期末試験は、今日から一週間に渡って行われる。一日の科目数は二つか三つ。今日は現国、数学A、日本史の三科目だった。
勉強は十分に出来ていたので、そこまで悩んだ問題もなく、解答にはある程度の自信が持てた。龍美と満雀ちゃんも、満足気な表情をしていたのだが、当然のごとく虎牙は、仏頂面をぶら下げていた。
「もうちょっと真面目に勉強してればーって、毎回言ってるんだけどね」
「いいんだよ、どうせこの時期が終われば関係ねえんだ」
「まあ、そうかもしれないけど……」
点数低いって、プライドが傷つかないかなあ。虎牙は特に、自尊心が強い気がするんだけど。
……というか、強いからこんな顔になってるんだよね。
試験は一科目につき五十分で、休憩時間もいつもと同じだから、全てが終了したのはちょうど、三時間目が終わる時間、十一時四十分だった。他の生徒たちは、集まって答え合わせをしてみたり、或いは諦めてさっさと帰ったりしている。何にせよ、十分もしない内には、教室から皆いなくなってしまうだろう。せっかく早く帰れる期間なのだし。
「……さて、というわけで、今日のところは終わったわね」
他のクラスメイトたちが教室を出ていく中、僕らは満雀ちゃんの席の近くに集まっている。別に、答え合わせをするわけではない。虎牙も、聞いたところで手遅れだろうし。
そうではなく、僕らは今から少し、時間を潰す必要があるのだった。
「双太さんって、戻るのいつぐらいだっけ」
「一時前くらいよ。忙しいわね、時間が空いた分だけ病院でも働かないといけないって」
「充実してそうな顔してるけどな」
「そうね。双太さんも、満ち足りた生活が出来てるわけだわ」
先生としての仕事も、医師としての仕事も。一所懸命に出来て、きっと満足しているんだろう。ちょっと頼りない顔をしているけれど、でも確かに、龍美の言うように、双太さんは今を充実させているような感じがした。
「じゃ、双太さんがこっちのお仕事終えるまで、大人しく遊んでおきましょ」
「うん。お手柔らかによろしく」
「はー……、かったりぃ」
「ふふ。ありがと、皆」
そう、僕らはこれから一時間ほど、時間を潰さなくてはいけないのだ。双太さんが先生としての仕事を終わらせて、病院へ戻るまで、少しだけ。
満雀ちゃんは、いつも双太さんに付き添われて登下校している。だから、彼が病院へ帰るまでは、満雀ちゃんも学校にいなくてはならない。それまでの時間、満雀ちゃんが退屈しないようにということで、僕らが遊び相手に立候補したのだ。それまでの満雀ちゃんは、ただただ暇そうに待っていたらしいが、僕らと遊ぶようになってからは、今みたいに笑顔で待っていられるようになっていた。
「よし……やっぱりこれかしら」
龍美は、自分の鞄の中をしばらく漁り、折り畳まれたゲーム盤を取り出して、それを広げて中のコマを取り出してから、机の上に置いた。オセロ盤だ。
「何となく、最初はコレをやっておきたいのよね」
「あはは、龍美が考えたお気に入りだもんね」
「だって、案外皆も気に入ってるじゃない」
「俺は大体のモンは苦手だ」
「あんたはいいの」
「……」
虎牙はキッパリそう返されて、無言のまま龍美を睨んだ。
龍美が考えた、と僕が言ったように、今からやるのはただのオセロではない。オセロの基本的なルールに、彼女がアレンジを加えた独自のゲームなのである。
「月光ゲーム、ね」
「そうそう、覚えててくれたんだ」
龍美らしいネーミングセンスだと思ったものだ。
ルールとしては、ある一点以外はとても単純。まず、オセロの盤面は通常の八×八マスではなく、そこから二つずつ削って六×六マスしか使わない。そして、コマの数もそれに合わせるようにして減らし、白黒ともに十七枚ずつの合計三十四枚となる。最初の並べ方は、通常と変わらず、白と黒を盤の真ん中に、互い違いになるようにして二枚ずつ置く。そして、十五枚のコマでひっくり返しあって、全てのコマを置ききるか、それ以上進行できなくなった時点の、盤上のコマ数で勝敗を決めるのだ。
