その両足は、すっかり冷え切ってしまっている。白い、血の気が引いた足。多分、僕の顔も今、蒼白になっていることだろう。

 金縛り。そんな単語が、ふいに思い浮かぶ。今の現象を説明できる答えといえば、それくらいしかないけれど。

 でも、どうしてこんなときに、僕は金縛りになんかなってしまったのだろう。

 疲れのせい? 確かに、金縛りは医学的には睡眠麻痺と言われていて、過労や睡眠不足から起きると考えられているが、就寝中でもなく、意識がハッキリしているときに突然起きるなんて、あるのだろうか。

 瞬間的に、疲れのせいで寝惚けてしまっていた? そうであれば、可能性としてなくはないのだろうが……。

 痛む頭で、あれこれ考えていると、急に振動音がして、心臓が止まりそうになった。……スマホの通知だ。

 驚かせないでよ、と冷や汗を拭って、僕はその画面を映した。


『私たち、鬼に呪われたりしてないよね』


 龍美の発言だった。

 飾り気のない、シンプルな文面だった。


「……は?」


 ふざけてるわけじゃ、ないよな。

 でも、じゃあ……。

 僕は急いで返事をする。指が震えているのに気づいたけど、そんなことはどうでもいい。


『どうして?』


 すぐに既読が一つだけ付いて、その数分後、龍美から返事が来た。

 ……それは、文章ではなく、画像ファイルで。

 彼女の部屋で撮られたらしいその写真には、ノートいっぱいに書き殴られた、文字があった。


 『死』……その一文字が。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート