「しっかし、こんなところに来てまでよく試験勉強出来るよなあー……」
「ていうか、一番やらないといけないのは虎牙だと思うんだけど?」
「うゆ……また赤点は取ってほしくないです」
「ぐ……」
満雀ちゃんにまで言われると反論し辛いのだろう、虎牙は言葉を飲み込んで、椅子にふんぞり返った。
「……お前らの話聞いとくから、大丈夫だ」
「何も持ってきてないんだね……あはは」
彼の性格上、分かっていたことではあるが。
「虎牙の言いたいことも分かるんだけどねー。都会で住んでるならまだしも、満生台に永住するなら、そこまで勉強しなくてもってちょっとは思うわ。でも、農業で食べていける人は限りがあるし、永射さんが打ち出してるみたいに、いずれは外から仕事を取って来て、満生台でテレワークみたいなのが増えてくるだろうからさー」
「そうなると、学力を求められる場面もありそうだね、うん」
ほんのちょっとだけ不安そうに、満雀ちゃんが同意する。別に、満雀ちゃんの学力は十分だと思うけど。そもそも、一つ年下なのに、同じ範囲を勉強してるわけだし。
「いいー? ここの問題はね、先週出て来た方程式を使ってやるのよ。記号が難しいと思ったら、丸とか四角とか、頭の中で勝手に変えて覚えたらいいの」
「これかな。ありがと、龍美ちゃん」
「んふふ、どういたしまして」
……どうも、龍美のにやけた顔を見ると、篭絡されているのは龍美の方じゃないかと思ったりもするんだよなあ。
「数学はよー、ⅠとかAとか種類があるから嫌なんだよ。頼むから一個にまとめてくれ」
「多分、まとめても量は変わらないから、あんたは覚えきれないわよ?」
「嘘だろ……」
「残念ね……」
化学とか数学とかは、虎牙の永遠の敵だろうな。
「……ん?」
ふと、電子音が鳴っているような気がして、僕は耳を澄ませた。……間違いない、音が鳴っている。
「何か、受信してるんじゃない?」
「えっ?」
僕の言葉に、龍美はシャーペンを放り出し、慌ててノートパソコンの前に座った。するとすぐに、
「本当だ、反応してるわ!」
パッと笑顔になって、そう声を上げた。
僕らはどんな画面になっているのか気になって、龍美の元に寄る。ディスプレイを覗き込むと、なるほど、さっきは一直線だったグラフが、僅かに上下しているのが見て取れた。
「ふーん、こんな風になるのか……」
「どんなのを受信してるの?」
「えとね、記号化されてるから、日本語に直されたのがこっちに出てきて……うん、誰かが交信してるみたいね。『ありがとう、またよろしく』で切れちゃったけど、だいたい受信できてるわ」
「すごいよ、龍美ちゃん! わあー、私たちで、無線通信が出来ちゃったんだね」
「ねー。とは言っても、全然精度は高くないから、これからアンテナ調整していかなくちゃいけなさそうだけどね。ふふ、ここからが勝負だわ」
「燃えてやがるなあ……ま、俺もこれは素直にすげえと思ったが」
「だね。まさか、すぐに受信出来ちゃうとはなあ」
実のところ、これはほんのお遊びのようなもので、出来なくて当たり前、ほんの少しでも電波が届けば大金星、くらいに思っていたのだが、蓋を開けてみればそれ以上の結果が出たわけだ。勿論、八木さんが使っていたパソコンや、秤屋商店に売っている機械部品の性能が良かったというのもあるだろうが、龍美の努力も中々のものだった、ということだろう。僕らの努力もまあ、微々たるものではあるが意味はあったか。
「凄いねー……」
「私たちでも、頑張ればなんとかなるのよ。肝心なのは、諦めない心ね」
「良いこと言うな。俺にもその心をくれ」
「自分の心なんだから、自分でなんとかしなさい」
「ちぇっ」
虎牙も、龍美に突っかかりながらも、やはりどこか嬉しそうだ。
達成感は大きい。
「……ま、このネット社会なんだから、EMEなんて通信方法使わなくても、幾らでも通信方法はあるけどさ。というか、毎日スマホでやりとりしてるけどさ。……こういうのも、いいもんよね」
「夏休みの工作ってあったけど、それをまたやってる感じがするな」
「あんた、真面目にやってたの?」
「だから今、やりがいを感じてる」
「あはは……」
そりゃあ、昔は不真面目だっただろうなあ。今でも怪しいけど。
「それにしても、今でもこんな風に通信してる人っているんだねえ」
「そうだね。案外すぐに受信出来たってことは、EMEで通信してるアマチュア無線家は案外多いのかも」
「無線っていうのがそもそもロマンだから」
「お前、絶対日曜の朝とかテレビにかじりついてただろ」
「失礼ね、今でもたまに見るわよ」
……見るんだ。
「……でも、なんだかさ。アマチュア無線家がこうして不便な通信をしようとするのって、都会に住んでた人が、田舎にやって来るのに少し似てるんじゃないかなって気がする」
「うーん。ま、少しは似てるかもね」
少し考えてから、龍美は同意してくれる。
「そこにしかないものを求めて、なのよ。結局」
「……多分、そういうものだね」
そこにしかないものを求めて、か。
中々いい言葉かもしれない。
それから僕たちは、また机に向かって期末試験の対策勉強を、それぞれ力の入れ様は違うけれど頑張った。パソコンは点けっぱなしにして、プログラムも起動させておいたので、それから二回ほど、どこかの電波を拾って文章を表示させていた。そもそも微弱な電波を拾う通信方法なので、断片的ではあったけれど、それでも十分、僕らをワクワクさせてくれた。
そんな楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、勉強に一区切りついたところでテントの中にある時計を見ると、時刻はもう午後四時を回っていた。僕らにとってはまだ早い時間だが、満雀ちゃんにとっては、今くらいが丁度いい時間だろう。長いこと外で過ごすのは、あまり体に良くないから。
「んー……、ふう。今日は充実した活動になったわね。それじゃ、このくらいで解散ってことにしましょうか。ささっと片付けて、空が暗くなってくる前に帰りましょ」
「ほいよ。充実はしたけど、俺は滅茶苦茶疲れた。主に頭が」
「知恵熱出して試験休まないでよ」
「うるせえ」
そんな虎牙は確かに疲れているようで、ちょっと足元がふらついている感じがする。それでもテキパキとアンテナを解体して、テントの中にしまってくれた。僕と龍美も手分けして、パソコンと周辺機器をさっさと片付けてしまう。
「完了っと。虎牙、今日はあんたが満雀ちゃんをエスコートするんだから、しっかりしなさいよ」
「分かってるよ。こんな頭痛、すぐ治らあ」
「頼んだよ、虎牙」
「お願いするぞー」
満雀ちゃんは呑気な声で言うと、そっと虎牙の手をとる。虎牙は、そんな彼女にほんのちょっとだけ微笑を浮かべてから、
「じゃあ、帰るぜ。お前らも残ってイチャつかずに、さっさと帰れよ」
「何ですってー!」
龍美がすぐさま反応して声を上げる。急に巻き込まれた僕は、ツッコミが追いつかずに口をパクパクさせるだけになってしまった。
虎牙はしたり顔のまま身を翻して、満雀ちゃんの手を引っ張って、秘密基地を出ていく。鬱蒼とした森の中なので、二人の姿はすぐに見えなくなった。
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