この満ち足りた匣庭の中で 一章―Demon of miniature garden― 【ゴーストサーガ】

匣庭は繰り返す。連続殺人ホラーミステリ、出題篇
至堂文斗
至堂文斗

一日の終わり

公開日時: 2020年10月3日(土) 10:51
文字数:1,062

「ただいま」


 家に帰ると、両親がおかえり、とすぐに返してくれる。僕はさっさと洗面所で手洗いうがいをして、自室に鞄を置きに行く。部屋の時計を見ると、もう六時になるところだった。昨日もこれくらいの時間に帰って来たな。

 誘惑に負けたので、ベッドに倒れて、少しだけ今日の疲れを癒す。ともすれば眠ってしまいそうになるけれど、そこは毎度のこと、母さんが眠気を覚ましてくれる。晩御飯よ、という呼び声だ。

 一階へ下り、リビングへ向かう。父さんは席について眼鏡を拭いていて、母さんは料理を手に、キッチンとリビングを行き来していた。僕も自分の席に着く。


「いただきます」


 料理が並び、母さんが席についてから、三人で合掌して食事にとりかかる。

 もう、慣れた営みだ。


「今日は病院、どうだった?」

「そんなのいつもと変わらないよ。健康そのもの」


 満生台へ引っ越してきてもう一年、時間が経つのは早い。僕だけでなく、両親も不安で一杯だっただろうけれど、今ではそんな陰もなく、喜ばしい限りだ。

 父さんは、以前まで勤めていた会社を辞め、IT系の企業に何とか就職して、この家で仕事をしている。永射さんが推進しているテレワークの実行者というわけだ。遅くまで働き、ヘトヘトで帰って来ることの多かった父さんも、今はこうして家族といられる時間が増え、有難いとよく口にしている。あの頃の時間は取り戻せないが、今は充実していると。

 母さんも、専業主婦なのは変わっていないけれど、やっぱり父さんが家にいることで、気持ちも大分違うらしく、笑顔が増えた。いや、それは母さんだけでなく、家族全員なのだけど。

 それから、料理も美味しくなったと思う。特に、オムライスを作る腕はかなり上がったんじゃないだろうか。昔は卵が固くて、チキンライスもケチャップの量がまちまちだったし。

 ……あいつも……、……いや。


「あ、そうだ、母さん」

「うん、どうしたの?」

「明日、お昼過ぎに出かけるから。帰りは多分、今日と同じくらいだと思う」

「あら。また皆で集まるの?」

「そうそう。満雀ちゃんもいるし、遅くはならないよ」

「そうね。あの子、遠くへはいけないでしょうしね」

「今は……ね」


 満雀ちゃんは、この満生台から出ることは難しいのだろう。両親も、それを許可したりはしなさそうだ。

 でも、いつかは満雀ちゃんと、外の世界で遊んだり、観光したりしたいな、と思っている。それは、他の皆も同じ筈だ。


「せっかく四人、仲良くなれたんだし、いつかは一緒に、どこへでも行けるんだって風になりたいもんだよ」


 その言葉に、父さんも母さんも、笑って頷いてくれた。

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