SEVEN KINGS

~規律重視魔王と秘書の苦労譚~
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Ⅱ 女神を信仰する竜王・ストライ=オーフィユスの祈り

公開日時: 2021年7月30日(金) 17:32
文字数:3,141

 竜王・ストライ=オーフィユスは幼い頃から欠かさず続けていることがある。

「おお神よ……」そう言葉を発して両膝を床につけ、左右の手を握りしめ、祈った。

 巨大な女神像を部屋の中央奥に設け、部屋の側面には、天国を彷彿とさせる絵画、彫刻で表現した壁を設け、天井は陽の光が女神像の所にだけ集中して差し込むように硝子の天井を築いていた。

 それぞれ細かい描写が行き届いており、歴史的作品といっても遜色ない出来栄えである。


 その部屋は、竜王の城一番の『祈りの広間』である。


「本日もメフィーネ様の恩恵により、朝を迎え、朝食にありつけました。そして皆、無事に――」

 ストライは竜王であり、自らが信仰する神への祈りを欠かさず続けていた。尚、メフィーネとは、信仰する女神の名である。

 竜王。竜族の王であり、竜族とは身体表面が鱗に覆われていて皮が硬く、手足に鋭い爪、歯は鋭い牙、頭から尾にかけて背ビレの様なものがある。

 角を生やした者もいるが、それは魔人ではなく、その他の特徴が竜族を体現していれば、それは竜族とみなされる。

 あらゆる魔種族において、竜族は格別特殊で、魔気、特殊能力の性質が群を抜いて高かった。その為、魔種族は悪の種族と勘違いしている人間達の間では格別警戒する種族として一目を置かれていた。


 誤解とはほとほと怖いものである。


 遙か昔の歴史においても、魔種族の中で一番神への信仰が高かったのは竜族であり、先代竜王までは信仰していた神を象徴する”何か”(この場合、お守りのようなものである)を所持しておれば、魔除けや幸運が訪れると思われていた。

 しかし、現竜王に代替わりしてからというもの、女神像は巨大で、祈り部屋は仰々しく清潔。そんな空間での祈りこそ心洗われるほどに清々しいものとされ、女神像への祈りの時間を重視される方針転換が行われた。

