SEVEN KINGS

~規律重視魔王と秘書の苦労譚~
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二章 王達の心労嵩むひと月

Ⅰ 揺さぶられる感情(前編)・窮地

公開日時: 2021年7月31日(土) 17:39
文字数:4,624

 それは、オーリオ王子が何かに憑かれた報せを受けてから一月ひとつき後の事であった。


「魔王様、これは一体、どのような御用件の仕度で?」

 魔王ドルグァーマは、机の上に畳んだ衣服を並べていた。

「ん? ああ、ちと面倒な事態が立て続けに起きてな。十日程城を空ける」


 ベレーナは、自分が何か予定を見落としたのかと思い、手帳を出現させページを捲った。

 しかし、ドルグァーマが泊まり込むような予定は何一つなかった。


「そのようなご予定は御座いませんが……」

「ああ急遽だ、急遽。その一つが、あの『礼儀馬鹿』が少なからず関わっているらしい。なぜワシが行かねばならんのだと思うわ」

 礼儀馬鹿とは、ゼグレスの事を指している。

「そのような報せ……、聞いてませんが」

「ああ。一昨日、お前が秘書会とやらに行っていた時に聞かされた」


 秘書会とは、七人の王達の秘書や弟子である側近達が集まり、身近な問題などを話し合う半年に一度行われる会合である。

 この会合は半年に一度と決まっているが、臨時の事態などにより回数が増えたりする。

 さらに、会合を開けば必ず全員が出席するとは限らず、欠席がいる場合は事前に連絡し、後日、誰かが報せに行く決まりとなっている。


「でしたらこちらに一報くださいませ」

 ドルグァーマは仕度の手を止め、ベレーナに視線を向け、溜息を吐いた。

「そうは言うが、最近のお前はあちこち動き回り多忙だろ」

 ベレーナはここ一カ月の自分の行動を思い返し、少し頭が痛くなった。

「秘書であり魔人族のワシの部下であるが、過剰な労働を強いる事は、組織の頭がしてはならんのが規則であり鉄則だ。ワシが留守にする間もお前の負担を軽減はしておいた。まあ秘書としてこの城を任せる事にはなるが、気楽に構えておればいい」


 ここだけを聞くと、ドルグァーマは部下想いの魔王である。

 しかしドルグァーマの気づかない所で、ベレーナの負担と悩みが多い分、好感は少ししか加算されていない。


「……お心遣い感謝いたします。しかし、その用事が如何様なものかは存じ上げませんが、十日余り城を空けるほど難儀な用なのでしょうか?」

「ああ。礼儀馬鹿の一件は大したことは無い。二日か、状況次第では一日で済む。他は【フィナ】が絡んだ用事だ」

 その名を聞くだけで、ベレーナの頭痛が増した。

 フィナ。それは、マルクスの娘である。つまり、自分を退治した勇者の娘。


 一月前、ドルグァーマはマルクスの娘が出来たことで苦悩していた。なのに一カ月が経った現在、その娘の事ばかり考えている。

 捉え方次第では、マルクスの娘を退治しようと考えているとも取れる。

 しかし、そんな殺伐とした心情ではなく、言葉通り、紛れもなく、『フィナの身を心配している』という意味である。


「……なにかあったのですか?」

 表情には出さないものの、声量でベレーナは感情を表していた。そんな心境など知る由も無く、ドルグァーマは語る。

「なんでもフィナを含め、ビルグレイン王国中が何かしら良からぬモノが憑いたというのだ」

 ベレーナはあることと結びつけた。

「それは……アンドルセル国王の……」

「ア奴の息子に憑いたモノと関係があるやもしれんが、まあ、行ってみてからの話だ。それに、どういう風の吹き回しか、ストライの奴も何かしら謎解決に一役買ってくれるとかどうとか」

