魔王ドルグァーマが老人に変装してマルクスと接触する五日前の事。
竜王ストライの弟子ガンダルは、準備万端でビルグレイン王国へ来ていた。
「たのもう!」
門兵がガンダルの姿を見て、真っ先に自分達は襲われるのだと思い武器を構えた。
ガンダルは鋭い眼つきを緩めることなく、右手を前に出して制止させた。
「待て待て。けして怪しい者ではない」
「どこがだ! その眼つき、その容姿。これから戦おうという気万端ではないか!」
ガンダルは左腰に備えた小袋から証明書を取り出して提示した。
「竜王ストライ=オーフィユスが一番弟子・ガンダルだ。王子に憑きしモノに挑みに来た」
証明書はどうやら本物であるが、武闘家が穿きそうなズボンに、上は白い袖なし下着姿。
竜種であるその風体故か、背ビレが生地を貫いている。そして、隆々とした筋肉が、今にも服を破ってしまいそうなほどに膨れ上がっている。
「……あの……王子に憑かれたモノは、二か月待つように命令が……」
「すまないが聞く所によると獣王様の遣いは、奴と対峙したと聞く。そしてそれは赤子の肉体を使用しているものではなく、純粋な肉体戦だったと」
肉体戦と捉えて良いかは悩ましい。
憑き物事態は物体として曖昧で、その言葉が適したものかは考えものである。しかし兵達はそのことを深く指摘しなかった。
「え、ええ。確かにそうです。ですが只今、原因究明も兼ね、色々こちらで調べている所でして……」
「こちらは竜王様の試練により、対峙するよう仰せ使い赴いた。ここ十日、今日この瞬間に至るまでのトレーニングとパンプアップは済ませた」
(パン……プ?)門兵達に言葉の意味は通じなかった。
「宜しいので?」門兵はガンダルに見える位置だが小声で話し出した。「確か、今日はゼグレス様の遣いが様子見にと……」
「仕方ない。許可申請を貰いに行くぞ」
「いいのですか!」力強く言ったが、小声である。
「冷静になってあれを見ろ! あの肉体、只者じゃない。どことなく力強い"気"みたいなのも見えるし、あの眼つきは戦いたい一心の眼だ。そのままにしておくほうが危険かもしれんぞ」
「……りょ、了解であります」
年上の門兵が、部下に指示し、許可申請を申し出に向かった。
「一応、規則でして、許可を頂きに参っております。しかし、戦闘とはいえ、何処で戦いになられるので? 王子はあのような状態。城内部の出入りは禁止されており、皆、何かあった時の事を考えてしまい、神経質になっております」
「無論、憑きモノに関する知識は心得ている。城外部でどこか……いや、激しい戦闘になる可能性を考慮して、すぐに修復できる場所か、何もない広場へ案内してもらえないだろうか」
「……それでしたら……」
門兵は、自分が思いつく場所を案内した。
そこは城の裏口から出てすぐにある広場であった。
建造物といえど簡易な造りの倉庫や、焼き場の様な所が設けられていた。
あとは大きさの様々な岩が点在し、嵐か何かで折れた木が一本、広場に侵入して倒れていた。
「ここにある物が壊れても、大丈夫なのだな」
「ええ。城内の物が壊れるよりかは、修理費はかなりマシになりますし、壊れたら壊れたで、処分の手間が大幅にマシとなるものもありますので……」
そうこうしている内に、若い門兵が戻って来た。
「許可申請は得ましたが、王妃の前での戦闘はしないようにとのご命令です」
「なに? では、結局は戦闘が出来ないという事になる」
ガンダルはその情報を他所に、準備運動を始めた。
「ガンダル殿、何を?」
「お前達も離れていろ。これから奴を呼び寄せる」
「いや、しかし」
若い門兵が止めようとしたが、目上の門兵がそれを止め、揃ってガンダルからかなり離れた位置へ下がった。
ガンダルは目を閉じ、念じた。
(王妃、聞こえますか)
真っ黒に染まった我が子の隣で、心配そうに寝ている子の頬に、手を当てている王妃の頭の中へ直にその声が響いた。
立ち上がって王子から距離を置いた。
「――誰!?」
(ご心配なく、念じて会話が出来ますので。それと、驚かせてすいません。私は、竜王ストライ=オーフィユスが一番弟子のガンダルと言う者です)
(さっきの報告の主ですね。お願いです。この子に無茶な事はしないでくださいませ)
(無論そのつもりです。その為に憑きモノについて調べ、一時的に剥がす術を実践します。よって、王子に負担も怪我も御座いませんので)
(しかし、あと二か月は待てと……)
(憑きモノを祓うことは、早いにこしたことがありません。どうか私を信じて下さいませ)
しかし、不安は拭えなかった。
(もし、貴方のその方法が失敗すれば……)
(王子、王妃は変わりなく無事です。ただ、戦闘を挑んだ俺の安否のみだけです)
つい、安堵の溜息が漏れてしまった。
(分かりました。ですが、王子……オーリオに異変が起きた場合、即刻中止と致しますよ)
(了承した)
話し合いが終わると、ガンダルは、全身に力を込め、門兵が見たであろう気を、一気に放出させた。
「す、凄い! この圧迫される感じは――!」
「おい、もう少し下がるぞ! 俺たち人間じゃ手に負えん戦いが始まるぞ!!」
二人の門兵は、まさにガンダルの気迫に圧される形であった。
ガンダルが気を放出させながら、なにかを呟いていると、周囲から黒く細い煙が立ち昇った。
(王妃、此方に変化が現れました。御子息は無事で?)
(ええ。静かに眠っています。心なしか、全身の黒味が薄れている気がします)
作戦が成功したと実感したガンダルは、眼前に人型を築き上げた物体に話しかけた。
「貴様が王子に巣食う怨霊か」
黒い人型の“何か”は、両目を見開き、口をパクパク動かし、何かを囁いた。
「何を言っている!」
ガンダルはよく聞くと、黒い何かは、延々、「にくい。にくい」と続けていた。
「……憎い? 何がそれ程憎い」
それでも黒い何かは、呟き続けた。
一応、王子の身に危険が及ぶ可能性も考慮し、ガンダルは構えた。
「貴様の事情は知らん。これは俺が尊敬する先生に近づくための戦いだ。貴様に恨みはないが、挑ませてもらうぞ」
冷静にガンダルの行っている事を考えれば、ただただ横暴なだけだと門兵達は抱いていた。
黒い何かは、やり合う姿勢を見せず、呟き続けているが、そんなことは構わず、ガンダルは、行くぞ! と、叫んで飛びだした。
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