ゼグレスとテンセイシャ・オガミシュウトの戦闘は激化していた。
「へぇ、獣王ってこれ程の力を備えてるんだぁ」
ゼグレスは一振りの剣を出現させ、シュウトに連続して斬りかかっていた。一方のシュウトも、手から輪郭のない白い光の剣状の物質を出現させて対峙した。
二人が互いの一撃を受け合うと同時に衝撃波が部屋中に広がり、壁も天井も亀裂を生じさせた。窓やガラス状の装飾はとうに砕け散っている。
一体、何度斬り合ったかが分からない程に二人は続けていた。しかしそれも、いよいよ壁が砕け落ち土埃が周辺を埋め尽くした時、二人は距離を置いた。
「すげぇ、結構ハイスペックだと自負してたんだけど、あんたと対峙して思い知らされたぁ。俺はこの戦いに勝たなければ、獣王を越えなければ意味がないんだろうなって」
ゼグレスは眉根がピクリと動いた。
「つくづく上から目線で物を言いますね。不敬と思わないのですか?」
「はあ? 俺がいつあんたの下に着いたよ。ってか、俺より上の立場で語らないで貰えるかい。さっきから斬るだけで、魔力も順応性も技の種類も俺が上だろ? 俺に何か命令したいなら、これぐらいの事してもらえるかなぁ」
シュウトが右腕を振り上げると、上空から白い光が数多く出現し、落ちろ! の一言で振り下ろすと、その光が先の尖った棒状に形を変え、ゼグレス目掛けて降り注いだ。
連続して否応なく突き刺さる光体が土埃を巻き上げ、周囲を覆い、ゼグレスの安否もそうだが、周りの光景すら不明であった。
「あっちゃー、やりすぎたなぁ」
シュウトは両手を左右に伸ばし、自分の間合いの土埃を完全に消し去った。現状、土埃の中にシュウトは自分の空間を作り上げている状態である。
ゼグレスの安否を、シュウトは探る気がなかった。なぜなら、周囲を素早く動き回る気配を感じ取ったからである。
「もしかして俺の隙伺ってる? だったら止めた方がいいよ。こっちにはあんたの場所が分かってるから」
「すごいですね。一応は力を抑えきって動いてるのですが」
ゼグレスの声は一方向ではなく動きながらのため、あちこちから聞こえた。
「あんた本当に王様かい? 気配を絶つこともこれ程雑だと部下達が可哀想だ。今なら許してやるから俺の部下に着くといい。あと、気配を消すのはこうやるんだよ」
シュウトは近くで見ても姿がぼやけるほど、少し目を逸らすだけで盲点に入ったかの如く消えた存在になった。
「末恐ろしい。これ程見事に気配を経つ者を見たことがありません。さすがは――……ね」
最後に何を言ったか、シュウトは分からなかった。
「何言ってんのさ。まあいい、そろそろ雲隠れも終わりだ、よ!」
シュウトが自身を中心に衝撃波を起こし、漂う土埃を吹き飛ばした。すると、後方の少し離れた場所にゼグレスの姿を捉えた。
まだ動き回っていた途中のゼグレスは、駆け回る速度を落とし、十数歩歩いて向き合う位置で立ちどまった。
城の外壁殆どが壊れた以外変わり映えがなく、シュウトは本当にゼグレスが何をしようとしたかが分からず呆れ顔を表した。
「あんた、一体何をしたかったんだ?」
「それは追々分かる事ですよ」
「俺の足止めや弱体化の仕込みかい? 残念だが俺に技を使おうとした途端、俺は全力であんたの策を潰すぜ」
「なるほど、王力も貴方には見えるのでしたね。つまり、魔気や王力の揺らぎで何をしようかが分かるという事ですか」
「悠長に分析してる間があったら、さっきみたいに攻めてきた方がいいぜ。そっちの方が効果的だ」
ゼグレスは大きく鼻で呼吸し、ゆっくりとため息のように吐いた。
「……何となくですが分かってきましたよ」
「ん? なに言ってんだ?」
「一つ訊きたいのですが、貴方は私の国へ現れた際、この国の民、ああ、貴方は確かモンスターと言ってましたね。どういう意味かは分かりませんが、誰か一人でも殺めましたか?」
質問の意図するところが不明だが、シュウトは答えた。
「何したいか分からないが……まあいいや。一匹も殺してないぜ。俺はむやみやたらモンスターを殺さない主義でね。一応、言葉が通じるなら後で俺の部下にでも出来るし、俺が負けるとも思えないし、意味ないだろ?」
「いいでしょう。終始貴方には苛立つことばかりでしたが、我が国の獣族を殺めていない、無暗に命を奪わない。その一点だけは褒めてあげましょう」
「はっ、弱いのに上から目線は止めてくれるか」
「おや失礼。では、第二幕と参りましょうか――」
ゼグレスは剣を出さず、一直線にシュウトの元へ駆けた。
(なっ――!)