「なぜでしょう。ガンダルの話を聞く限りでは、そのような事は一言も」

「ア奴もワシ同様、急遽知らされた口やもしれん。まあ、噂であるが故、あの『祈り魔』の名前がチラッと出ただけやもしれん。期待はせんが、行ってからの問題だ」

『祈り魔』は当然ストライの事である。


「しかし、私は本当に御供を――」

「いらぬ。ワシは魔王だ。人間と違い、魔人族の王である者が、何かしら身に危険が及ぶほどの窮地に立たされるとでも思うか? ましてや人間の世界で」

 この発言だけなら、魔王らしいと言えるのだが、人間に対しての行いとが矛盾している錯覚を与えた。

 荷物をまとめたドルグァーマは亜空間に送り、衣装を人間の紳士服に杖を持ち、帽子を被り、見事に紳士的な、見た目からは五十代の人間男性の姿を作り上げた。

「うむ。時間が間に合わん故、このようにまだ若々しいが、まあ、先に城の一件を済ませていればそれなりの老父になるだろう」


 魔王は見た目年齢を変えることが出来る術を心得ていた。

 その術は使用してからすぐに変わるものではなく、徐々に時間を費やして変貌していくものである。

 元の若々しい男性の姿にするのも時間は掛かるが、王力を極端に放出すると瞬時に若返る。しかしこの方法は負担が大きく、回復まで時間がかかる。

 尚、これはどの王にでも使用できる術である。


「では、行くとしよう」

 ドルグァーマは部屋を出て行った。


 ◇◇◇◇◇


 なぜドルグァーマがこのような術を使用するのか。

 なぜベレーナはここまで頭を痛め続けているのか。

 なぜあれ程警戒していたマルクスの娘を気に掛けだしたのか。


 さらにまだまだある謎を紐解くには、この一カ月の間に起きた出来事を振り返らなければならない。


 ドルグァーマが身支度を整えたこの日から一月前。それぞれの王達、それぞれの秘書(弟子含め)達に様々な出来事があった。


 ◇◇◇◇◇


 十五日前の事。


 英雄マルクスの本性を知ったドルグァーマは、なぜ彼がビルグレイン王国では英雄と称えられているか疑問に思い、ある計画を企て準備に取り掛かった。

(魔王様、これは本当に上手くいくのでしょうか?)ベレーナが念話でドルグァーマに訊いた。


【念話】

 魔種族特有の思念通話能力。

 届く範囲は個々に様々だが、指定した人物との会話は勿論の事、集団会話、その途中で特定の人物とだけの会話に切り替え、再び元に戻すことも可能な便利能力である。


 人間世界の、田舎の老人風な装いで大樹にもたれ弦楽器を弾いている人物。それがドルグァーマであり、容姿を老人化しているのは、その姿をマルクスに見られておらず、更には相手を油断させるための作戦でもあった。


(無論だ。英雄と称えられている男性など、風変りな弦楽器奏者の老人に優しく接するという決まり事があるのだ)

(聞いたことはありませんが……まあそれは置いて、正体が相手に判明されるのではないでしょうか?)

(問題ない。青年姿で対峙はしたが、老人姿で奴と向き合った事が無い。心配無用じゃよ)

 もう役になりきっているのか、念話であれ、言葉遣いが老人化していた。

 しかしその演技にベレーナが重大な補足を告げた。

(魔王様、一つ補足いたします。人間の間では、特に若者に多いのですが、性別問わず老人を演じる際、語尾に『じゃ』と付けます。しかし実際にそのような話し方の老人はそれ程いません)


 この補足説明に、ドルグァーマは、まるで雷にうたれたような激震を走らせた。

 まさかここに来て、その重大事実に驚愕したドルグァーマは目を泳がせ、自分の認識の過ちに戸惑った。

 尚、楽器を弾いてはいないものの手放したりしないのは、不自然に見えないよう耐えている、誰にも伝わらない頑張りであった。


「ああー。あー、あー」

 突如、混乱するドルグァーマの傍に、一人の女児がヒョコヒョコと駆け寄ってきてしゃがみ込み、楽器をじっと見つめた。

(魔王様、標的の娘が現れました。え――!!)

 突如、ベレーナの念話が途絶え、ドルグァーマはさらに戸惑った。

「な、なん、じゃね?」

(駄目だ。『じゃ』は封じねばならん!)