ここまでは、盤面数とコマ数を削っただけのオセロということになるのだが、そこに特殊なルールが一点だけ加わる。言葉で説明するのはややこしいのだが、同じ辺の両端と、その反対側の辺の中央にコマを置いたとき、通常の取り分に加え、三点を結ぶ線上のコマを全て自身のコマに変えられる、というルールだ。つまり、ゲームの最終場面、それが成功すれば『Y』の形にもコマを取れるのである。盤面の数は偶数なので、中央部分のコマは二ヶ所置き場があり、どちらに置いたかで『Y』の形は少しずれるのだが。
「まさに月光ゲーム、でしょ? オセロで遊ぶシーンだってあったし、もうこのネーミングしかないって思ったわ」
「コマが十八枚じゃなくて十七枚なのも、登場人物の人数だから、だもんね」
「ふふ、よく気付いてくれたわよねー」
一応、僕も読んだことはあるし。
単純な遊びだけじゃつまらない。そんな龍美の考えから作られたこの月光ゲーム。如何にも素人が適当に考案しましたという風ではあるけれど、僕らはこれでよく遊ぶようになっていた。月光ゲームで白黒をつける、という表現も、ちょっと面白い。
盤面に最初のコマを並べ終え、僕らはジャンケンでプレイヤーを決めることにする。その結果、僕と龍美が勝ったので、まず二人で対局することになった。盤を挟んで向かい合わせに座り、側面には虎牙と満雀ちゃんが座った。
「お手並み拝見ってとこね」
「あはは……自信ないなあ」
「仮にも考案者だからね、負けられないわ」
そして、第一戦が始まった。
オセロの必勝法は角を取ること、というのは基本中の基本だ。僕も龍美も十分理解しているから、互いに探り合いとなる。コマの数が少ないこともあって、序盤から結構な長考が多くなるのだ。
どこで仕入れた話だったかは忘れたが、オセロは互いのプレイヤーが最善手を取り続けた場合にどちらが必勝となるかが研究されていて、六×六の盤面では、十六対二十で後攻が必勝となるのが解明されているという。
しかし、月光ゲームのルールであれば、話は別だ。可能性は低くても、『Y』の特殊ルールが全てをひっくり返す可能性を持っている。通常ルールで取れるコマにプラスして、真ん中周辺のコマもとれるのだから、まさしく大逆転の技なのである。
「うーん……」
……その『Y』が使える可能性は、本当に低いけど。
最終的に、僕と龍美の勝負は十四対二十で、先攻の龍美が勝利した。接戦だとは思うのだが、やはり後半に巻き返されるのが辛い。最後まで勝ち負けが分からないから、油断ならないな。
「ふふん、どんなもんよ。じゃ、次は虎牙と満雀ちゃんね。五分でやっちゃいなさい、満雀ちゃん!」
「あいあいさー」
龍美の言葉に乗って、満雀ちゃんは脱力気味に敬礼して、席を替わった。僕もゆっくり席を立ち、虎牙とバトンタッチする。
それにしても、虎牙は苦手なものでも何だかんだで付き合ってくれる。口は悪くても、本当に面倒見の良い人間なんだよな。
「うっし、潰す」
……口は悪いけど。
威勢のいい台詞を発した割りには、虎牙は頑張れなかった。結果は十対二十三で、後攻の満雀ちゃんの勝ち。虎牙が一枚余ったのだが、彼は最後までずっと、それをどこかに置けるはずだと唸っていた。置けないのにも関わらず。
「だー! やっぱこういうのは苦手なんだっつの」
「じゃああんた、何が得意なのよ」
「ぐっ……」
さらっと傷つくようなことを言うな、龍美は。
虎牙も、昔は色々と凄そうだったのだけど。……どちらかと言えば悪い意味合いで。
「と、言う訳で。決勝戦ね」
どいたどいた、と虎牙を追い出して、龍美が再び対局席へ。そして、無邪気な笑みを浮かべる満雀ちゃんと向かい合った。
「負けないわよ」
「私も負けないよ」
そして、女同士の決勝戦が、静かに始まるのだった。
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