この満ち足りた匣庭の中で 一章―Demon of miniature garden― 【ゴーストサーガ】

匣庭は繰り返す。連続殺人ホラーミステリ、出題篇
至堂文斗
至堂文斗

Fifteenth Chapter...8/2

運命の日

公開日時: 2020年11月6日(金) 21:29
文字数:2,169

 街を、見下ろしていた。

 二週間前と同じ、高台から。

 僕は静かに佇んで、街を見下ろしていた。

 この街に来てからの一年間は、季節での違いこそあれ、眺める景色に大きな変化はなかった。それが、たった二週間の間でこうまで変わってしまうだなんて。

 遠くに見えていた永射邸。それは今、黒焦げの骨組みだけを残した、無残なものに成り果てていて。その主の永射さんは、水に飲まれ死体となって発見されて。焼け落ちた邸宅からは、優しかった看護師の早乙女さんが、腹を裂かれて殺されていた。

 隣町へ向かうための道路は、崩れた土砂ですっかり塞がれているし、少し手前では、八木さんの仕事現場である観測所周辺が、土砂の餌食になってしまっていた。木々の緑の中に、そこだけ山肌が露出し、黄土色がやけに目立っている。

 場所だけではなく、人の流れも変わっていた。十分も見ていれば、一人、二人くらいは病院へ向かっていたり、或いは病院から家へ帰っていたりしていた。けれど、病院が一時的に休診となって、そちらへ足を運ぶ人の姿は、完全に無くなっていた。

 たった、二週間ほど。その間に、本当に沢山のことがあった。沢山の悲劇が、僕らを、この街を襲った。そして今も、それは続いている。

 どうしてこんなことになったのだろう。

 何度も何度も考えたけれど、調べまわったけれど、真実は掴めない。それに、虎牙には、背負わせるわけにはいかないと言われてしまった。知らないままでいてくれと、言われたようなものだ。そんなの嫌だよと拒絶したい気持ちもあったけれど、あの真摯な眼差しの前には、何も言うことは出来なかった。

 つまるところ僕は、暗闇の中をぐるぐると回っていただけなのかもしれない。

 ……八月二日。電波塔が稼働する、記念すべき日。

 鬼の祟りを追いかけて、ときには追いかけられて。とうとう今日という日を迎えた。

 祟りを信じるわけではないけれど。……電波塔は無事に、稼働するのだろうか。また、異常な事態に起きることは、ないだろうか。

 動いてしまえば、ハッキリする。鬼の祟りなんてないのだと、皆も納得するはずだ。でも……もしもまた、良からぬことが起きたら。そのときは……。

 稼働式典は、夜九時から始まる。スマートフォンを取り出してみると、今の時間は午後一時四十分となっていた。あと七時間ほどすれば、中央広場に貴獅さんたちが集まって、式典を執り行うのだ。そして、電波塔の起動スイッチが押される。……スイッチなのかは知らないけれど。

 確か、電波塔の反対者集会とやらも、今日行われる予定だった。この前入っていたチラシには、そう書かれていたはずだ。それが集会場で行われるのならまだ良いが、式典に合わせるようなタイミングというのが、とても怪しい。

 ……昨日家に来たお爺さんは、抗議デモを行うと口にしていなかったか。もしそれが、今日の集まりのことだったとしたら。……最悪の想像がよぎったが、どうしようもなかった。せめてデモが発生しないようにと、祈るくらいしかない。


「……はぁ」


 感傷に浸るのは、このくらいにしておこう。ここに居続けていても、意味はない。傍観者でいられるなら楽かもしれないけれど、僕はどう足掻いても、この街に住む当事者だ。

 崖から離れようとしたところで、ぐわんと地面が揺らいだ気がした。……疲れていてふらついた、というわけではなさそうだ。ひょっとしたら、また地震があったのだろうか。

 地震と言えば、この前八木さんと出くわしたとき、満生台は十数年おきに大きな地震が来ているのだと教えられた。揺れが頻繁になってきているのだとすれば、そのことも気がかりだが……。

 考えれば考えるほど、不安に押し潰されそうになる。おかしいな、二週間前には、こんな暗い感情は微塵もなかったというのに。


「……っ」


 とうとう頭痛までしてくる。ここで倒れてしまうと洒落にならないから、そろそろ人里に戻らなくては。僕は重い足を動かして、ゆっくりと林道を下っていった。

 山を下りて、ある程度道の舗装された場所まで戻って来る。陽射しがまともに降り注ぐ道路は、素足で歩けば火傷をしてしまいそうなくらいに熱を持っていて、もやもやとした陽炎を生み出していた。

 年々、夏の気温は上昇している。今はまだ、水田の稲は綺麗に伸びて風に揺れているけれど、いつか暑さで作物がやられてしまうケースも出てくるのでは、とふと思った。

 ……とりあえず、人間はやられてしまいそうな暑さだ。

 振り返り、山を仰ぎ見る。緑が生い茂る山肌は、しかし一部が抉れてしまっている。上からも目にしたが、やはり土砂崩れは恐ろしい。ごっそりと、そこだけ木々が抜け落ちているのだから。


「……あれ」


 少し視線を下げると、道の先にさっきまではいなかった人影があった。あの後ろ姿は、佐曽利さんか。山に入っていこうとしているようだ。声を掛けようとも思ったが、結構距離があったので、止めておくことにした。

 佐曽利さんの私生活は詳しく知らないが、家からあまり出ない人のはずだ。山に何の用があるのだろう。……もしかしたら、虎牙に会いに行った、とかだったりするのだろうか。山のどこかに、あいつが隠れているとか。佐曽利さんは事情を知っていそうだし、有り得ないとまでは言えないが。

 ……流石にないかな。

 佐曽利さんが木々の向こうへ歩いていくのを見送ってから、僕は再び歩き出した。

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