(どういうことだベレーナ! ワシはこの詐欺師英雄と面識はあるが、嫁の方には無いぞ!!)
不安を他所に、ベレーナからの返答は意外なものであった。
(魔王様、つい今し方ガンダルからの情報なのですが……)
その続きは、眼前の夫婦から告げられた。
「あの、すいません。もしや、楽士団の方でしょうか?」
なんと、ドルグァーマの装い、顔つき、髭の長さ、色合い。更には持っている弦楽器に至るまで、巷で人気の楽士団の弦楽器奏者に似ていたのであった。
(魔王様、この機会を逃してはなりません。「そうです」と仰ってください)
そんなベレーナの案であったものの、
「あ、いえ。ワシはそのような立場の者では御座いません」
が、ドルグァーマの対応であった。
(たわけ! ここでそのような嘘を吐いてしまえば、一曲二曲と演奏を求められ、正体が露わになるのがオチだ!)
確かに。と、ベレーナは納得し、反省した。
しかし、そんな真っ当な真実さえ、マルクス夫妻には無意味であった。
「あなた分かった。御忍びで来ているのだから、ここは素性を隠しているってことで話を進めないと」
「え、なんで?」
「芸事で稼いでる方々って、どうしても有名になったら人が集まるじゃない。だから変装して一人になる時間が大事なの。ここは知らないふりをしてあげるのが、大人の対応よ」
「ああ、なるほど」
(――ではないわぁぁ!!)
正直な意見すら認めてもらえない事に、ドルグァーマの心の叫びはベレーナにだけ伝わった。
しかし、この状況で緊張が解れたのか、マルクス夫妻とドルグァーマは、互いに挨拶をしあい、昼食の弁当を食べないかと誘われた。
ドルグァーマは、二度断りを入れたが、結果的に招かれる運びとなった。
二人の娘フィナはドルグァーマの髭が気に入ったのか、ずっと触りに寄ってきて、気を許す演技だとベレーナに伝えつつも彼女を抱きかかえ、戯れる事となり始めた。
◇◇◇◇◇
「しかし、良いのかベレーナ。相手は魔王殿に手傷を負わせた英雄マルクスだぞ」
ベレーナとガンダルは監視を中断した。
「いや、もういいでしょ。楽しそうだから、後は任せましょう」
もはや、念話で魔王を気遣う事すら放棄したベレーナは、休憩とばかりに草原に寝ころんだ。
◇◇◇◇◇
「ドーマさん、ありがとうございました。フィナにあそこまでして頂きまして」
昼食後、ドルグァーマは自分の出来る範囲での曲を披露し、更にはフィナとも遊んだ。
曲弾きの出来が良すぎてしまい、マルクス夫妻には本物感が更に極まってしまった。
ちなみに、ドルグァーマを略して、ドーマというのが偽名である。
「いやいや。子供と戯れるのも悪くないものですよ」
一方でフィナは母親と遊んでおり、マルクスとドルグァーマは大樹に凭れて話し合っていた。マルクスの妻もそれを気遣い、フィナを離しているのである。
「本当だったらフィナも色んな人と遊ばせたいんだけど、中々そうもいかなくて」
「おや? マルクス殿には御仲間がいらっしゃったのでは?」
そう、その仲間の姿がドルグァーマの脳裏によみがえった。
気功技の応用。人間は【魔法】と呼ぶそれを駆使し、魔種族を焼き殺した魔法使いと、魔種族を殴り殺した武闘家の仲間達が。
「いたにはいたのですが、一人はもう他界して、一人は博打で失敗してどこか行ってしまいました」
まさかの顛末に、ドルグァーマは素直に驚いた。
「死んだって、誰がです?」
「えっと、ビクセって知ってますか」
忘れもしない。魔法使いの、顔の皺が目立つ男性であった。
「あの人、昔から女遊びが激しく、魔王との一件があった後、年齢五十八で毎晩のように女遊びに感け、最後は徹夜で遊び倒して亡くなりました」
まさに精根尽きたようであり、何とも無様で呆気ないものであった。
「もう一人も、博打好き過ぎて、負け倒して借金が嵩み、今じゃ色んな所でお尋ね者です」
「それは、難儀な」
こうまで不祥事が続くと、とばっちりを懸念したドルグァーマは訊いた。
「……風評で、マルクス殿にも災いが?」
「いえ。僕は妻を娶ってフィナが出来て、真面目に村の手伝いに励んだので……そこまでは」
