世界史と化学の二科目が終了し、十時三十五分には終礼の挨拶となる。色々とあり過ぎて、正直なところ問題を解ける自信が無くなってきていたのだが、案外授業で聞いたこと、ノートに書きとったことは、記憶の奥に、ちゃんとしまい込まれているものだ。とりあえず、六十点を下回ることはなさそうで、一安心だった。
これで試験の週は終わり、月曜日に試験結果と通知表が渡されて、一学期が終了する。他所よりは長いけれど、その長さを感じさせない学校生活だった。
「何だか試験の週は、皆との時間が減っちゃって寂しいな。来週の月曜日が学期末で、しばらく夏休みに入っちゃうし」
終礼の後、満雀ちゃんは僕と龍美に向かって、そんな思いを吐露してきた。病弱で、僕たち以上に安静が必要な彼女にとって、僕たちと他愛のない話をしていられる時間は、とても貴重なものなのだ。無論、その気持ちは僕たちも同じだけれど。
「……ねえ、玄人。外見てよ」
「ん?」
龍美に促され、僕は窓の方に目を向ける。
「ああ……雨、止んだんだね」
「そうみたい」
まだ、灰色の雨雲は空の上に留まっていて、いつまた振り出してしまうかは分からないけれど。久しぶりに、雨は止んでいた。
「……ね。せっかくだから、満雀ちゃんを連れて、秘密基地に行きましょうよ。学校、もう閉めちゃうみたいだし、どうせなら基地で話をしながら、ムーンスパローの調整もしておきたいわ」
「まあ、そうしてもいいかもね。この前ムーンスパローを試しに行ったの、六日前くらいだし。あれを作るようになってからは、大体四日に一回は基地に行ってたから、むしろ間が開いちゃったくらいかな」
「うんうん。秘密の話をするなら、あっちの方がいい気がするし」
……それは、あくまで個人の感想ってやつだと思うけど。
「うゆ、内緒話?」
「ああ、いや。ほら、丁度雨が止んだから、秘密基地に行こうかなーって相談してたんだ」
「本当? 私も行きたい」
「そう言うと思ったわ。でも、双太さんに遊んでいいって許可をもらってからにしないとね。それに、お昼までにしておきましょう」
「うん、分かった。多分問題ないと思う」
無邪気な笑顔で、満雀ちゃんは答える。それからほどなくして双太さんが現れたので、
「双太さん、双太さん」
「おっと、どうしたんだい、満雀ちゃん」
「お昼ご飯の時間まで、龍美ちゃんたちと遊んでてもいいかな」
「……そうだね。ここしばらく、気分も塞いでるだろうし。全然構わないよ。でも、疲れない程度にね」
「おっけーだよ。ありがと、双太さん」
この天使のような笑顔には、双太さんも弱いらしい。彼はほんの少し顔を赤らめて、
「僕にお礼なんて言わなくても。……二人とも、ありがとうね」
「いえいえ、僕らだって、満雀ちゃんと遊べなきゃ寂しいですから」
「その通りっ。だから、双太さんも気にする必要はないですよ」
「ははは。いつも、頼りにしてるよ」
純粋にそう思ってくれているのが伝わってくるので、何だか照れ臭くなる。僕も龍美も、自然と口元がにやけてしまった。
「じゃあ、二人とも。早く行こー」
満雀ちゃんが、待ちきれないと言った様子で、僕と龍美の服の袖を引っ張る。その愛らしい仕草にもにやけつつ、
「よし、それじゃ行きますか。双太さん、後は任せてくださいな」
「ああ、よろしくお願い。また雨が降ってくるかもしれないから、そのときはすぐに帰るんだよ」
「心得てます」
「任せてくださいな」
そう答えて二人で頷き合うと、僕たちは満雀ちゃんの手を取り、双太さんに別れを告げて、学校を出た。
双太さんは、僕たちが敷地を出るまで、優しい笑顔で見送ってくれていた。
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