人間の住む大陸から海を隔てて魔種族が住む大陸がある。
大陸の、とある険しい岩山の上に、尖塔を多く用いて築城された魔王の城が建っていた。
その城の王の部屋へ向かう、容姿が人間に似た女性がいた。
女性の髪は薄黄色で肩まで伸び、色白肌に整った顔立ち、細身でややふくよかな胸部。人間であれば美女扱いに部類される。
しかし彼女は魔種族。その証拠に、両腕の肘から手首まで均等に生えた鱗。衣服で隠れているが体のあちこちに紫色の刺青がある。形は様々で羽を広げた鳥のような形、鉤爪のような形、歪な楕円形や三角形などがある。そして小さな角も首から背骨沿いに八本生えている。
これらの特徴は、彼女の種族に現れる特性であり、彼女は術技を使用する絶滅寸前とされる魔種族の子孫である。
彼女は大きな扉の前に立つと、軽く叩いた。
「ベレーナです。失礼します」
中から、入れ。の了解を得ると、重厚な印象の扉を両手で開いて入った。中に入り、扉から手を放すとゆっくり扉は閉じた。
部屋は左右の壁がほぼ本棚であり、前方が硝子張りの壁、その前に八人掛けのテーブル、それとは別に幅の広い机と背凭れが頭一つ分高い椅子とが設けられている。
そこに腰かけ、両肘を机に付け頭を押さえている、白髪に顔の小皺が目立つ男性の姿があった。
「何かご用でしょうか」
「ああ。また愚痴をこぼすようですまんが」
突然呼ばれるということは、何かしらの思いの丈をぶちまけたいのだと、ベレーナは悟っている。
「構いません。わたくしは魔王様の秘書ですので。それより今回はどのような……」
「聞いてくれるか!」
待っていましたと言わんばかりに、魔王は机の上の一枚の紙を強引に掴み、ベレーナの元まで歩み寄りそれを彼女の前に突き出した。
「読んでみろ」
その紙に書かれたのは、ある二人の男性に子供がそれぞれ授かった報告であり、報告日は半年前のものである。
「アンドルセル国王のご子息と英雄マルクス様のご息女。それぞれの出生報告ですね。マルクス様のほうは向こうの報告が遅れ半年経ってますが、国王の方は十日程前。おめでたい事ではありませんか」
「何がめでたい事か! あのように野蛮な人間がこれ以上増えてよいものかぁ!!」
けして人間が産まれることに意を唱えているのではない。もっと個人的な理由であった。
「何をおっしゃいますか。我々は随分と前に人間達と和平条約を結んだのですよ。今更人間の王族、英雄に子が出来ようと関係ないではありませんか」
「アンドルセルの子などどうでもいい。問題はマルクスのほうだ」
「と、言いますと?」
「分からんか。あの、なんの書状もなくズケズケと我が城に乗り込み、城の者を散々重症に追い込んだ挙句、狂気に満ちた横暴で不躾な様を」
思い返すだけでドルグァーマは軽度の頭痛が生じた。
「しかし魔王様。あの時期は人間側と我々魔種族の間で様々な誤解が解消されない状態で引き起った惨事。なにもマルクス様だけに非があるとは言えません。しかも、もう十五年も前の事です」
十五年前、人間側の視点では、人間に害を成す魔物達を討伐しつつ、機を見て魔王を倒し平和を取り戻す。という意識が高かった。
一方魔種族側では、血気盛んな、純粋に破壊衝動にかられ、力にものを言わす魔種族の取り締まりにどの王達も苦労していた。
そう、この暴力者集団が人間世界へ侵攻し、事もあろうに親玉の肩書を『魔種族の王=魔王』と名乗った。
これにより、人間達の間で誤解が生じる。
暴力集団の親玉の呼称を誤解した人間達は、ドルグァーマを連中の総大将と判断してしまったのだ。
「ああ、思い出しただけでも理解に苦しめられる。そもそも人間達は未だに誤解が解消されておらんことが多すぎる」
人間達の誤解。人間達はその国々の代表を国王の位置に置くが、魔種族は種族の代表を王にする。
つまり“魔王”ドルグァーマは、“魔種族全体の王”ではなく、“魔人族という種族の王”である。
魔人族といえば、人間のように二足歩行に手を扱う魔種族を想像できる。しかしそうでは無く、身体のどこかに角が生えた種族の意味である。
由来として、鬼人と呼ばれる種族の名残りにより、五百年前に『魔種族の鬼人=魔人族』が生まれた。
巨人であれ小人であれ、姿形がどうであれ、角が規定の生え方をしていれば魔人族に分類される。
昨今では、別種族同士の子が増えつつあり、種族間の取り決めが問題視されている。それもドルグァーマの悩みの種であるが、それよりも一番は人間達の解釈である。
「ああ、思い出すだけでも鳥肌が立つほどに悍ましいわ。人間共の間違った解釈はというのは」
「ドルグァーマ様、他にも何か?」
「色々だ。特に奴らの異常性を露わにしたもの。なんだあの属性とか言う概念は」
属性。火、水、風、光、闇など、種族の性質を表したものであり、その性質に反する力を用いる事で、その性質の魔種族は退治されるというものである。
例えば、火の属性には、水や氷の魔法で対抗する。闇には光、光には闇をと言った具合に、互いが互いの弱点であるものもある。
「そして、同属性同士だと効果が薄れる。そのように人間達には解釈されています。……まあ、確かに一方的な穿った解釈ではありますが……」
「そうであろう! 何が同性質同士をぶつければ効果は薄いだ! ただ寒い場所で住んでいたというだけで氷属性があると決めつけ、反する属性をぶつければ弱いからと、火あぶりの様な蛮行を繰り返す。正気の沙汰か!? 寒い所にいても、より寒くすれば寒くて凍え死ぬ。どの生物であれ、焼かれれば焼け死ぬ! 耐性などというものは、少し耐えやすい体質になったというだけの事なのだ」
ドルグァーマの熱意に反し、過去の話はどうでもよく、現在の問題を優先させたいベレーナは、ドルグァーマの訴えが一段落したところで本題に移った。
「すみません。とりあえず人間の事も、マルクス様の事もひとまず置いて、大事な話がございます」
「ん? 大事な話だと?」
とはいえ、まだ心中に含む蟠りは治まっていない。
「はい。アンドルセル国王の御子息の話になります」
ベレーナは資料を手渡した。
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