 必死に言葉の使い方を考察するも、よくよく聞いたこともない人間の老人の話し方がまるで思い浮かばなかった。そして、助け船であったはずのベレーナは念話に出ない。


 女児がドルグァーマ爺さんと目が合うと、暫く見つめ合った後、来た道を振り返って叫んだ。

「パパー!!」

 ドルグァーマにさらなる緊張が嵩んだ。

 女児の呼んだ男性は、田舎者丸出しな私服姿の、穏やかに微笑みが浮かぶ表情のマルクスであった。

(……バレるか……バレぬか……)

 ドルグァーマは演技そっちのけで冷や汗をかいた。


「こらフィナ。駄目じゃないか」

 マルクスは女児を抱き上げると、ドルグァーマに向かって頭を下げた。

「すいませんでした。うちの娘がご迷惑をかけたみたいで」

 ドルグァーマは、マルクスの方をチラッと見て、いいえ。と呟いた。

 その不審な様子が、マルクスは気になった。

「……あの……」

 傍に寄ってくる事により、ドルグァーマの緊張が高まった。


(ま、まずい! 何か話をせねば、ワシは不審者扱いされてしまう)

(魔王様御無事でしょうか)

 ようやくベレーナとの念話が繋がった。

(――遅い! 一体なにをしておったのだ!)

 とはいうものの、それ程時間は経っていない。そう思わせるまでにドルグァーマは焦っていた。

(申し訳ございません。突如ストライ様の弟子であるガンダルが、手傷を負った状態で現れたものでして。特別任務中でありながらつい我を忘れてしまうほどに驚いてしまい念話が途絶えた次第でして。なんでも負傷した理由が――)

(ええい長いわ! こっちはそれどころではないのだぞ!)


 マルクスに声をかけられ、必死にぎこちない笑顔をドルグァーマは向けた。


「あの、娘がなにか致しましたでしょうか……」

「え、あ、ええ……いや……」

(魔王様不自然です。何か別の話を)

(とはいえ、何を――!)

 ドルグァーマの念話に焦りの色が伺えた。それもその筈、マルクスが彼の顔を見るや、何かを思い出そうとしたからである。

(ベレーナまずいぞ! こやつ、ワシの正体に気づきそうだ!!)


 必死の訴えを他所に、冷静に物事を見物していたガンダルが、ベレーナに案を提示した。


(魔王様、ガンダルの案なのですが、ここは魔王様がマルクスの顔を伺った時に、英雄であることに気づいたと装い、話を逸らしてみては如何でしょうか)

 ドルグァーマの中で何かを掴んだのか、笑顔をマルクスに向けた。

「おお。もしや、貴方様は英雄マルクス殿じゃあ、御座いませんか?」

(いかん! 『じゃ』は駄目だ!!)

(いいえ。今の『じゃ』は『~では』を変化した言い回し。問題ございません。語尾です。語尾に『じゃ』を付ける老人言葉が問題なのです)

(おお、そうじゃった)


 昨日まで練習していた癖が時々出てしまい、念話であれ、ベレーナに『それもです』と、指摘されたが、そんな虚しくも必死なやり取りをしているとは露程も知らないマルクスは話を続けていた。


「あ、ええ。まあ、そうなんですが。そんな、英雄っていわれても自覚とか、あまりなくて……」

 申し訳なく、気弱な好青年姿に、ドルグァーマは違和感を覚えた。

「いやいや、謙遜しないで頂きたい。あの魔王を退治なされた御仁ですぞ。英雄と称えても申し分あるまいて」


 自分でも自覚している。なぜこのように自分だけが悲しくなるような心遣いをしなければならないのかと。

 そんなやり取りの最中、遠くから一人の女性が、おーい。と、叫び、手を振って駆け寄って来た。


 長閑のどかで和やかな陽気が注ぐ草原を駆けて来る、薄桃色の滑らかな長髪に色白い肌の女性。輝かしい穏やかな昼下がりが似合う女性こそがマルクスの妻である。

 彼女は駆け寄った先でドルグァーマ爺さんに気づくと、無邪気に駆け寄った事を恥じて頭を下げた。


「あ、お恥ずかしい。どうも失礼しました」

 女性が挨拶を済ませると、ドルグァーマ爺さんの姿を見て、あることに気づき始めた。

「ねえあなた。こちらの方って……もしかして……」

「え、気づいた? 僕も実はって思って……」


 二人でひそひそ話をしているが、一方でドルグァーマの緊張は再燃した。

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