その日、ビルグレイン国国王アンドルセルは、獣王ゼグレスとの対談の為に獣王の城へと赴いていた。
ゼグレスとの対談理由は勿論、息子オーリオの身体の安否についての意見を求めてである。
まさか、二日後に竜王ストライの弟子ガンダルが、オーリオ王子の憑き物と激しい戦いを繰り広げるなど、双方の王達は知る由も無い。
「どうぞこちらへお掛けになってお待ち下さいませ」
ゼグレスの配下の者が丁寧にアンドルセルを席へ案内し、付き添いの護衛兵達も席へ案内した。
生まれて初めて魔種族の国へ来たアンドルセルは、獣王の城内部を見て驚いた。
硝子を使用した天井に硝子絵の窓。
魔物達が争っている様子を描いた彫刻を施した木製の壁。
床には細かい刺繍の絵画を隅々に施した赤い絨毯。
壁の所々に備えたランプ。硝子や金属の装飾細工。
あらゆる模様や内装の様子など、思い描いていた悍ましさ漂うものとは打って変わり、清潔感が感じられ、大きな窓、天井の硝子部分から差し込む陽光が部屋の内部を更に輝かし、清々しさを際立たせた。
アンドルセルが席を立って部屋内部を見渡している最中、入口からゼグレスが入室した。
「――お待たせして失礼を」
丁寧に頭を下げられ、その様子に大人しく席について待っていない事を恥じたアンドルセルも頭を下げた。
「え、ああ。此方こそ失礼を。いやぁ、あまりにも素晴らしい内装の数々に、つい見惚れてしまいましたわ」
双方の王が、各々の席につくと、ゼグレスが話を切りだした。
「我が城の内装はお気に召して頂けましたか?」
「いやぁ、言葉を失う程に見事な彫刻や刺繍ばかり! 恥ずかしながら、我が国にはこれ程の技術を持ち合わせた者はそうはおりますまい」
礼儀正しくしていても興奮が治まらない。
「気に入って頂いて何よりです」
「恥ずかしついでに申しますと、ワシは随分と魔族側にかなりの偏見を持っていたのだ。だが、ここにこうして足を運んだ事で、その偏見が誤りであった事を痛感した次第」
内装の装飾に余程心が躍ったのか、饒舌に言葉が発せられた。
「いえ。アンドルセル王よ、別段恥じる事ではありませんよ」
「……? と、言いますと?」
「アンドルセル王の偏見は他の人間達も多く抱いてます。それに我々魔種族側も人間に対して偏見が色々御座います」
一貫して丁寧なゼグレスの態度にアンドルセルは言葉に出さないものの、またも誤解していた部分があり緊張した。
「……失礼。魔種族とは?」
「我々全体を指す種族名です。アンドルセル王は人間、他国の者も人間と言った具合に。そしてアンドルセル王はビルグレイン王国の国王であり、国の領土内の住民はビルグレイン国民といった国籍があります」
うむ。と、アンドルセルは納得した。
「同様に我々魔種族も私の様な獣族、竜族、魔人族など色々な種類がいます。そして種族を分ける国があります」
「なるほど、それで獣王と。では魔王というのはなぜ魔王なので? ゼグレス殿は獣族と分類されているが、総括は魔種族。なら……」
アンドルセルの言葉を、ゼグレスは手を前に出して遮った。
「【魔王】とは魔人族の王を指す言葉。魔人族は身体のどこかに角が生えた種族でして、生えた箇所、生え方によってはうまく隠すことで人間と同じ見た目の者もいます。そして魔種族にはそれを統括する王は存在しません。人間も一人の王が人間全てを統括出来ない事と同じです」
「ほほう。いや、これ程までに我々が魔種族に対して無知だったことは真に失礼でありましょう。昔、英雄一行が魔王を討伐する事をさせてしまったが、それは自分の城に土足で上がり込んで暴れ回るような蛮行に他ならん。魔王殿にお詫びをしたいのだが、……許してくれるだろうか」
「まあ、礼儀に五月蠅い奴ではありますが、先人たちの蛮行によりそのような状況になった事は我々も承知しているので、恨みは弱いかと。それよりも別の事で色々と思う点が御座いましてね」
「と、言いますと?」
「大きく分けて二つあります。一つは、魔王の元まで英雄……たしかマルクスと申しましたね」
「あ、ああ」
「その者が軽傷のみで辿り着いた事。しかも同行者を含め三人で」
護衛兵の一人が呟いた。「それは、魔術や備えを怠らなかったと」
「本来魔人族領内では、戦闘においてかなりの手練れたちが潜んでおります。先々代の魔王でしたら血の気の多い者達を送り込んでいたでしょうが、現魔王の元では皆大人しくなったにせよ、突如現れた人間の三人組を不審と思わない筈がありません。声をかけ、何かしらの戦闘が起きたのは容易に想像出来ます」
「そ、そうなのか」
