SEVEN KINGS

~規律重視魔王と秘書の苦労譚~
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Ⅷ ストライの計画(思し召し)

公開日時: 2021年8月2日(月) 18:35
文字数:3,463

 その日、竜王ストライはビルグレイン王国にいた。

 部下であり弟子であるガンダルが二日前にビルグレイン王国に向かったとの報告を受け、自身との会話から何をしに向かったかは容易に想像がついた。


 『オーリオ王子の憑きモノと対峙しに』である。


 何故か今頃になってすぐにでも連れ戻したい思いは強くなったが、二日前に乗船して向かったのだとすれば、今から船で追いかけるには無理がある。むしろ、昨日か今日辺りに事を起こしているとさえ容易に想像がつく。

 王子に憑いたモノの性質を考慮すると、戦闘が出来て王子には影響が及ばない事は分かる。しかしガンダルが所構わず戦闘したとすれば、他の人間や居住地に影響を及ぼしかねない。


 鍛練を続けた竜族が本気で戦闘をするとどれ程の被害が及ぶか。

 想像するだけでも後々面倒な事態になるのは明白であり、ドルグァーマとゼグレスの説教が一番怖い。


 ストライが巨竜に姿を変えて飛んでいくなら、ものの二、三時間で王国には着くだろうが、【七王条約】により七王達は魔物の姿で大陸を渡ってはならない。なぜなら、容姿が人間達に恐怖を与える事もあるが、溢れ出す有害な王力が人間の身体にも、大陸の大地にも悪影響を及ぼす。


 仕方なくストライは船で向かう事にした。

 ストライとゲレーテが乗船し、凡そ二十分ほど進んだ時、とてつもなく重要な、一つの大きな問題が彼を襲った。

 襲ったと表現するのは語彙的に間違っていそうだが、その問題は大波が打ち付けるが如く、確かにストライを襲った。


 問題。それは、毎日欠かさず行っている女神メフィーネへの祈りが出来ない事。


 乗船前には気にも留めていなかったが、なぜ今頃それを思い出したのかで苦悩した。

 女神を象った首飾りがあるため、祈りには問題ないのだが、それではストライの気が治まらない。

 同行しているゲレーテに相談してみるも『早く行って早く解決して戻る』としか案が出なかった。


 適当すぎるが、その案はストライに何かしらの糸口を見出だした。それ以外の方法は皆無であり考える時間すらも勿体ないと断定すらさせた。


 颯爽とストライは船長へ自分がこれから行おうとする事の許可申請を受け取りに向かった。

 ストライの焦りと内から沸き立つ猛りが、船長の答えを渋る時点で了承を得たと強引に決めつけた。

 即座、船に魔気を纏わせ、茜色の陽光が広がる大海原を進む船の速度を自らの力で強引にひき上げた。


 そう、ゲレーテの言葉通り、『早く行って解決し、早く戻る』である。

 つまり、”遅いものは速く進める”解釈。


「なに、上がりすぎた速度による海面からの衝撃、風圧、搭乗者の呼吸困難など、私の力で防護壁を纏った船には心配無用。乗客が船外へ飛び出す事もなく、大量の海水が入る事もない。まあ、楽しめる程度の飛沫はご愛敬あいきょうよ。しばし豪速な船旅を堪能すれば宜しい。これもメフィーネ様の思し召しよ」


 告げて、颯爽と去っていくストライが船上へ出ると、乗船した人達が、船の速度に反した風圧などに違和感を覚えつつも、不思議な状況に楽しんでいる。


 上下動で立ち上る大波や波飛沫が壮大であり雄大である。

 見えない壁で阻まれた波の動きは、怖くもあり、素晴らしくもある。

 夕陽が染める優美な海原の色も、青さを失い恐怖心を煽る立ち上る波の深みと呑まれるとどうなるかを連想させる色。

 乗客は一生に一度お目にかかれるか分からない奇跡を楽しんだ。


「竜王様、これはあまりにもやりすぎでは……」

 駆け寄ってきてたゲレーテが囁いた。

「メフィーネ様への祈りを絶やすことの方が深刻だ。さっさとあの愚か者を連れ戻すぞ!」


 ふと、ゲレーテは妙案を思いついた。それは本当に実行して良い事なのかを迷い、さらに冷静に考えてみてもストライは却下するだろうと思われる案だが、行きしなでこの事態だ。帰りにこのような事を行われては、それこそ色々とあらゆる面においての苦情対応が面倒である。

 それは帰りの航路が、石王の海域を通る事が特に大きい。


 ”背に腹は代えられない。浮かんだ案は次々に提案していこう”