”そこまでは”この言葉から、少なからず風評被害はあったと思われた。
魔王討伐とはいえ、連れた人物達の質が悪いと、善行を成したと言っても悪評に転じるのは当然である。
しかし、マルクスの世間話は、意外な方向に進んだ。
「けど、フィナには申し訳ないと思っているんです」
「……と、言いますと?」
「今、僕たちが住んでいるのは、妻の実家の閑散とした集落なんです」
「なんと。もっと街中に住めば。いや、英雄殿ですので城の近くや、国王様も何かしらの手筈は整えて下さるものを」
「ちょっと誤解があるのですが、英雄と言ってもそこまでの報酬は出ません。というより、確かに報酬という事で大金を頂きました。仲間と分け合って、その金で生活は出来てますが、妻の両親がまともに動ける身体じゃないから面倒も見ないといけないし、仮に都会へ住めば英雄っていう肩書で周りのみんながこっちを見てくる。フィナにそんな偏見を向けられてほしくないんです」
思った以上に、英雄となった後の生活は大変なのだと、ドルグァーマは実感した。
更にマルクスの話は続く。
「それに、フィナに変異が起きた場合、ただでさえ仲間が不祥事続きなのに、また英雄一行の汚点かと後ろ指を指されてしまいます」
フィナに変異。
そこが気にかかった。
「変異とは?」
「あ、これは、内緒にしてもらってもいいですか?」
「無論。ワシは口が堅い方だ」
それは嘘ではない。ドルグァーマ自身の礼節に反する行為。規律に反した行い。
他者の欠点や秘密を口外するなど、決して許されない違反行為である。
「実は僕……ひい爺さんが魔族なんです」
衝撃の告白ではあるが、柔和な表情で娘を眺めている。
手を振ってくる娘に振り返すその姿が、どことなく虚しさを漂わせていた。
「ひい爺さんもビクセ同様に女が好きだったみたいで、お婆さんが生まれて数年後にどこか消えたそうです。そしてお婆さんは幼くして凶暴的な戦い方をしていたそうで。仲間には慕われてたみたいですけど、父はそんなお婆さんが時々怖かったみたいです。父も狩りをする時は興奮するといいますし、僕は剣を持って、いざ命がけって時に記憶を失うんです」
なるほど。と、ドルグァーマの中で合点がいった。
あの凶悪性、底知れない力。あの裏にはそのような事実があり、彼はそれで苦しんでいるのだと判明すると、不思議と切なくなった。
「フィナは恐らく魔族の血は濃いほうだと思います」
「なぜそう思うので? 見るからに普通の人間では……」
冷静に考えてみると、生まれて約半年の女児が、立って走り、単純な単語だが発することが出来る。それだけでも既に人間離れしている。
「そういえば、娘さんは生まれて半年ほどとお聞きしましたが……、まさか」
マルクスは、ん? と声を漏らした。
「いえ、フィナはもうすぐ一歳になります。確かに他の子よりは成長は早いとは思いますが……。どこでその情報を?」
情報の齟齬にドルグァーマは戸惑ったが、自分は旅人老人設定に変えることが出来ると判断し、思いつく言い訳を組み立てた。
「――じ、実は旅すがら、魔王の国へ立ち寄ってしまってな。そこで貴方様の娘が生まれたと聞きまして……つい十日程前で、その時に半年前に産まれたと……」
それを聞いて、マルクスはあることに気づいた。
「それ、国の伝達不備です。一応僕、魔族側では魔王討伐って悪事を働いた側の人間だから、伝達は結構気を使ったと聞きました」
それで情報が遅く、更には日にちがずれたのだと判明した。
「成長もそうですが、有名な呪い師に見てもらってもそうだと言われたから……。もし、フィナにも何かしら興奮する姿が露わになってしまうと……って考えると、ちょっとね」
フィナが駆け寄ってきて、話は中断した。
この日、ドルグァーマの中で何かが崩壊し、マルクスに対する怒りは治まった。
反して、フィナへの愛情が芽生え、それが思いのほか効力が強く、”心配性”へと至ってしまった。
余談ではあるが、この日からドルグァーマの心変わりと心配性がベレーナの悩みの種となった。
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