SEVEN KINGS

~規律重視魔王と秘書の苦労譚~
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Ⅴ 誇れるほどに有能なのですよ

公開日時: 2021年8月9日(月) 10:58
文字数:2,943

 もう何体斬っただろう。

 ゼグレスが強くなった影を斬ると、次々に影は増えて攻めて来た。

 一体一体の殲滅は恐ろしく容易である。しかしその殲滅に用いる魔気と王力の量は、積み重ねて来た現状では底をつきかけていた。

 ゼグレスの疲労は応援していた兵達にも伝わった。


「――無理するな! 一度こっちへ戻るんだ!!」

 しかしその言葉に甘えようにも、最初より強くなっている影達を気功壁で防げるかは判断しかねる状況。

 ゼグレスは最善策を講じたが、流石に案は浮かばない。そんな中、上空に光の波が広がるのを目の当たりにした。

「来ましたね」

 ゼグレスが陣の中に戻ると、兵達は自分達の意見を聞きいれての行動と判断し、すぐに気功壁を展開した。

 ゼグレスはアルガを解き、王力を気功壁を展開する兵の一人の背に触れ、自身の力を注いで壁を強化した。


「ゼグレス殿、今のは」

 訊いたのは兵隊長であるが、他の兵達も寄って来た。

「私の力を上乗せしました。竜王の力がそろそろ展開されますので、暫しの辛抱です」

 先ほどの戦闘もさることながら、気功壁の強化まで、技力に一同感動していた。

「やはり魔族は違いますね。戦闘においては我々人間では敵う気がしません」

 他の兵が付け加えた。

「圧巻の剣捌きです。人間では到底無理です」

「魔族って、やっぱ強くて格好いい」

 褒める言葉を聞いて、ゼグレスは素直に反論した。この際、魔種族と魔族の違いは言及しない。


「それは大きな誤解です」

 褒めた兵達は聞き入った。

「我々魔種族は良くも悪くも力が強い。多種多様な術技・妙技を絶賛されもしますが、警戒もされます。行き過ぎた評価では万能扱いする者も。ですが、魔種族は言われるほど良いものではありませんよ」

「謙遜しないでください。あのような神業を見せられれば」

 ゼグレスは手を前に出し、その称賛を遮った。


「魔種族の力や技が卓越しているのは、その生活環境の過酷さ故、進化して身についただけです。広い目で見れば魔種族は全体の身体機能が高いのではなく、何かが突出して高くそれが目立っているだけ。一方の人間は、確かに身体能力には魔種族を越えられない程の限界はありますが、人間は知恵が回ります。戦闘においても鍛錬と経験であらゆる戦略、戦術を練る。協力し合って進化していける。それが出来るだけでも人間達は如何ほどにも強く、あらゆるものの高みを目指せます」