 この方針を喜ぶ竜族は少なくはないが、それを拒む者もいる。

 理由は様々で、身体が大きすぎるため入れないや、体質上、謎の粘液や体液を垂れ流している者など、部屋の関係や単に面倒くさいという理由などが挙げられた。

 現在、国の広場に、巨大女神像を建設する計画が立てられ、土台工事が着々と進行中である。

 この配慮は、前者の方針拒否者達への為であり、ストライの思惑では竜族全てが祈りの時間を大切にし、それが未来永劫続けられる事を夢見ていた。


「先生、失礼します」

 精悍な顔立ちに、鋭い眼つきの竜人の男性が祈り部屋へと入って来た。

 丁度祈りの言葉を全て言い終えたストライは、竜人の男性に視線を送った。

「ガンダル。貴様祈りはきちんと済ませたのか」

 ストライは、部下であり弟子であるガンダル=リーデリックの日頃の行いを思い出した。

 彼は信仰心が薄く、祈りの言葉も端折はしょって唱え、『唱え終えた』と、堂々と言い張る。


「はい。俺は自室に置いている女神の飾りに手を合わせて来ました」

 ストライはガンダルを指差した。

「飾りではない。せめて女神様かメフィーネ様と言え!」

 この、それぞれの神に対する温度差が示す通り、ストライは根っからの、骨の髄まで祈り・感謝を大事にするが、ガンダルは神の存在をそれ程重視していない。

 ガンダルの持論を用いれば、神を神として真剣に祈る時は、自分が窮地に陥ったり、何かに挑戦し、結果待ちの時に祈る程度。つまり、ただの神頼み時の心の支え位でしかない。


 先に説明した、信仰心の乏しい竜族の一人であり、まさかの竜王の弟子であり部下である者であった。


「常日頃から思っていたが、貴様はなぜそうまでして神への信仰が乏しいのだ。もっと生きている事に日頃から感謝をしようとは思わんのか」

「お言葉ですが先生」

 ちなみに、ガンダルはストライを王である前に師である意識が強く、余程の状況でない限りは”竜王様”ではなく”先生”と呼んだ。

「我々竜族が信仰する女神への祈願は、個人の自由意志という決まりが御座います。それに、俺はこの目で見たことのない存在に対し、そこまでの感謝の意を持てません」

「なんだと!?」

「冷静に考えて下さい。どのような生き物であれ、生まれたこと、魂やらなんやらを考えた場合、確かにそれは神様の恩恵かもしれません」

「そうだ。メフィーネ様の思し召しではないか」

「しかし、生まれてから今まで生きているのは、けして神の力ではありません。その証拠に、俺は今まで大した祈りを捧げていないのにこうして生きてるし、先生の与えて下さった試練にも耐え抜いています」

「では、貴様は今まで生きているのは、自分の力だと言うのか!」


 この流れでは、「はい、そうです」と返され話は終わるが、ガンダルにもストライに負けず劣らず心に抱いている思いがある。


「いえ、そこまで一方的に穿った見方はしていません。確かに、先生の与えて下さった試練を耐え抜いたのは俺の実力かもしれません。しかし、俺が今まで生きてこれたのは別に理由があります」

「……? それはなんだ。メフィーネ様ではなければ、なんだというのだ」

「それは、”風水と亡き祖母の加護”です」

 ガンダルは根っからの風水好きであり、お婆ちゃん子であった為、今は亡き祖母の幽霊が守護霊となり、自分を守ってくれていると信じている。


「貴様! たった今目に見えないものは信じないと言った筈ではないか!」

「祖母は別です。何事も例外はあります。それに、風水は馬鹿にできません」

 その事実を知ったストライは、あることに気づいた。

「そういえばこの城の入口に設けたあの八角形の枠のデカい鏡は貴様の仕業か」

「はい。八角形の鏡を入口に置くと、邪な考えの者や魔除けになるとか言われてます」


 だが、その八角形の枠に問題があった。

 それは以前、ガンダルが魔王ドルグァーマの城へ赴いた際、ベレーナと風水話で盛り上がり、その時に貰ったものである。しかしあまりにも悪魔に類する表現の彫刻で象られた、おどろおどろしい枠の代物であった。


「やるのはいい。別段あることに迷惑は無い。が! しかし! いくらあのような八角形の鏡であれ、あのような地獄絵図の枠は許せん! 八角形であれば何でもいいというなら此方で準備する!」

「……宜しいので?」

「いくら風水のためとはいえ、あのようなえげつない装飾の鏡だと厄除けではなく厄寄せではないか。もっとメフィーネ様にあやかった装飾を用意する。それまではあの鏡は撤収させてもらうぞ」


 ガンダルは目を閉じながら大きく息を吸い、ため息のように吐くと、了承した。


「ああ、忘れる所でした」ガンダルはもってきた資料の束を渡した。「十日程前アンドルセル国王の御子息に良からぬことが生じたみたいです」

 ストライは資料を観ると、その資料の届け出を訊いた。

 それは、獣王からのものであり、資料の最後に目を通すと、資料をガンダルへ手渡した。

「先生?」

「あいつが二か月は無事だというのなら、二か月は無事なのだろう」

「ですが人間であれ、一国の王の赤子。憑きもの次第では危険が」

「問題ない。その時が来るまでわな」

「その時……ですか」

「心配なら見てくるがいい。……いや、見て来い。これは修行の一環とする」


 ガンダルはストライの考える意図を模索し、あることに気づいた。


「俺にこの一件を預からせて頂けるという事ですね」

「あ、いや、ちが……」

 ストライの否定する声が、ガンダルには聞こえておらず、

「了解しました。このガンダル=リーデリック、先生の顔に泥を塗らぬよう最善を尽くし、見事アンドルセル国王の御子息に憑きしものを祓ってまいります」

 では。と、いって、ガンダルは部屋を出て行った。


 ストライはただ、一つの事に集中しすぎるガンダルに向け、理解を得てもらうための命令であった。しかしそれが別の方向に走ってしまったが、王子の憑きものの詳細を見る限り問題は無いとして、止める事を諦めた。

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