この満ち足りた匣庭の中で 一章―Demon of miniature garden― 【ゴーストサーガ】

匣庭は繰り返す。連続殺人ホラーミステリ、出題篇
至堂文斗
至堂文斗

朽ちた扉

公開日時: 2020年10月7日(水) 20:43
文字数:2,419

 道標の碑は、ある程度の間隔で置いてあるようだが、もう倒れてしまっているものが殆どだ。昔、ここが三鬼村と呼ばれていた時代のものなのは間違いないが、果たしてこの碑は何年ごろに置かれたのだろうか。

 視界は悪く、音は無く、空気は冷たい。こんなときに草が揺れたり、虫が飛んだりする音でも聞こえたら、びっくりするのだろうけれど、風は吹かないし、虫も見かけない。虫除けスプレーも今のところは必要ないな。


「……あら?」


 そろそろ池の反対側までやって来たかというところで、前方に目を凝らしていた龍美がそんな声を出した。


「どうしたの?」

「いや、あそこって岩壁みたいになってるじゃない。でも、よく見たら土砂崩れの跡みたいだなって」

「んー……? 言われてみると、そうかもしれないね。切り立ってるわけじゃなくて、土が積もってるみたいな感じもする」


 どちらかと言えば、小さな崖に土砂が積もって出来た、というような印象だ。恐らくここも、昔起きた地震によって崩れたんじゃないだろうか。


「疑問に思ってたんだけどよ。満生台って、そんなに地震が多かったのか?」

「ええ。八木さんが話してくれたんだけど、この辺りは大陸のプレートが重なる地域らしいのね。あ、虎牙プレートって分かる?」

「あのな。要は、地層ってのは何枚にも分かれてて、それをプレートって言うんだろ。そのプレートがずれていって、あるときに限界が来て、元に戻ろうとする。その戻る力が地震ってこったな」

「へえ、案外覚えてるじゃない。見直したわ」

「俺は勉強が出来ないわけじゃねえ、面倒臭えだけだ」


 それを威張って言うのはどうかと思うのだが。


「大きなプレート以外にも、日本にはたっくさんの活断層があるからねえ。満生台はとにかく、そういう不安要素が多い地域ってことみたい。えっとね、確か八木さんの調べによると、満生台周辺では、一九四四年、一九六〇年、一九七六年、一九九四年の四回、比較的大きい地震が起きてるんだって。調べられる範囲でってことだったから、それより昔にも何度か起きてるんでしょうね」

「ふうん……あの人、ちゃんとそんな研究してるんだな」

「あ、八木さんを馬鹿にすると許さないわよ!」


 龍美がそこで、空手の構えをとったので、虎牙は慌てて謝った。いつものパターンだな。


「一九九四年か……。思い出したけど、千代さんが前に言ってたんだ。まだちっちゃな子供のころ、お店が半壊しちゃったんだってさ。それって、地震のせいだったんだろうなあ」

「きっとそうね。そのときってまだ、病院もなかったし、街も発展してなかったんだし」


 街がまだ、『満ち足りた暮らし』を打ち出していなかったころ、か。その時分は、ここは寂れた寒村という言葉が当てはまるような場所だったのかな。


「……おい、二人とも」


 ふいに、虎牙が真剣な表情になる。何だろうと思い、僕と龍美は彼が指差す方を振り向いた。


「……何、これ」


 そこには、確かに虎牙が顔色を変えるのも無理はない、おかしなものがあった。


「多分……建物の外壁、じゃねえか?」

「僕も、そう思う」


 この自然の中に、そぐわない人工物。そう見える、というわけではない。これは間違いなく、人工的に作られたものだ。

 コンクリートの壁。


「廃墟ってやつよね……どうして、こんな森の中、それも池の近くに」


 龍美は、口元に手を当てながら考え込む。想像もしていなかった発見だが、僕も自分なりに、これが何なのかを推理してみることにする。

 きっと、相当昔……三鬼村時代に建てられたであろうこの建物跡の、存在理由。

 鬼封じの池の近くに建てられた、意味。


「……ここって、ダムだったとか?」

「ダム?」

「そう。とは言っても、今の言葉で言えば、だけどね。つまり、鬼封じの池は村で使う水を貯めておく場所として利用されていて、この建物は管理小屋とか、作業小屋だった……」


 多分、そう考えるのが一番妥当なところだと思う。


「んー、確かに、建物があったなら、渓流の横手あたりに建ってたようにも見えるわね。なら、壁には水車があったりして、村に人たちはここに来て小麦を挽いたり、洗濯もしてたかもしれない?」

「必要なときには、ここから村の方に、水を流す水路があったのかもしれねえな」


 僕の仮説に、龍美と虎牙も乗ってくれる。二人もそれが一番しっくりくるようだ。というか、それ以外にはこの建物のある理由が思いつかない。


「小屋ねえ……」


 虎牙は言いながら、コンクリートの壁に触れ、そのまま壁伝いに歩いていく。

 そして、十メートルほど歩いたあたりで、虎牙は急に立ち止まった。


「……なんか変だな」


 彼は、耳を近づけて、泥土で固まったその部分をコツコツと叩いた。勘なのか、或いは本当に感触の違いが分かるのか、虎牙はその場所に違和感を抱いたようだ。


「……おらっ」


 勢いよく、虎牙はその壁に蹴りを入れた。ゴン、という鈍い音がして、同時に幾らか、固まった泥土が崩れ落ちる。


「あっ、虎牙! 何か見えるわ!」

「何だって? ……マジかよ」


 龍美が叫んだ通り、そこに何かが見え始めている。虎牙はよしきたとばかりに、連続で蹴りを入れていった。

 ガラガラと、土の崩れる音が谺する。

 そして――


「と、扉だわ……!」


 土が全て崩れ去った後に現れたのは、木製の、朽ちた扉だった。


「……小屋に扉があることは、不思議じゃないけど」

「この小屋、どんだけでかいんだよって話になるよな」


 最初に壁を見つけた場所から、十メートルほど進んだ先に、この扉があったわけだから、確かにこの建物は、小屋と呼べるサイズではない。


「……入ってみましょうよ」


 龍美の声は、いよいよ震えていた。それでも、好奇心と探求心には勝てないようだ。今日ここへ来たのは、彼女の案なのだから。鬼封じの池とは何なのか。それを知るために、彼女はここへ来たのだから。

 しかし、こんなものを見つけてしまうことになるなんて……。


「……行くか」


 僕らは覚悟を決めると、ボロボロの扉をゆっくりと開いて、その建物の中に入った。

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