この満ち足りた匣庭の中で 一章―Demon of miniature garden― 【ゴーストサーガ】

匣庭は繰り返す。連続殺人ホラーミステリ、出題篇
至堂文斗
至堂文斗

Twelfth Chapter...7/30

消えていく仲間達

公開日時: 2020年10月28日(水) 08:04
文字数:2,801

 目を覚ましたとき、久々に鳥の囀りが聞こえてくるのが分かった。寝汗のせいで若干気持ち悪かったが、のそのそとベッドから身を起こし、カーテンを開ける。すると、眩しい陽光が瞳を刺した。

 雲はまだ、上空に居座っているものの、一塊ではなく、幾つかに千切れて浮かんでいる。もうしばらくすれば、一面の青空を見ることも出来るかもしれない。

 大きな欠伸をしてから、僕は枕の横に置いていたスマホを取り、画面を点ける。左上の回線状態を見ると、まだ圏外表示が続いていた。時刻は七時半。普段よりもちょっとだけ、起きるのが遅くなってしまった。

 今頃、貴獅さんは満生塔の確認に向かっていたりするのだろうか。僕が思うに、医師である貴獅さんよりも、日頃から観測所でパソコンやら測定の計器やらと睨めっこしている八木さんの方が、機械弄りは得意そうなのだが。アドバイスでももらえば、すぐに復旧するんじゃなかろうか。それとも、実はもうもらっていたりするのかな。

 或いは、貴獅さんも機械には強い、ということもあり得る。秤屋商店に置いてある機械部品を、病院で購入しているという話をしていたし、彼は医師であると同時に、医療器具のエンジニアだったりするのかもしれないな。

 着替えを済ませ、リビングへ向かう。父さんはテレビが映らないので、つまらなさそうに窓の外を見ている。昨日と似たような光景だ。


「おはよう」

「ああ、おはよう玄人。終業式にはいい天気だな」

「卒業式ならともかく、終業式くらいじゃあんまり関係ないような気はするけどね」

「まあまあ。雨じゃないのは良いことよ。七月なんだしね」


 その七月ももうすぐ終わり、八月に差し掛かろうとしているが。

 電波塔が稼働するまで、今日を含めてあと四日。不穏なことばかりが続くけれど、無事に運転は開始されるのだろうか。少なくとも、今起きている電波障害の原因が分からなければ、正常に稼働しなさそうだが。

 一番に朝食を食べ終わり、僕は鞄を手にして家を出る。こういう朝も、今日で一区切りだ。明日からは、遅めの夏休みが始まるから。それが嬉しいことかと言われると、何とも言えないのだけれど。

 夏の暑さを感じるのも、何日ぶりだろう。確か、二十一日の土曜日までは晴れていたから、一週間以上も満生台周辺は悪天候だったことになる。太陽の光を懐かしく思ってしまうのもおかしくはない。

 こうして考えると本当に、雨雲が災いを運んできたみたいだ。それなら、空が晴れていくのは、吉兆であってくれないだろうか。

 それは、虚しい願いなのかな。

 学校に着き、教室の扉を開ける。しかし、まだ誰もやって来てはいなかった。もう八時十五分なのだが、皆やって来るのが遅い。他の生徒が登校してきたのは、僕が来てから三分後のことだった。

 ぽつぽつと、空席は埋まっていく。なのに、一番来てほしい龍美の姿は未だにない。不安に胸をかき乱されながら、やけにゆっくり進んでいるように感じる秒針を見つめながら、僕は待った。

 そして、三十分のチャイムが鳴った。

 ……龍美が、来ない。

 その事実は、虎牙が登校してこなかったときより数倍の恐怖を、僕に齎した。

 一体、虎牙に、龍美に、何があったっていうんだ?

 どうして突然、親友たちは僕の前から姿を消してしまったんだ?

 分からない。ただ一つだけ言えるのは、間違いなく良からぬことに巻き込まれている、ということだ。

 ……鬼。

 まさか。

 そんなわけがない。

 でも……。

 頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだった。そんなとき、双太さんが現れる。不安で胸が潰れてしまいそうなときにその顔が目に入って、僕は一瞬だけ、心が落ち着くのを感じた。

 でも、それは本当に、一瞬のことだった。

 次の瞬間には、僕は更に恐ろしいことに気付いてしまったから。


「おはようございます」


 覇気のない声で、生徒に向かって挨拶をする双太さん。

 彼の隣に、いつも寄り添ってやって来るあの子が、いない。

 龍美だけではなかった。彼女だけでなく、満雀ちゃんまでもが、登校してこなかった。

 僕は、独りぼっちだった。


「そ、双太さん。龍美は……満雀ちゃんは」

「……龍美ちゃんも来ていないのかい? 申し訳ないけど、彼女のことは何も聞いてないんだ。満雀ちゃんは、体調を崩してしまってね……」

「そんな……」


 縋るような問いだったが、双太さんの返事は望むものではなかった。満雀ちゃんの体調も心配だし、龍美に至っては虎牙と全く同じ状況だ。大事な親友が二人も突然いなくなって、理由も何も掴めないだなんて。


「満雀ちゃんは、すぐに良くなると思うから、心配しないで。……龍美ちゃんのことは、僕から確認してみる。玄人くんのところに連絡は……って、電波障害なんだよね」

「スマホが使い物にならなくて。固定電話は満生台の中だけは何とか繋がるみたいですけど、そっちも連絡はなかったです」

「……分かった。電話は繋がるんだよね……どうなってるのやら。仁科さんのところに、後で電話を掛けるよ」

「お願いします。……あの、双太さん」

「玄人くん、今は時間がないしまた後で、ね。今日は終業式だ。しっかり一学期を終わらせなくちゃ。……それじゃ、出欠をとるよ」


 こんなときでも、いや、こんなときだからこそか。双太さんはいつもと変わらないように努めているようだ。昨日の殺人事件は街中に広まっているし、生徒たちにも不安は広がっている。それを、一番辛いはずの双太さんが、和らげようとしているのだ。

 彼が先生であることが、誇らしいと思う。

 でも、やっぱり無理はしないでほしいとも思う。

 出欠を取り終わり、双太さんは一度職員室へ戻っていった。そして、次のチャイムで通知表を小脇に抱えて再び教室へやって来る。いつもはその時点で、生徒たちのどよめきが起きるのに、今日はとても静かだった。誰も、ひそひそ話をしたりしない。

 虎牙がいたら。龍美がいたら。満雀ちゃんがいたら。

 きっと、名前を呼ばれる前から騒がしかったのだろうな。

 虎牙が頭を抱え、それを見ておかしそうに笑う龍美が、目に浮かぶ。

 そしてその光景は、どうしてか二度と見られないような、そんな不吉な予感すらしてしまうのだった。

 そんなことは、有り得ないのに。


「真智田玄人くん」


 いつの間にか僕の順番だった。席を立ち、双太さんのところまで行って、通知表を受け取る。中にどんな数字が記されているか、毎回ドキドキしていたけれど、今この時ばかりは、何の感慨もなかった。ただ淡々と開いて、そこに三や四の成績が不規則に並んでいるのをぼんやりと眺め、すぐに閉じた。

 覗きに来たり、聞きに来たりする者は、いない。


「……はぁ」


 さっさと通知表を鞄にしまい込むと、僕は手に顎を乗せて、窓の外を見つめた。とても眩しい、陽射しの強い夏の景色。

 外で遊ぶことは元々少ない僕らだったけれど。また集合できたときには、秘密基地に集まって遊びたいものだ。

 双太さんが通知表を配り終えるまで、僕はずっと、そんなことを考えていた。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート