この満ち足りた匣庭の中で 一章―Demon of miniature garden― 【ゴーストサーガ】

匣庭は繰り返す。連続殺人ホラーミステリ、出題篇
至堂文斗
至堂文斗

雨と幻聴

公開日時: 2020年10月14日(水) 20:05
文字数:1,033

「八月二日か。どれくらい変わるんだろうな」


 帰宅後、父さんは早速テレビを点けながら言う。


「さあ。今のところ、特に不便は感じてないんだけどねえ。今後、技術革新に置いていかれないようにっていうところでしょうし」


 母さんはそう答えて、お風呂の準備をしに行った。僕も、結構疲れてしまったので、お風呂が沸くまで自室で休むことにして、二階へ上がった。

 電気も点けず、ベッドに倒れ込み、スマートフォンの画面を開く。龍美が、説明会おつかれ、と発言していたので、僕もおつかれ、と返信した。虎牙は、まだ見ていないらしい。

 僕たちが恩恵を受けるのは、このスマホ通信が主たるものだろう。街全体で、無料でWi-Fiが利用出来るようになれば、便利なことは間違いない。技術は日進月歩だし、いずれは通信機器が街中に溢れるようになって、満生塔があって良かったと感じるときがくるのかな。インターネットオブシングスという言葉も聞くようになってきたし、決して非現実的な話ではないと思う。


「……鬼、か」


 時代は移り変わる。かつては鬼を恐れていた三鬼村も、今では科学技術の集まる満生台となっている。

 鬼がただの伝承に過ぎないのなら、もうこの場所に、鬼の居場所はないように思えるけれど。

 よくある民話ではない。瓶井さんが口にした、その真意だけは、分からなかった。あの言葉の裏には、一体何があるのだろうか。


「……ん」


 いつのまにか、ポツポツという小さな音が聞こえていた。ゆっくりとベッドから身を起こし、窓の外を見てみると、雨が降っているのが見て取れる。帰ってきた後で降り出したようだ。ラッキーだった。

 少しの間、ボーっと外を眺めていたが、そうしている間にも雨脚は強くなり、最初はポツポツだった音が、ザーザーという音に変わっていった。ゴロゴロという遠雷まで聞こえ始める。


「明日も雨かな……」


 そうなると、学校へ行くのが憂鬱になるな。雨は、苦手だ。

 そんなことを考えているとき。


「……!?」


 突然、意識が遠くなり、視界が明滅して。

 自分の体を支えきれず、足がふらつくのを感じた。


「……何、なん……だ」


 直後、脳天に割れるような痛みが走り。


「ぐッ……!?」


 その痛みに目を固く閉じると。

 瞼の裏に浮かんだ、異形。

 それは、消そうとしても薄まらず。

 映り続ける。

 赤い眼。

 憤怒を形容したような。

 鬼の――。


 死 ね 


「あ……、あぁ……」


 幻聴だ。

 聞こえるはずがない。

 なのに、僕の耳に。

 それは、確かに聞こえたような、気がした。


 そこから世界は、非日常へと転がり落ちていった。

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