早い。と思うと同時に腹部に衝撃と強引な力を感じ取った。
身体の反応に反し、痛みはそれ程強くないが、ゼグレスの動きが先ほどより比べ物にならない程早くなっている。
ゼグレスは腹部への掌打の余韻でシュウトが浮いている内に右足で彼の身体を蹴り、飛ばした。
壁にぶち当たり、目を見開いて驚きながら立ちあがる彼の姿を捉えた。
「どうしました? 貴方を弱める素振りを見せれば叩くとかなんとか言ってましたが。まあ、なにより貴方が弱くなってませんか?」
ゼグレスの挑発にまんまとシュウトは乗ってしまい、光の剣を出現させて斬りかかった。
速度は初めの時から衰えていない。かといってゼグレスが強くなったとも思えない。それは体中から感じる力の比率が全く持って変動していないからである。
何度も斬りつけるが全て躱され、ある時、ゼグレスの姿が消えると、またもや腹部に衝撃を感じ、今度は先程より宙に高く浮いた。
「まだです!!」
ゼグレスはさらに高く蹴り上げた。
「御覧なさい! 貴方が壊した城の有り様を!!」
雲に近しい場所まで飛ばされると、流石のシュウトもこのまま落下すると”死”を連想し、体内の力を放出した。
暫く落下してくるシュウトの姿を傍観していたゼグレスはある事に気づき、その高さまで跳躍し、シュウトと同じ高さの所で共に落下した。
「今、力を使いすぎると落下の衝撃で死んでしまいますよ!」
「た、頼む! 助けてくれ!!」
ゼグレスは相手の弱みに付け込む交渉をせず、素直に答えた。
「方法は二つ。貴方の力で翼を形成して風に乗るか、私の合図で魔気を風船のように前方に出現させるか! どちらが出来ますか!!」
「風船! 風船だ!!」
では。と言って、ゼグレスは落ちていく場所、先ほど戦闘していた部屋を眺めた。
「準備は宜しいですか!!」
「ああ!!」
そこから三秒ほど、建造物の五階ほどの位置でゼグレスは合図した。
シュウトは命懸けで体中の魔気を前方に、風船を想像して形成し、力を込めた。
迫る地面を見ることが出来なかったシュウトは目を閉じ、命乞いのように助けて。と念じた。
ゼグレスの教え通り、魔気の風船は地面とシュウトの衝撃緩和材の役目を担い、シュウトの落下速度を大幅に抑えた時、見事に風船のように破裂した。
一方、王力を足に集中させていたゼグレスは見事に着地した。
今だ落下の興奮が残る中、シュウトは激しく呼吸を乱しながらゼグレスに訊いた。
「……あんた……どうして」
助けてくれた? その言葉を言おうとしたが、それよりも気掛かりな事があった。それを思い出すと、呼吸の乱れも治まった。
「いや、どうして急に強くなったんだ!?」
「おや、お気づきでないとは……」
「な、え?」言葉を漏らし、自分の身体に異変が無いか探った。しかし何もなかった。
「私が強くなったのではなく、貴方が弱くなったのですよ」
それでも、集中して自分の身体、さらにはゼグレスの身体を見るも、魔気の変化は感じられなかった。
「嘘だ! なんの変化も無いぞ」
「それはそうです。貴方は貴方の基準で物事を見ているからです。私の魔気も王力も、消耗や増加もしていませんよ。強いあなたが強い自分を見るのも、弱くなった今の状態で弱くなった自分を見るのも、比率も感じ方も同じ。それは貴方がテンセイシャであり、この世界における魔気や気功など、体内においての力の理を理解していないからですよ」
「理って、そんなの、大体同じだろ! 現に俺はあんたと対等以上に対峙出来た!」
「その自惚れが自らの敗北を招いたというのですよ!」
ゼグレスが怒鳴ると、シュウトは黙った。
「宜しいですか、貴方は私でも驚愕するほど、人間であるにもかかわらず魔気を多量に蓄えています。ですが貴方はその蓄えた力に魅せられ、悦にひたり耄碌した。その証拠に貴方が私の魔気を見て、私より勝ると判断したのでしょう。それは魔気量が強さの指針と誤解した為です。本来、戦闘における強さの指針は経験のみ。王であれ、王力を使用する者であれ、他の魔種族に敗れることはありえます。次に技の数。確かに貴方は多彩な技を繰り広げていました。しかし、だから勝てるものではない。人間であれば分かると思いますが、どれほど多種に渡る武器を備えようと、剣術の技を磨き抜いた手練れの前では必ず勝てる保証がない。そう言った具合で、どのような特異体質であれ必ず勝てると言いはれるものは何処にも存在しない」
シュウトは何時しか身体が動かしにくくなっている事に気づいた。
「け、けど、最初は俺が優勢だった。なぜ、あんたが……」
「周りを見てみなさい。白い石が転がっているのが分かりますか?」