「まあ、魔王の日頃の躾の無さが招いた甘さだと言い換えても通る道理ですので、深く言及は出来ませんが」
ゼグレスはどうやら魔王と折り合いが悪いのだと表情と雰囲気で察し、アンドルセルも護衛兵達も直感した。
「二つ目の理由としては、魔王が人間に負けたことです」
「え?」
「私もそうですが、魔種族の王たるものはそれなりの強さを備えております。修羅場を幾度も超え、鍛錬に励み抜いた人間一人に負ける事は無いのです。ああ、誤解しないでもらいましょう。これは侮辱ではなく、育ちの環境、種族としての本質が原因でして、挑発では御座いません」
「――しかし!」
もう一人の護衛兵が咄嗟に言葉を発してしまい、非礼に気づきアンドルセルとゼグレスに謝罪と了承を得た。
「我々人間も鍛錬に励み、誰も敵う事のない程に強力な御仁もおられます。現に、魔種族の者と対峙して勝ち抜いたという輩もいます」
「それは確かに事実でしょう。魔種族にも強者と弱者は数多くいます。ですが、各国の王達は一線を画して強くなければならないのです」
今度はアンドルセルが割って入った。
「御言葉ですが我々人間の国では、ワシを含め王達は強くない。むしろ国で一番弱いと思われる者もおります。どうして魔種族の王は強くなければならんので?」
「こちらは原因が三つ御座います。一つは魔種族本来の本質、強いものに従うという潜在的意識が強い。これは何があっても変わることがありません。ですので、世代交代の際は強者となる者が現れ、色々な方法により現王がその者を強者と認めて世代が変わります」
「色々とは?」
「真っ当な力比べから殺し合い。力量測定だけを行い認めるなど、心晴れ晴れとするものから血生臭いものまで様々です」
敢えて三人はゼグレスの世代交代方法は訊かないでいた。
「二つ目は血気盛んな魔種族を抑えなければなりません」
「ん? 王が強者であるなら全ての魔種族が従うのでは?」
「決めれられた領土内での者に限ってです。今、人間側の地図では人間と魔種族の大陸が分かれている様に表記されております。しかし実際は、魔種族側の大陸では人間大陸側の約三分の一で七つの国が存在し、それ等が人間と友好的な関係を築こうとしている国になります」
「ほう。……つまり、境界のような国々と」
「ええ。魔王、竜王、獣王、石王、雪王、煉王、闇王。この王達を七王と我々は呼んでいます。この境界となる七国の向こうに存在する魔種族は悪性が高く、本来の闘争本能をむき出しに生きる者達です。それこそ我々と同じ姿をしている者から、巨大な虫や動物姿で、襲う事と繁殖する事しか頭が働かない奴まで様々です」
淡々と説明してはいるが、内容はかなり悍ましく感じ取れる。
「少し話は逸れますが、人間側の本来の魔種族の解釈はあながち間違ってはいないのですよ。境界の七国より向こうでは人間の解釈通りの世界が広がり、ようやく友好的な関係を築きだしたのもこの十年、二十年での話です。今だ浸透していないのは、それ程人間と接する機会が乏しいというだけなのですよ」
「では、もっと接する機会を我々で増やせば」
「それも考えものです。先ほども言いましたが、魔種族の本質は闘争本能が強いという事。一応それぞれの王命により、どの魔種族も決まり事を守ってはいますが、それも絶対ではありません。まあ、破れば相応の罰は当然下しますが、守れる者守れない者もいます。案外、現状がいい関係なのかもしれませんが、今後どのように変わっていくか、国王同士が分かり合うのではなく双方の国民同士の理解と配慮しあう感情の問題となってきます」
アンドルセルは納得した。
「話を魔王が敗北した話に戻します。三つ目は、面子の問題になります」
「面子……とは?」
「まず魔種族の王たる者、そう易々と敗北してはいけない。これも魔種族の本質の一つとなります。”種族を統べるなら安易に負けるな”王を目指す者達の目標を損なうなという事です。ある意味、王となると重圧を背負って生きていかなければならないという事です」
「肩書を守るための強さ……か。いやはや、ゼグレス殿も苦労が絶えんという事ですな」
ゼグレスの口元が笑んだ。
「それはアンドルセル殿もでしょう。国を豊かにするため公務に励む日々。人間であれ魔種族であれ、王とは国を維持していく歯車の一つという事でしょう」
「ああ。解ってくださいますか!」
アンドルセルは自身の苦労を理解してくれる者と、ようやく出会えた喜びを味わった。
二人の対談はさらに続いた。
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