 心に決めたゲレーテは、ストライに提案した。


 ◇◇◇◇◇


「――そうですか。しかしそれは貴女にも問題があるのではないでしょうか?」

 女性は泣きながら、しゃっくりしながら『問題?』と、答えた。

「ええ。貴女の発言、行動は確かに正しいものです。それは誰しも非の打ちどころがありません」

「でしょ。だったらどうして皆に嫌われるの!」

「落ち着いてください。それは、貴女の過剰なまでの善行が問題なのですよ」

「過剰って……良い事しているのに、どうして嫌われるのよ! 訳が分からない!」


 再び女性はハンカチで目元を押さえて泣いた。


「宜しいですか。人間は誰しも自分の中に道理や流儀が存在します。子供になら貴女の発言は有効かもしれませんが、大人を相手にするなら善行と善意は、時として暴力へと変貌してしまいます」

 女性は聞き入った。

「行動が早い人遅い人、理解出来る人出来ない人。まさに十人十色とはよく言います。しかし貴女は正しい事だけを、当然こうすればいいという事だけを訴え、邪と思えた事を否定する」

「それの何が悪いのよ」

「貴女は初めに個性を遵守する事を言いました。しかし邪だと貴女が決めつけた者も、それが個性でもあります。怠けてしまう者も、指導や叱責をしなければなりませんが、それも個性」

「じゃあ、犯罪や強姦を許せっていうの!」

「私は犯罪を個性とは言ってませんよ」


 女性は、はっ。とした。そして、いつもの神父ならこの辺で怒って帰るはずが、どういう訳かこの神父の言葉は聞き入ってしまう。

 原因は不明である。


「犯罪者は当然裁かれるのが道理。個性どうこうと言える余地がない。そのような極端な者達ではなく、万民には邪であれ破廉恥であれ、国の定めた規律を守り、他の者達もそれを犯罪とは認めず笑い話のネタにしている場面はよくあるのではないですか?」

 女性は思い出した。確かに神父の言う通りである。

「要は緩急かんきゅう塩梅あんばいですよ。貴女の善なる発言、行動は実に素晴らしいものだ。しかし人間の社会ではそのような者達ばかりではない。手当たり次第に否定し、自らの考えを押し付けるなら横暴としか言えない。なぜなら指摘した者達の生活を侵害しているに値するからだ」

「でも、だったら聞き入れなければいいだけじゃない」

「それ程簡単にはいきませんよ。聞き入れない。それが現実となったのが今の貴女の状況です。それは、貴女の無意識に与えている威圧に、今まで周りの者は反応していかなければならなかった。それにより抑圧されていた感情が噴き出した結果が今です。貴女が今、生き苦しいのは、貴女が貴女と見つめ合えていない証拠となります」


 女性は自分の欠点を突かれたように押し黙り思い返すと、言われた通りであると思えた。


「ただ、勘違いだけはしないでください。貴女の善行は非難されるに値しません。ただ、貴女の心のゆとり。指摘されたからそれに反発するように着飾るゆとりではなく、本来、人間全てが育み養っていかなければならない、他者と向きあえるための心のゆとりを作ってください」

「で、でも、どうやって……」

 神父は、小さな祈りを捧げている女神の彫刻を手渡した。

「迷える者達にこちらを授けております」

「女神……様?」

「女神メフィーネ様です。毎日、朝を迎える事が出来た感謝。一日を無事終えることの出来た感謝。そう言った感謝を続けるだけでメフィーネ様の加護が、心のゆとりを育んでくださいます」

「え、でも、お金とか。あと、決まった集会に参加しないといけないので――」


 神父は女性の言葉を遮り、自分の意見を述べた。


「いいえ。そちらは無償。集会といった集まりは御座いません。ほら、この国でも御神木や御神体といったものがあるでしょう?」

 女性は、はい。と答え、その場所を告げた。

「それ等に祈りを捧げると、お金を徴収されたり、決まった日の集会がありますか?」

「いえ、あるのはこういった教会の行事位で……」

「ようは、単純な守り神、お守りのようなものですよ。ただ、貴女の心のゆとりを与えるための。とお考え下さい」

 女性は女神の彫刻を眺めていると、妙に穏やかな気持ちになれた。

「宜しいですか。けして欲をむき出しに願い事をするものではなく、感謝をしてゆとりを養うためだけの女神ですので、その辺をお忘れなく」

「もし、欲をだしたらどうなるのですか?」

「何も起きません。故に、祈りが無駄なものだと思ってしまい、ゆとりを育む機会が絶えてしまいます」


 なるほど。と女性は納得し、感謝の気持ちを述べて帰っていった。

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