 ゼグレスは聞き入った兵隊たちへ顔を向けた。


「誇れるほどに有能なのですよ。人間は」


 兵隊は苦笑いを浮かべた。

「……買いかぶりすぎですよ」

 兵隊長の返事の後、空から光の雪が降って来た。


「竜王のアルガです。皆さん、これで普通に戦う事が出来ます」

 兵達はやる気が漲り、陣形を整えて進軍した。

「ゼグレス殿、此方で休息を」

 近場の兵に促されたが、ゼグレスは気になる事がどうしても拭えなかった。

「お構いなく」

「――しかし」

「いえ、私が戦闘後に陣へ入った時から」ある方向を向いた。「あちらから気功の著しい変動を感じます。そちらが気になってしまって」

 兵隊長は、その方向にマルクスがいた事を告げ、さらに状況をその陣から避難した兵達に訊いた。


「つまり、あれはマルクス殿のものと見る方が自然という事ですね」

 ゼグレスが向かう素振りを見せると、呼び止められた。

「お待ちを。これ以上手を借りるわけには」

「私の心配は無用。アルガを解いてからの回復は早いので。それよりもマルクス殿の救出を優先せねば。この中で一番早く辿り着けるのは、私だけです」

 まるで図ったかのように、上空目掛けて一本の白く、仄かに黄色味がかった気功の柱が上がった。

「――急ぎます」

 そう言って、呼び止める間を与えることなくゼグレスは駆けた。


 その姿を見届けた兵達は、微かに呆れるほどの思いを抱いたが、種族も国も違う者、しかも王たる者が励んでいるのに自分達が不出来では不甲斐ないと、個々に鼓舞された。

「一同! ゼグレス殿以上に奴らを討ち取るぞぉぉ!!」

 兵達は咆哮し、一丸となって影達と対峙する志を一新した。


 ◇◇◇◇◇


 豹変したマルクスは休むことなく影達を斬り続けた。

 鎧兜は外し、更には上半身裸で、防具を一切装備しないままである。


「ほらほらほらほらぁぁぁ――!! どうしたどうした! 自慢の合体強化は終了かぁ!」

 相手への挑発が治まることなく、攻め入る影達をバッサバッサと切り捨て続けた。そして続けざまの挑発。

 影達もそれに乗って次々に融合して強化され、今では影ではなくはっきりと形のある黒い人型の物体として存在している。

 それが十体もおり、その身体速度は高く、強度も鋼鉄のように硬い。……その筈だが、興奮し、気功を剣に込めて戦うマルクスの前ではその強度はあまり生かされていない。

 事態を理解したのか、化物達はマルクスから距離をおいて、一斉に両手を上にあげ、顔も天に向けた。

 それが起きると、途端に空気が張りつめ、緊張が増した。


「いいねぇ、いいねぇ!! この緊張、ピリピリ感、焦る迫られる感じ! もっと俺を猛らせろやぁぁ!!」

 マルクスの目は見開き、口元の笑みは何処か厭らしさが同化している。気狂いの域としか言えない。

 化物達が上空を示している事で、そこから何かが来ると思いきや、化物達の足元が突如黒く染まり、その勢い、広がりは瞬く間に周囲の地面を黒く染めた。

「やべぇやべぇやべぇーー!!」

 言いつつ、次の変化に期待が膨らんでいる。危機感すらも猛りの糧である。

 化物達が広げた黒い地面から、次々に化物達と同質の化物が飛び出してきた。それ等は五体ずつ融合し、更に強化された化物へと変貌した。それが合計二十体。更に黒い地面から強さは劣る影が次々に現れ、マルクスを取り囲んだ。


「いいねいいねいいねぇぇ!! お前等最っ高だぁぁ!! いいぜ、俺の本気で相手してやるよ」

 マルクスは剣を地面に突き立て、気功を勢いよく、思い切り地面に注ぐように込めた。

「はああぁぁぁぁぁ――――!!」

 地面に注がれた気功は、みるみる黒い地面を元の色に戻し、人が走る程の速度で広がった。

「おいおいおい、もっともっともっと攻めて来いよぉぉぉあああぁぁぁ!!」

 興奮に気功が追いつかず、猛りよりも気功の消耗が激しい事を、血走る目と鼻血が示した。

 そんなマルクスの限界を知らない化物達は、一斉に攻める決心を、顔を向け合って示し、同時にマルクス目掛けて駆けた。


「いいねぇ! 特攻技ぁ! こっちも締めの大技いくぞぉぉ!!」

 剣を抜いて構え、全気功を刃に注いだ。

「くったばれぇぇぇ!!!!」

 化物達との間合いを見計らい、思い切り気功を帯びた剣で地面を斬った。すると、剣に纏った高濃度の気功は、広範囲に広がりを見せ、化物達がその範囲に捉われると、上空目掛けて黄色味の混ざった白い光の柱が昇った。

 柱の中の化物達は次々に形を崩して霧散した。

 光柱が消え、気功を使いきったマルクスは、激しく息を切らせ、朦朧とした視界で周囲を見回した。


 そこへゼグレスが現れた。


「へっ、まだいやがったか」

 震える腕で切っ先を向けるも、もう剣を握る握力も無くなり、剣を落とした。

「焼きが……回った……」

 とうとう意識を失い、倒れた。

「マルクス殿!!」


 発言、眼つき、表情から、ゼグレスの知るマルクスと違う事に疑念を抱くも、気功を使いきって満身創痍の姿から救護を優先した。

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