元は寂れた村――こう言っては失礼だけど――だったこともあり、満生台は南東側が海に、北西側が山になっており、外部に繋がる道も、山中に一本しか通っていないという、閉鎖的な環境だ。
立地だけでなく、内部の問題はなるべく内部で完結させるという方針もあり、人々の感情的にも、どちらかと言えば排他的なスタンスをとっている。
満生台は、発展と停滞がごちゃ混ぜになっている不思議な街とも言えるだろう。
街を少し外れたら、こんな鬱蒼とした雑木林が広がっているのも、何だかそれを物語っているように思える。
昔は一つの村だったようだが、何十年も前に、近隣の光陽町という町と合併して、今は正式には、光陽町満生台という地名になっているのだし、緊密な関係を築いていけば、もっと発展していけそうな気もする。
でも、きっとそれでは難しいのだろう。
満ち足りた暮らしを掲げていくことが、困難になっていくのだろう。
大きな町に吸収されていても、ここは一つの『街』なのだ。
だから、曲げることなく一つのコンセプトを掲げていけるのに違いない。
この街には、満ち足りた暮らしを求めて、多くの人がやって来た。
真智田家だって、その一つだった。
林道を抜けると、やがて田園の風景が広がる。新築の住宅ばかりの中に、こうして田園が混在しているのも、満生台の特徴であり、ある種の魅力だろう。近代的でありながらも、都会特有の冷たさを感じなくて済む、というか。
それに、ここに住む人には、農業以外に出来る仕事が少ないという、現実的な理由もある。まあ、ここへ移住してくる人の殆どは、それを前向きに考えているようだけど。つまり、都会を離れてスローライフ、というやつだ。
田園地帯を抜けると、すぐに住宅の並ぶ通り。ちぐはぐだ。でも、このちぐはぐ具合が、満生台なんだと感じる。
「あら、玄人くんじゃない」
ふいに、声を掛けられた。もう聞き慣れた声だ。
「こんにちは、千代さん」
ぼうっと歩いてきたが、ここは秤屋商店だったか。考え事をしていると、周りが見えないのも僕の悪い癖だ。
「いつも通り、ぼんやりさんね。気をつけないと転んじゃうわよ?」
「あはは、気をつけます。千代さんは、そろそろ店じまいですか?」
「そうね。もう六時だし、片付け始めようかとね」
「おつかれさまです」
千代さんは、この秤屋商店で働く夫婦の一人娘だ。まだ二十歳らしいのだが、今は千代さんが店の全てを任されているらしい。何でも、商売に疲れたから後は頼むと言われたそうな。……災難だ。
満生台で唯一のお店である、この秤屋商店は、『商店』と聞いて誰もが想像するような規模では決してなく、殆どスーパーマーケットに近い品揃えで、それを千代さんが一人で切り盛りしているのは、本当に凄いと思う。流石に繁忙期はバイトを募集するようで、学校の生徒が我先にと飛びつくのが常だ。
「どこへ行ってたの?」
「うーん、散歩ですかね」
「もう、お年寄りじゃないんだから」
「似たようなもんです」
こらこら、と千代さんは背中を軽く叩いて笑う。でも、ここで過ごしていれば、僕みたいな人間は、すぐにお年寄りみたいになってしまうのだ。それが楽だから。
「ちょっと山の方から、景色を」
「ああ、綺麗だもんね。いやあ、私が子供の頃は、ド田舎だったのにねえ」
「ち、千代さん」
「ふふ。でも本当に。変われば変わるものだわ。今の方が、満生台の名前には相応しいのかも」
「……かもですね」
しみじみとそう口にする千代さんの視線の先にはやはり、満生総合医療センターがあった。
皆、そう思っているわけだ。
満生台はあの医療センターを中心に回っている。
「それに、これからもまだ、変わっていくのよね」
「あれ、ですか」
そう、と頷いて、千代さんは医療センターに背を向ける。
山の方角。彼女が目を向けた先には、夕陽を受けて輝く、細長い塔があった。
木々の間から突き出した、骨組みのような、尖塔。
それは、満生台の暮らしをより満ち足りたものにするため作られた、新しい建造物。
「ああなっているのを見ると、ちょっと綺麗、かな?」
「……かもです」
僕と千代さんは、しばらくの間、それに見惚れていた。
茜に染まった、とても大きな電波塔を。
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