言われた通り見回すと、部屋であった床一面に白い石が散りばめられている。
「それは白療石と呼ばれる癒しと浄化の秘術を行う事に適した素材です。それにより貴方は力を失った」
「なんで……。だって治癒の力って……」
「貴方はテンセイシャと呼ばれる存在でありますが、我々でいう思念体。いうなれば幽霊に近い存在です。戦闘中は貴方の多く放出される魔気のせいで中々効きませんでしたが、最後の落下のおかげで浄化速度が速まりましたよ」
しかしその石はここへ来た時は見当たらなかった。思いつく限り、この石を散りばめたのは、土埃が充満する中、なぜゼグレスが走り回っていたのか。その理由がこれだと分かった。
「逃げても無駄です。アルガをこの部屋までに縮小しましたので、部屋から貴方は出ることが出来ませんよ」
「あんた……初めから俺を殺す気は無かったのか?」
「ええ。いくら口悪い悪人であれ、特質な人間であれ、むやみやたら殺す事は下品で野蛮。一昔前なら、もしかすれば貴方は歓迎されたかもしれませんが、どうやら現れた時期を間違えましたね」
もう、戦闘で勝つことを諦めたシュウトは胡坐をかいた。
「まいったよ。事故に巻き込まれて死んだけど、まさかモンスターがいる世界へ転生出来て、しかも最強クラスの力を持ってたから浮かれてた。悪かったよ」
「以前、女性のテンセイシャに会いました。もう彼女は浄化され消えましたが、貴方は彼女と違って好戦的です。それにやたら魔王にこだわる。貴方の世界ではそれ程魔王という存在が憎いのですか?」
「いんや。俺の世界は平凡だ。ただ働いて、金稼いで、飯食って寝るの繰り返し。平和で刺激がないんだ。生きてるけど死んでるような、おんなじ日々の繰り返し。魔王っていうのはゲームでお馴染の存在だよ」
ゲームという言葉がよく分からず、説明を求めると、遊びの一種で、魔王は敵側の役割だと教わった。
「魔王は大体が悪者の親玉。で、転生関連はモンスターと仲間になったり、得た力で悪者を倒すって相場は決まってたんだが。……なんか違ったみたいだな。一人で大暴れして、格好つけたけど駄々滑りで。無様なもんだな」
シュウトは身体の中で何かが弾け、温かいものが広がるのを体感した。
「話は大体分かりました。貴方はこの世界で新しい自分を見つけ、善良な者達の輪の中心にいようとした。ではないですか?」
「あれ? そういうの戦って分かるんだ」
ゼグレスは足辺りの輪郭が爆ぜて散る姿、マヤのような現象がシュウトに起きたのを確認しつつ、頭を振った。
「この世界でも人間は同じ、目立つ悪に制裁を加え、善良な者達で快く過ごしたい気持ちは同じです。さらに言わせて頂きますと、この世界も貴方の世界と同じですよ。毎日似たような仕事や責務を熟し、食事をし、僅かばかりの休息をとり、最後は就寝。なにも変わりません」
次第にシュウトの輪郭は足元から消え始めた。
「無様だよ俺。勝手に暴れて、壊しまくって、どっちが悪人か分かったもんじゃない。あんたを部下にとか言ってたけど、こんな奴が逆に部下にしてくれって言っても断られるのがオチだな」
ええ。と、ゼグレスが即答で返すと、やっぱり。とばかりにシュウトは苦笑いを浮かべて項垂れた。
「このような礼儀知らずを部下にはしません。出直して頂くほかありませんよ」
思っていたのとは違う返答に、僅かばかり驚いた表情を向けた。
「私は礼儀を重んじる性分です。それは、言葉を交わすことで意思疎通を図る者達が、相手を知るうえで最も必要な作法だからです。誰だって暴力にものを言わせる抑圧を嫌い拒みます。当然でしょ、暴力はそれだけで自分の世界も大切な者も失う危険があるからです。礼儀は個々が相手を気遣うのに必要であり、相手が心を開くのにも必要な特別な力だからです」
「はっ。魔族でもそういうのを重視するんだ。……あんたみたな上司の部下なら、良かったな」
「テンセイシャの末路は分かりませんが、もしこの世で、獣族として生を受けるのでしたら、その時こそ貴方は私の部下として歓迎しますよ。今度は礼儀正しく私の前に現れて下さい」
上半身の半分まで消えかけたシュウトの笑みに敵意も悪意も無く、感謝と安堵に見ていた。
「有難う御座います。獣王様――」
まるでその言葉を言わせるために消えなかったかのように、言った途端残りの姿がサッと消えた。
後には座っていた部分が黒いシミとなって残った。
激しい戦闘の爪痕として崩壊した部屋で、あのように心変わりした者の消えた後の静けさが、ゼグレスの心に虚しさを与えた。
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