この満ち足りた匣庭の中で 一章―Demon of miniature garden― 【ゴーストサーガ】

匣庭は繰り返す。連続殺人ホラーミステリ、出題篇
至堂文斗
至堂文斗

Prologue...8/2

赤い月

公開日時: 2020年9月30日(水) 20:35
文字数:523

 これは小さな匣庭のおはなし。

 このおはなしの【犯人】は誰か。

 このおはなしの【真実】は何か。

 ささやかな二週間の日々の中で、

 彼らのおはなしの結末を推理してみてくださいませ。

 赤い月を、見上げていた。

 それは不思議と、とても美しく思えた。

 真っ赤に染まった満月。

 藍色の空に、その満月は大きく輝いていた。


 進まなくちゃ。

 萎えかけた足を、それでも懸命に動かして。

 僕は夏の夜闇の中を、歩き続ける。


 足に感覚はなく。

 いつの間にか靴もなく。

 そして、辿り着く場所もなく。

 それでも……歩き続けていく。



 ふと、頬を冷たいものが流れていった。

 それを冷たい指で拭った。

 指の上に残った一粒の雫は、

 あの赤い月と同じように、赤く滲んでいた。



 何度も何度も、繰り返し耳にしてきた伝承。

 狂い始めた世界でもがくうち、教えられた昔話。

 赤い満月が昇る夜には、

 全てが狂い、鬼が嗤う。


 そして今――世界は確かに、狂いの中にあって。


 赤く染まった、満月。

 赤く染まった、世界。

 赤く染まった、視界。

 赤く染まった――両手。


 ねえ……。

 狂ってしまったのは、世界が先なのかな。

 それとも、僕が先なのかな。

 今になってもまだ、その答えは分からない。


 でも……皆。

 これだけは、言えるんだ。

 例えこの小さな世界が滅茶苦茶に欠け落ちてしまった後でも、

 これだけは、決して変わらないと。


 この、ちっぽけな箱庭で、

 僕たちが過ごしたささやかな時間は、

 どうしようもなく愛おしく、

 そして、満ち足りたものだったんだよ、と――




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